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剣豪・佐々木小次郎の異世界放浪記。〜ポンコツ女神と雑草食う人魚姫を拾ったので、物干し竿一本で最強の保護者になります〜  作者: 月神世一


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EP 9

水面を斬る刃と、極上の刺身ブロック

 大河の中心が渦を巻き、爆発的な水柱と共に姿を現したのは、まさに『水中の暴君』と呼ぶにふさわしい怪物であった。

「ギギュルォォォォォォッ!!」

 牛ほどの巨体。全身を覆うのは鋼鉄のように分厚く黒光りするうろこ

 そして何より恐ろしいのは、丸太すら一噛みで粉砕しそうな、何重にも生え揃ったノコギリ状の牙だ。

「ひゃあああ! な、なんかすごいでっかいのが出ましたぁ!」

 リリスが悲鳴を上げ、咄嗟に『エンジェルすまーとふぉん』を構えようとする。

「待て、リリス殿。その『あぷり』とやらは不要だ」

 拙者は片手でリリスを制止し、口元の煙管きせるを外してポンと灰を落とした。

 先ほどの『ミサイル化』のような手違いが、あの巨体で起これば厄介極まりない。

「で、でも小次郎さん! あんな大きなお魚、どうやって倒すんですか!?」

「でかいってことは……つまり、大トロも中トロも取り放題の、超・巨大なお刺身の塊ってことですよね!?」

 怯えるリリスの横で、紫の芋じゃあじ姿のリーザが目を「¥」の形にしてヨダレを垂らしていた。

 この人魚、どこまでも食欲と金銭欲に忠実である。

「ギガァッ!!」

 巨体ピラダイ――ヌシが、拙者たちを餌と認識したらしい。

 凄まじい尾ビレの力で水を蹴り、大口を開けて川面を滑るように突進してきた。

 その巨体が水を裂き、津波のような飛沫しぶきが押し寄せる。

「……なるほど。確かに陸からでは届かんか」

 ならば、こちらから出向くまで。

 拙者は腰を落とし、体内の『闘気』を両足の裏へと極限まで集中させた。

 ダンッ!!

 大地を蹴り、宙を舞う。

 そして、着水――否。

「えっ……こ、小次郎さんが、水の上に立ってますぅ!?」

 背後でリリスが素っ頓狂な声を上げた。

 拙者の足は、水面に沈んではいなかった。足裏に纏わせた闘気の膜が川の表面張力と反発し合い、まるで薄氷の上に乗るように、水面を捉えていたのだ。

 異世界の霊気(魔力)によって底上げされた、身体操作の極致。

「水面を走るなど、天狗の所業かと思っていたが……案外できるものだな」

 タァン、タァン、タァンッ!

 拙者は水面を蹴り、波紋を散らしながら、突進してくるヌシの正面へと猛然と駆け出した。

「ギギュウゥゥッ!!」

 獲物が自ら飛び込んできたことに、ヌシが歓喜の咆哮を上げる。

 川面から巨大な身体を大きく跳ね上げ、太陽を背にして、拙者を丸呑みにせんとおぞましい大口を開いた。

 その牙の檻が迫る、空中の交錯。

 足場のない水上、もはや逃げ場はどこにもない――ように見える。

(――武蔵よ。お主の気迫は、まさに大波のようであった)

 だが、波は斬れる。空も斬れる。

 ならば、この程度の魚一匹、斬れぬ道理などない。

 拙者は水面を強く蹴り上げ、ヌシの鼻先へと跳躍した。

 腰だめに構えた三尺の『備前長光』の鯉口を切り、一息に刃を解き放つ。

「――秘剣。燕返し」

 一太刀目。

 神速の抜き打ちが、分厚い鋼鉄の鱗を豆腐のように裂き、ヌシの巨体を縦に両断する。

 二太刀目、三太刀目。

 返す刀が空間の理を捻じ曲げ、ほぼ同時に横薙ぎの閃光を描く。

 シャラァンッ……!!

 それは、太陽の光を反射して煌めく、三筋の銀の十字星。

 斬撃の余波だけで川の水面が大きく「十」の字に割れ、遅れて爆音が轟いた。

「…………」

 拙者は空中で静かに刀を振り下ろし、血糊を払って鞘に納めた。

 そのまま軽やかに水面へと着地し、陸地へと歩みを進める。

 背後では、空中に静止していたかのように見えたヌシの巨体が、ズレるようにして崩壊を始めた。

 ドッ、ザパァァァァンッ!!

 四等分――いや、背骨を綺麗に避け、刺身の『サク』のように完璧に切り分けられた巨大な肉塊が、大水飛沫を上げて川に落ちる。

 水面を斬る刃は、同時に極上の魚の解体ショーをも完遂していた。

「おおぉぉーっ!!」

 岸辺に戻ると、桃色じゃあじの女神が、三色団子を片手にピョンピョンと跳ねて拍手喝采を送ってきた。胸元の若葉マークの刺繍が、これでもかと誇らしげに揺れている。

「すごいです小次郎さん! 空中でキラキラ〜って刀が光ったと思ったら、あのバケモノが綺麗な四角いお肉になっちゃいましたぁ!」

「うむ。団子を食いながらの応援、大儀であった」

「えへへ、見てるだけでお腹空いちゃって……あむっ」

 全く危機感のないポンコツ女神に、拙者は苦笑した。

 そして、その隣では――。

「……お刺身! あぶった大トロ! 煮付け! これ全部ギルドに売れば、銀貨二十枚どころかボーナス確定ですぅぅぅ!」

 リーザが水面に浮かぶ巨大な切り身に向かって、よだれを滝のように流しながら拝んでいた。

 あの執念深さがあれば、確かに地下アイドルとして(パンの耳だけで)生き抜けるだろう。

「よし、リリス殿、リーザ殿。獲物の回収だ。この巨体を街まで運ぶ算段を立てねばな」

「はいっ! あ、私の『えんじぇるすまーとふぉん』で、重さを軽くする魔法をかけますね! 今度は間違えませんからぁ!」

「小次郎さん、私、今夜はお肉とお魚、両方食べたいです!」

 意気揚々と魚の肉塊に群がる二人の少女を見つめながら、拙者は再び煙管に火をつけた。

 紫煙が、夕焼け空にゆっくりと溶けていく。

 かくして、ピラダイ討伐の任務は無事に完了した。

 冒険者ギルドでたんまりと路銀を稼ぎ、今夜は極上の飯が食えることだろう。

 そして、明日からは更なる未知が待っている。

(……悪くない二度目の生よな)

 天下無双の剣豪と、リストラ女神、極貧人魚の珍道中。

 彼らの向かう先が、世界を揺るがす「カオスな村」だとは、まだ誰も知る由もなかったのである。

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