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第五話-3

軽い音を立てながら止まり、被っていたヘルメットを脱ぐと、そこには見慣れた幼馴染の顔がある。

少し日に焼けた肌。襟首のあたりを短く刈った髪は、薄い茶色に染められている。

切れ長の目が少し威圧的に感じる事もあるけれど、普段は至って温厚な奴だ。


「よう、織部さん。珍しいな、散歩か?」

「真でいいだろ、学校じゃないんだから。・・・まあ、そうだね。散歩だよ。お前は?祐也」

「俺はこれからバイトだよ。朝シフトだったの、うっかり忘れててさ」

「本屋だったっけ?バイト先。・・・急ぐんじゃないのか?」

「・・・なに、遅刻しなけりゃ何も言われないよ。十分間に合うさ」


こいつは祐也。如月祐也。

俺の幼馴染で、一緒に剣道道場に通ってた剣道仲間。

今も同じ学校で、クラスは違うけれど、時々は馬鹿な話をするような間柄。

昔から変わらない、大事な友達だ。


「・・・祐也が本屋でバイトねえ。見た目で言えば、本なんか読まなさそうなのにね」

「うるせえよ。本ってものはな、どれだけ読んだって飽きる事が無いんだよ。・・・俺が今バイトしてる本屋に、どれだけの本があると思う?俺が一生掛かっても読み切れないくらいあるんだぜ?世の中の知識って奴が、どれだけ多く深くあるか・・・想像もつかねぇよ」


口角を上げて目を細める。

心底楽しそうな祐也を見ていると、「羨ましいな」と思えてくる。

祐也は元々、そんなに運動が好きな奴じゃなかった。

俺が剣道をやってるって話したら、俺もやってみたいって、一緒に道場に通う様になった。俺が居たから、祐也も剣道をやってた。

だから、俺が剣道を諦めた時に、祐也も剣道から離れてしまった。

その後、俺が新しいものを見つかられないままいる間に、祐也は本に居場所を見つけた。


『本ってすげえぞ。顔も名前も知らない、会ったこともないような人が、俺にいろんな事を教えてくれるんだ。昔々のもう生きてない人が、俺の不勉強を叱ってくれるんだ。こんな楽しいもの、他に無いぞ!』


中学に上がる直前、祐也が楽しそうに語った言葉を、今でも忘れない。

あの頃の俺にはわからなかったけれど、今は・・・少し羨ましく思える。

祐也の笑顔は、俺が女の子になっても変わらない。

他の奴が女として俺を見るようになっても、祐也は俺を『織部真』として見てくれる。幼馴染の友達として接してくれる。

それが嬉しい。


「ところでさ。最近・・・北条とはどうなんだ?」

「北条って・・・。瑠璃でいいだろ?幼馴染なんだから、気にしなくて良いだろうに」

「馬鹿か?年頃の男女ってのは、距離感が大事なんだよ。・・・幼馴染でも、距離がありますよーってアピールのためには、苗字呼びっては必要なんだよ」

「・・・で、俺も女だから『織部さん』呼びするの?」

「・・・学校ではな。でも、俺にとっちゃ、お前は『織部真』だ。男だろうと女だろうと関係ない。俺の幼馴染で、大事な友達だ」


そう言って少しだけ笑う。

つられて、俺も笑う。

俺が瑠璃を守って大怪我をした時だって、祐也は態度を変えなかった。


いつも通り、接してくれた。


毎日変わらず背中を叩いては、笑顔で話しかけてくれた。

祐也は他の奴みたいに『大丈夫?』なんて聞かない。

むしろ、『真だぞ?あいつが怪我なんかに負けるかよ。大丈夫に決まってるじゃねーか』なんて言って、他の奴らを煽ってたな。

俺が女になっても、他の奴らみたいに腫物扱いなんて全くしなかった。


『女になったって、真は真だろうが。何変に意識してるんだよ』

『お前ら、真が女になったからって、気を引こうとしてんじゃねーよ。そんなんでどうにか出来る程度の奴だと思ってんのか?・・・だからモテないんだよ』


まぁ、俺が女になった事と、気を引こうとしてた奴らがモテないのが関係あるかどうかは判らないけど、祐也にとって、俺の身に起きてる事は『乗り越えられる事』だと、きっと俺を信じていてくれたんだろうな。

立ち直るって。立ち上がれるって。


なのに、俺は・・・。


「で?北条・・・いや、瑠璃とはどうよ?相変わらず、過保護な世話焼きか?」

「あはは、まあね。でも、メイクとか体の事とか、判んない事教えてくれるのは有難いし、助かってるんだよ」

「そっか。まあ、そうだよな。俺じゃ、メイクなんてわかんないしな」

「だろ?俺だって慣れないもの。・・・まあ、最近だと、自分でも出来る事は増えたけどさ。大変だね、メイクって」


肩を竦めて見せながら、俺は自嘲気味に笑う。

ふむ、と少し考えるようなそぶりを見せる祐也。


「可愛くとか、綺麗に見せたいって感覚は、男にはなかなか判んない事・・・でもないんじゃないか?カッコよく見せたいとか、そういう感覚の女性版って考えれば・・・どう?」

「好きな女の子に『かっこいい』って思われたいって、あれ?・・・あの感覚かぁ?」

「・・・違うのか?」

「うーん・・・。男だと、特定の『誰か』を意識するけど、女の場合『誰か』もだけど、『周りのみんな』も含まれる感じかなあ。ある程度周りに合わせてないと浮いちゃうし、かといって気合入れ過ぎれば『アピってる』って言われそうだし。バランスが難しいかなぁ」

「埋もれず、目立たず、でも他人とは違うアピールをしつつ、やり過ぎない・・・って感じか?面倒だな、それ」

「まあ、学校だと制服だから、そこまで違いを出せないけどね。・・・だから、ギャルっぽい子がネイルとかピアスで、アピールポイント変えたりするんだと思うんだ。香水とかもそうかな?髪染めたり、巻いたり、アクセのアレンジで違いを出したり・・・」

「ほう」

「でも、やり過ぎたら周りから浮いちゃうし、やらなさ過ぎても浮いちゃうかな。本当は、この髪もボブくらいにして、地味目のメイクで目立たなくしたいんだけどね。それだと、瑠璃と一緒に居ると不自然な感じに見られるかもしれないし、ギャルっぽくしたら、そっちのグループに入れられそうだし。難しいよ、女の子はさ」

「それに、あまり可愛くし過ぎると・・・というか、男受けしそうな感じにすると、男どもが近づいてくるってか?」

「あー・・・それはあるな。正直、嫌なんだよな・・・」


俺は少しうんざりしたような表情を浮かべる。

瑠璃と並んだ時、彼女に見合う様にとメイクをしているけれど、男子からの視線は少々・・・いや、かなり感じる。瑠璃が可愛いのは当然なんだけれど、俺まで同じ様に見られるとは思っていなかっただけに、今の学校は些か居心地が悪い。

かといって、地味で目立たない感じにしてしてしまうと、それはそれでグループの中で浮いてしまう。ひとりだけで、目立たずに過ごすならそれで良いのかもしれないけれど、多分、今の俺はひとりで孤立するのには耐えられない。


男の子のグループに入る・・・なんてのは、正直無理だ。


そんなの、「手を出してください」ってアピール以外の何物でもないだろう。


精神的には男のままでも、身体は女性のそれ。

何処で均衡を取るかと言えば、それはやはり瑠璃の隣なんだ。


「でもさ、瑠璃が、俺に色目使ってくるような奴らを遠ざけてくれてるし、グループに馴染めるよう気を使ってくれてるし。瑠璃が居てくれるから、俺は今学校に通えてる、まであるかな。・・・負担かけちゃってるなあ」

「瑠璃の世話焼きも、年季が入ってるからなあ。良いんじゃないか?あいつが好きでやってるんだろうしさ」


風で流される前髪を掻き上げながら、祐也は笑う。


好き・・・ねえ。


その『好き』って事には、どれだけの意味が含まれているんだろう。

異性としての好き・・も、含まれるんだろうか。


「大体、瑠璃の真贔屓は今に始まった事じゃないだろ?真がやってるからって、俺が同じ道場に通い出したら、あいつすっごい勢いで俺に突っかかって来たしさ。試合でお前と対戦する時なんて、瑠璃の奴、お前ばっか応援してたんだぜ?『祐也なんてぶっ飛ばせっ!』ってさ。それに・・・」


そこまで話してから、祐也は「あっ」という顔をする。

剣道の話をすると、俺が悲しそうな顔をする事を知っているから。

俺がまだ、そこから前に進めてないのを知っているから。


「・・・悪い。こういうところなんだろうな、俺がモテないのって。・・・デリカシーが無いとか、空気が読めないとか言われる原因はさ・・・」


あはは、と笑う俺だけれど・・・、うん、少し悲しいかな。

諦めたつもりなんだけど、まだ未練はあるんだなぁ。胸の奥が、締め付けられるような気分で、少し息苦しい。


「いいよ、祐也に悪気がある訳じゃないし。・・・昔を懐かしむなんて、誰でもする事だよ。気にしないで」

「すまん・・・。こないだも、瑠璃に言われたよ。『あんたのデリカシーの無さで、真を傷つけたら許さないからっ!』って・・・」


あぁ、どんな顔で祐也にそんな事言ったのか、まるで目の前にいる様に瑠璃の顔が浮かぶ。

あの可愛らしい顔で、眉と目を怒らせて食って掛かったんだな。


思わず、笑いが零れる。


息苦しさも薄れ、祐也の困ったような顔がなんとも面白く思えてしまう。


「あははっ・・・瑠璃らしいや」


俺の笑いにつられたのか、祐也も笑う。

薄雲に遮られた光に照らし出される中で、ふたりで暫く笑っていた。

ぱしゃんっ!という音と共に、海に掛かる光の帯の中から魚が宙に舞う。

先ほどの魚だろうか。

再び、日を咥えんと天を目指したのか。

俺と祐也、ふたりで天を目指す魚を見、互いに頷き合う。


「瑠璃も、祐也の事が嫌いで言うんじゃないよ。ただ、俺の事がちょっと心配なだけさ。俺が瑠璃を守れるようになれば、祐也に食って掛かるような事も無くなるさ」

「そうか。・・・ま、仲睦まじいのは良い事だな」


あはは、と笑いながら茶化すのも、昔から変わっていない。

瑠璃と祐也が居てくれるから、俺は自我を保ててる。そんな気もするくらい、ふたりには世話になっている。

ありがとう、ふたりとも。


「・・・っと、そろそろ俺はバイト行くわ。遅刻はマジヤバいからさ」

「うん、行ってらっしゃい。気を付けて」

「ああ、サンキューな。・・・と、真が以前言ってた本、今度学校で渡すよ」

「ありがとう、楽しみにしてるよ」


祐也はヘルメットを被り直し、スクーターのエンジンを回す。

軽い音が潮騒に交じり、あたりに響く。

軽く手をあげて別れの挨拶をすると、祐也はバイトに向かった。

スクーターが遠くに離れていく。

その姿が見えなくなるまで、俺は祐也見送っていた。

さあ、家に帰ろう。

朝ご飯を食べて、何か新しい事を見つけよう。

瑠璃や祐也が前に進むように、俺も自分の足で立ち上がり、歩き出すんだ。

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