第五話-2
日に照らされ輝く光の帯の中を、魚が宙に踊り出す。
尾びれで水面を叩き、大きな波紋が広がるその上を魚は身をくねらせて飛ぼうとする。
まるで光に取り憑かれ、太陽をその口に咥えようとするかのように、高く高く飛ぼうと藻掻いている。
その身に翼があれば、あの魚は天を舞い、日を口に咥えようと願うのだろうか。
だがその願いは叶わず、宙で数度大きく身を捩ると、魚は再び海へと消える。
大きな音と広がる波を残して姿を消す。
届かなくても跳ねるあの魚は、再び天を目指すのだろうか。
何度届かなくても諦めず、何度も何度も挑み、前へ進もうとするのだろうか。
そうだな。
あの魚のように、もう一度飛んでみよう。
あの魚が日を咥えようと跳ねるのなら、俺は瑠璃との未来を手にする為に前に進もう。
「ありがとう。少し元気を貰ったよ」
海に消えた魚に届きもしない礼を言いつつ、背後に広がる町を、その奥に佇む蜜柑山を振り返る。
そろそろ日が高くなりつつあり、僅かに暑さを感じる。
山の中腹ほどまで日が当たり、黒く見えていた山は緑の鮮やかさを取り戻していた。
目には青葉が、耳には潮騒が。
山の際に掛かる雲の白さが、天蓋を覆う青さを引き立てる。
大きく息を吸い込むと、潮の香りが肺に満ちる。
ああ、瑠璃のおばあさんが言ってたな。
『ここの蜜柑が甘いのは、よく当たる陽と潮風のおかげだ。太陽と海の力で、蜜柑は育つんだよ』と。
懐かしい声が、心に響き渡る。
おばあさん、俺も今暖かな陽と潮風に力を貰ったよ。
蜜柑山は、瑠璃も手伝って今も元気に蜜柑を実らせているよ。
瑠璃は、今も頑張っているよ。今日も、おじさんの手伝いをしているよ。
俺も、自分の足で歩き出すよ。
日曜の朝、通る車も少ない道を、俺は日の差す方へと歩き出す。
山の端を削って作られた道を、東へと歩く。
目を差す光は眩しく、髪を揺らす風は穏やか。
俺の長い髪がふわりと舞い、纏わりつく光を周囲に降らせている。
後ろ手に組んだ手で肩を揺らし、ゆっくりと朝日と潮騒を楽しむ。
その中に混じる、アスファルトを踏み締めるスニーカーの音。
この道の続く先には、新しく・・・とはいっても、10年ほど前かな・・・に出来た住宅地が広がる。
そこまで行こうと決め、歩を進める。
山から吹き下ろす風を感じながら、ゆっくりと歩く。
車道を走る車は、極僅か。
今は、向こうからバスが来ている。停留所にも人は居らず、ただただ流れて行くだけ。
気が付けば、住宅地へと続く分かれ道が目の前だ。
本当に少しだけの散歩。
それでも朝日が、潮騒が、吹き抜ける風が、俺の止まっていた時間を僅かでも溶かしてくれたように感じる。
今日はもう、それだけで十分かもしれない。
一歩、また一歩と、新しい何かに向かう事が出来れば、きっと前に進める。
あの魚のように。
額に滲んだ汗を拭い踵を返すと、少し離れたあたりに見覚えのあるスクーターが走っていた。
こちらに向かってくるスクーターの軽快なエンジン音が耳に届く距離になったあたりで、右手をいっぱいに伸ばして振って見せる。




