第七話-1
学校の屋上の柵に肘を掛けてもたれ、ぼんやりと景色を眺めている。
坂の上にある高校の屋上は、周囲より見晴らしが良く、遠くまで見渡せるのが気に入っている。
授業が終わっても、まだ夕方というには早い時間。
斜陽というにはまだ高い太陽に照らされた景色は、僅かに丹色を帯びて、木々や家がまるで影のように浮かび上がる。遠くの海に伸びる光の帯に交じる橙は、まるで砕いた琥珀の欠片を散らせたよう。
右目に飛び込む斜光に目を細めながら、私はひとり、目の前に広がる景色を見下ろす。
帰路につく生徒、部活でグラウンドを駆ける生徒が目に入り、思わず頬が緩む。
その先にある住宅地では、買い物に行く人や散歩をする人の動きが目に入り、まだ夕飯の準備には早いかと勝手な想像を巡らせてみる。
その考えを遮るように木々の騒めきが耳に届き、僅かに遅れて風が私の前髪を乱した。
周囲の木々を揺らす海からの風を髪に受けると、襟元のリボンと共にスカートも少しだけ翻り、足元のコンクリートに積もった埃が僅かに舞う。
優しい風。
今は、私ひとり。
ただ、ぼんやりと風を感じる。
私は、学校でひとりになる時間はほとんどない。
いつも、私の隣には真が居る。
正しくは『私が』真の隣にいる。
私が真の隣を離れるのは、お手洗いに行くときと、今日のように告白相手に断りを入れる時くらいだ。
それくらい、私は真の傍を離れない。
いや、そもそも離れるのが怖い・・・。
真との間に距離が出来るのが、それが物理的な距離でも、私は怖い。
それがもし、精神的な距離ともなれば、想像しただけで身震いがする。
胃のあたりが締め付けられるように感じ、気分が悪くなる。
ただの想像だというのに・・・。
私は俯き、自らの両腕で、己の身体を強く抱きしめる。
腕から伝わる温かさ。この暖かさが無ければ、凍えてしまうかと思えるほど、私の心に明かりはない。
はあっと大きく息を吐き、肺の中の空気を全て入れ替えるかのように、何度も何度も。
何度かの深呼吸の後、ようやく気持ちが落ち着いたところで、腕の時計に目を遣る。
私が屋上に来て、10分ほどが過ぎようとしていた。
ホームルームの後、面倒などとは思わずやって来たのだが、待ちぼうけを食らっているようなものだ。
別にホームルームが終わってすぐに来た訳ではないし、他のクラスであればホームルームが終わるのが遅かったりもするのだろう、とは思っていたが・・・。私がせっかち過ぎるのだろうか?
姿を現さない相手に、多少の苛立ちを感じ始めていた。
「告白か・・・」
呟きながら見上げる空に、黒い影が三羽連れだって飛んでいるのが見える。カラスだろうか?
そう大きくない姿に見えたので、もしかしたら若鳥なのかもしれない。連れだって飛んでいるという事は、同じ巣で育った兄妹なのだろうか?
普段見るカラスと違い、三羽で一緒に過ごしているように感じられる。
仲が良いのか、それともそれが生き残るための知恵なのか。
それは私には判らない。
でも、ひとつだけ判る事はある。
それは、あのカラスたちも、いずれは一羽で生きていかなければならなくなる、という事。
兄妹であろうといずれ別れ、それぞれに番を見つけ、子を成すのだろう。
それまでのひと時を、理由はどうあれ共に過ごす。
『人もカラスも、変わりはないか』
そんな事をぼんやりと考える。
変わりない、か。
言うなれば、あのカラスたちは私達だ。
我々はみんな、学校と言う巣の中で、巣立ちを待つカラスなんだ。
社会と言う現実の中で生きて行ける様に、親に養ってもらい、糧を得る為の知識を与えて貰っている雛鳥だ。
今、空を飛ぶカラスたちは、学校を卒業した未来の私達。
学校時代の縁で連れだって遊ぶ事も、時には同じ大学や職場に居る事もあるだろうけれど、徐々にその距離は開いて行って、いずれはひとりで生きていく事になる。
そしてその生活の中で、好きな相手と巡り合い、結婚し子を成すのだろう。
その時は、どう訪れるのか。
今日のように、誰かに急に告白され、付き合う事になるのだろうか?
それとも、長い付き合いで心易い相手を、生涯の伴侶とするのか。
いずれにしろ、相手に気持ちを伝えぬままでは、きっと何も進まないんだろう事は判る。
判ってはいるんだ。
しかし・・・ふと思う。
カラスも番となる相手を探すとき、口説いたり、告白したりするのだろうか?
贈り物をしたり、巣に誘ったりするのだろうか?
共に空を飛び、同じ目的に向かって努力を続けるのだろうか?
もしそうなら、本当に人と変わらない。・・・それはそれで面白いだろうな。
ああ・・・。空を見上げたまま、大きく息を吐いてカラスたちを見送る。
私も、真とそうなりたかった。
今となっては、叶わないのかもしれないけれど・・・。




