第二十五話-3
男たちにしてみれば、ただの弱いものがイキって出てきて、カッコつけようとしているように見えたのだろう。
笑いながら、手を伸ばす。
「悪いな、兄ちゃん。あの子は、お前と別れて、俺らと付き合いたいってさ」
「そういう事。お前の代わりに、お友達と一緒に朝まで可愛がるからさ」
私からは見えないけれど、嫌な顔をしていることは想像に難くない。
それでも物怖じせず、まっすぐに見据える彼。
片方の男が伸ばした手で、軽く頬を撫でれば、すぐに手の甲で叩き落とす。
軽く息を吐いて、改めて目元に力を籠め、
「・・・手を出すの、辞めてくれってお願いしてるんだけど?」
そう言ってのける。
軽く足を引き、男の横に回るように足を運ぶ。
あれ?
僅かに靴底を上げたと思えば、そのまま足を滑らせて身体を動かしていく。
『摺り足?』
真がまだ剣道をやっていた頃、何度か道場で見たことがある。
武道の基本の動きで、バランスを取りながら素早く動けると聞いたことがある。
長らく見てなかったけど・・・。
うん、そうだ。
側面に回り込む事で、僅かな間に2対1を1対1に出来るよう、位置取りをしている。
しかも男の左手側。
そこから少しだけ下がり、男が前に出るよう誘う。
左手では掴みにくいのか、身体を半身から回して右手を伸ばせば、ちょうどボクシングの右フック(大振り)のような恰好になる。
その拳が届く僅かに前、彼はもう一歩後ろにズレる様に動き、左手を添えながら拳をいなし・・・。
そのまま吹っ飛ばされる。
「いって~~~っ!」
そう言う彼の左頬は、僅かに赤くなっている。
拳が、彼の顔を捉えたんだ。
そして勢いに乗った男たちが、彼に群がって・・・は行かなかった。
ぴーっ!!ぴーっ!!と笛の音が鳴り、警備員さんが複数人で駆け寄ってくる。
「乱闘発生です。暴力行為を行ったのは、2名。特徴は・・・」
無線で本部に連絡を入れる。恐らく、この後警察が出動することになる。
男たちは、この場合、暴行事件の容疑者となるのか。・・・余罪があれば、それも追及される。
それが判るからか、男たちは私など目もくれずに走り出す。
警備員さんは、複数でそれぞれに男たちを追う。
・・・おそらくだけど、警備会社からはマークされるような、迷惑な事を普段からやってるような男だったのだろう・・・。
そして彼は、それを利用して、喧嘩のような状況を作り、相手に手を出させる。
ただ、怪我してはいけないから、半歩下がりつつ、左手でガードして、頬を掠る程度に留める。
しかも、そこで大きく転んで見せ、騒ぎを大きくする事で警備員さんが介入しやすい状況を作った。
と、客観的に見ればそうなんだけど、そんなの可能なのかしら?
・・・そんな事を考えてる場合じゃない。
私は慌てて彼に駆け寄ると、助け起こそうとして手を伸ばす。
けれども、彼に触れる寸前で、先ほどの男たちの顔が思い出され、引き攣ったように手が止まる。
助けてくれたのに・・・なんで。
いい人のはずなのに、なんで怖がってるの?
彼の少し赤くなった頬が、私を守ってくれた証なのに、どうしても怖い・・・。
胸を締め付けられるような恐怖から、どうしても逃げられない。
それでも、
「あははっ。カッコ悪いところ見せちゃったね」
そう笑う彼を見た時に、少しだけ呼吸が戻ったような気がした。
床に座り込んだまま、恥ずかしそうに頭を掻く。
「あの・・・ありがとう。・・・大丈夫?」
まだ動悸がしてるけど、それでも勇気をだして声を掛けた。
手を伸ばし、頬に触れるけれど、まだ震えているのが判る。
こんなの・・・。
「・・・無理しなくていいよ。ありがとう、えっと・・・北条さん」
その言葉に、僅かに手が下がる。
少しだけ笑って、膝をつき立ち上がる彼。
見れば、背は私よりも少しだけ背も高い。
優しそうな顔のイメージで華奢に思えたけど、思ったよりも筋肉はありそう。・・・細いけど。
多分だけど、大きめのシャツを羽織るのも、体型を見せないため・・・じゃないかな?
言葉なく彼を見つめるのに気付いたのか、少し笑いながら自身の頬を触る。
「これ、少し触れた程度だから。痛くないんだよ、本当は」
そう言って、あははと笑う。
その顔が可愛らしくて、少しだけ息が吐けた。
「ふふっ」
と笑ったところで、ひとつ気が付く。
さっき、私の事を『北条さん』って呼んだ?
なんで私の名前知ってるの?
「・・・」
胸に沸いた疑問が、仕草に出るのだろうか。
無意識のうちに、手を胸の前で握り締める。
僅かに息を飲むと、半歩程後ろに下がった。
なんだろう、この気分。
私は彼を知らないのに、彼は私を知ってる・・・?
助けてくれた人なのに、この人は信用できるって思っているのに・・・。
なのに、なんで。
そんな私を気にした風もなく、ズボンに付いた埃を払う彼。
わざと派手に転んだのか、シャツの背中側も汚れている。
「あちゃー・・・」
流石に手が届かないらしい。
小さくため息を吐いて、困り眉になっている。
本当なら、私が汚れを払ってあげるべきなのだろうけど、僅かに動きが遅くなってしまった。
躊躇し、呼吸を整える程の時間でしかなかったけれど、その間に彼はシャツを脱ぎ、自分で汚れを払い始める。
「・・・あ」
「ん?」
「あの、ごめんね・・・。私がしてあげれば良かったのに」
「え?なにを?」
何のことか判らない顔をして、わたしに尋ね返す彼。
その間に埃を払い終わり・・・シャツを羽織りだす。
「その、シャツの汚れ、払うの・・・」
「・・・あぁ」
少し笑いながら、ボタンを止める。
「気にする事でもないよ」
「でも、助けてくれたのに・・・」
その一言に、些か苦笑いをする彼。
・・・なんだろう?
私の顔を少しの間見て、肩を竦めて。
空を見上げてから、少し息を吐く。
「ま、そうか」
小さく呟いてから、改めて私を見る。
さっきよりも、優しい目で。
この目・・・覚えがある。でも、どこで?
「・・・小銭でも、ちゃんと返さないとダメっ・・・だったっけ?」
「え?」
あれ?私、そんな事、言った覚えがある。・・・でも。
「律儀なのも良いけど、考え過ぎて、顔が硬くなってる」
「え?え?」
これも、言われた覚えがある。
でも、それは・・・。
あ。
「・・・もしかして、天城・・・くん?」




