第二十五話-4
高校に入ってすぐの頃。
真は学校へ来なかった。
突然女の子になってしまい、何が何だかわからない状態で。
病院に行っても原因不明。
元に戻れるかもわからない。
彼の中で、どんな考えが渦巻いていたのか、私には判らない。
でも、彼は・・・真は家から出られなかった。
怖くて怖くて・・・。
私や祐也が会いに行っても、ほとんど目を合わせてくれなかったし、会話だって・・・。
私は、それがつまらなくて、口惜しくって。
それに、
『・・・真なら、自分で乗り越えるさ。俺たちは、それを信じて待とうぜ』
って言った祐也がすっごく憎たらしくて。
なんで、私は真の事を信じてあげられてないんだろうって情けなくって。
でも、誰にもそんな事、話せなくって・・・。
真のいない学校は、本当につまらなかった。
元々友達が少なかった私。
ずっと真にべったりくっついてたから、友達付き合いなんて判んない事ばかり。
それでも、休憩時間が暇になり過ぎてるのを見られたのか、声を掛けてくれる子・・・柚葉がいて。
その周りの子とも話すようになって。
それでも、真がいないのが・・・本当に苦しくて。
真に何もしてあげられないのが、口惜しくて悔しくて・・・。
学校からの帰り、ひとりでトボトボと歩いてる時に飲み物を買おうとしたけど、
『あ、五千円札しかない・・・』
小銭が無くって、
『・・・チャージもない』
バスが混んでたから、ICカードにチャージもしてなくって。
今となっては、随分と小さな事で困っていたものと思うけど、それでもその時は本当に困っていた。
その時、偶然通りかかったのが、彼・・・天城陽太。
あの頃の彼は、今よりも背が低くて、こんなに筋肉がついてなかった。
華奢なのは変わりないけど、でももうちょっと可愛らしかった・・・かな。
困ってた私に、お水を買って渡してくれて。
翌日、お金を返せば『別にいいのに』って呆れ顔。
それでも縁があったのか、何度か一緒に学校からの坂を下って。
真の事を心配していれば、『顔が硬いぞ。焦っても、良い事になんてならない』って、事情も聞かずに飲み物を差し出して来て。
・・・毎日、放課後に真と会ってても、お互いに不安が解消できなくて。
それを見かねたのか、陽太・・・天城くんが映画に誘ってくれた。
よくある、漫画原作の実写映画。
本当なら、真と見に来ようと思ってた映画。
でも、隣にいるのは・・・真じゃなかった。
それでも、話して、笑って・・・少しだけ気がまぎれたのは本当。
あの時は、久々に笑った気がしたもの。
でも、それを真が知って。
翌日は、会ってもくれなくて。
後悔と情けなさと悔しさで、夜中まで泣いてて。
それでも、日が明ければ、真はうちまで来てくれた。
『女の子になっても、瑠璃と一緒に学校に行きたい。だから、メイクを教えて』って・・・。
その時だけの関係。
それだけで終わった事だけど、彼・・・陽太は覚えててくれたんだ。
・・・嬉しいな。
背も伸びたし、顔もすっきりして印象変わったな。
うん、カッコいいかも。
・・・あれから1年以上、か。
同じ学校なのに全然会うことも無くて。
当たり前だけど、話す事も無くて。
Lineや電話番号も知ってるのに、お互い全然だった。
もう会うことも無いと思ってた。
それが・・・。
「変わったろ?この1年、鍛えたり絞ったりしたんだよ」
「うん、カッコ良くなった。・・・判んなかったもの」
頷き、答える。
・・・少し頬が赤かったかもしれないけど。
「る・・・北条さんも、綺麗になった。・・・いや、元々綺麗だったけど、もっとね」
なんてことを言うのか。
一気に血が顔に集まる気がした。
「な・・・何言うのよ・・・よう・・・天城くん」
うん、これでいい。
もう彼の事を『陽太』って呼ぶことはない。
これから先、けっして。
「それに、柔らかい顔してるよ。うん」
「柔らかい・・・?」
それって、まさか。
「・・・太ったって事?」
「・・・は?」
まさか、とは思う。
けれど、同時にそうか、とも・・・。
連休明けから、真はお弁当とは別に、試食用にあれこれと、作ったおかずやおにぎりを持ってきてくれた。
毎日のお弁当に加えて、それら試食用をいただき、その集大成として、今日のお弁当。
・・・真も言っていた。
『普通のお弁当より多い』んだから・・・と。
今日のお弁当が、今日私のお肉になる訳じゃないけど、それ以前のおかずたちは、きっと私の血肉に・・・。
その一部(?)が、判りやすくほっぺに付いた・・・のか?
だとしたら・・・
「最悪っ」
「・・・なにが」
はっ!まさかっ!?
「お腹にお肉が付いてる??」
つい、手がお腹の辺りを押さえてしまう。
変化は・・・あるような、ないような・・・。
やはり、さっきのアイスは余計だったか・・・。
ううぅ・・・。
「あははははっ!」
目を上げれば、陽太が堪えきれずに笑っていた。
お腹を抱え、前屈みになりながら、大きな声で。周りの人から見られるのも、気にした様子もなく笑う。
そうだ、陽太ってこういう笑い方するんだよね。
・・・なんだろ。
懐かしい、な。
それにしても
「あはははははっ!」
笑いすぎじゃない?
流石に些か不機嫌になり、ぷくぅと頬を膨らませる。
その様子に気が付いたのか、何とか笑いを堪える陽太。
頬のあたりがヒクついてるけど、それは見ないことにしてあげるわ。
「ごめんごめん。そういう意味じゃないよ」
「じゃあ、どういう意味なのよ・・・」
少しだけジト目で睨むと、少しだけ寂しそうな顔をする。
なんだか・・・そう、困ったような。
「前はさ、もっと気を張ってた」
「・・・」
「誰かを助けなくちゃっ、頼りにされなくちゃって感じででさ。いつも肩に力が入ってた」
「・・・そう、かな?」
・・・そうかも。
「うん。・・・その誰か以外と仲良くなるのも、『自分には許されない』って感じで、笑っても、どこか遠かったんだよ」
そう言って、私の目を見る。
優しい目・・・。
「・・・そっか」
小さく頷く。
「でもさ」
「うん?」
笑いながら、言葉を繋いでくれる。
「今は笑ってる。幸せ・・・だけじゃないかもだけど、でも俺が知ってる時より、ずっと自然に。心から笑ってる」
からかう風でもなく、
気を遣うでもなく、
ただ、目の前にある事をそのままに。
ゆっくりと、静かな声で。
少し息を吐いて、肩の力を抜いてるのが判る。
シャツの裾から見える手も、ポケットに親指だけ掛けているよう。
ふわりとした風が、陽太のシャツを揺らして去っていく。
・・・遠いな。
もう、こんなに遠くなっちゃったんだな。
いや、私が・・・心の距離を判ってなかったんだ。
「そっか、そう見えるんだ」
陽太は少し苦笑いしながら頷く。
「うん。良い顔」
「・・・うん」
お互いに、歯を見せるように笑いあう。
雲が流れて、また日差しが戻ってくると、木の影が足元に浮かびだす。
彼の・・・陽太の顔に日が当たり、その表情を照らせば、昔の彼とはやはり違う。
髪だって、癖っ毛のままかと思っていたけど、少し伸ばして目元に届きそう。
後ろは短くして、なんて言うか・・・やっぱりカッコいい。
もし、真が男のままで、
左手の怪我が無くて、剣道に打ち込めて、
お互いに別の道を歩き出していたら、
彼と・・・陽太と歩く道もあったのかな。
風がふたりの間を走り抜けていく。
「おねえちゃーんっ!!」
モールの方から、琥珀の声が飛んできた。
喧騒の中でも判る、あの子の走る音。
振り向いた瞬間に、陽太は少し笑って踵を返す。
小さくひと言、
「じゃあね」
とだけ残して。




