EP 8
飛来する怪魚と、ホーリー・スマッシュ(物理)
冒険者ギルドで請け負った討伐任務のため、拙者たちは街の外れを流れる大河へとやってきていた。
「ピ・ラ・ダ・イ! ピ・ラ・ダ・イ! 塩焼き、煮付けにお刺身だぁー!」
紫の芋じゃあじ姿のリーザが、手頃な木の枝を片手に謎の舞を踊っている。すでに頭の中は凶暴な魔獣ではなく、高級魚のフルコースで一杯らしい。
その隣では、桃色の『たろーまん』製じゃあじを着たリリスが、どこで買ったのか三色団子をモグモグと頬張っていた。
「んむんむっ……小次郎さん、川の中、なんか黒い影がいっぱいウネウネしてますぅ」
胸元の若葉マークの刺繍を誇らしげに揺らしながら、リリスが川面を指差した。
彼女の言う通り、川底には異常な数の巨大な影が蠢いていた。
大きさは腕ほどもある。それが何百匹という群れを成し、水面からギザギザの凶悪な牙を覗かせているのだ。
「なるほど、あれが『ぴらだい』か。確かに凶暴そうな面構えよな」
拙者は煙管を咥え、静かに『備前長光』の柄に手を添えた。
だが、いささか分が悪い。
「……水の中では、剣の威力が削がれる。いかに神速の太刀といえど、水の抵抗を完全に殺すことはできん」
飛び込んで撫で斬りにするのは容易いが、水飛沫で泥まみれになるのは御免であった。
「ふふん! ならば私の出番ですね!」
串焼き用の枝を構えたリーザが、えっへんと胸を張った。
「人魚姫の権能で、水流を操ってあいつらを陸に打ち上げちゃいます! いくよーっ、それっ!」
リーザが川に向かって両手を突き出す。
すると、川の表面がボコボコと沸き立ち、一本の水柱が立ち上がった。水流に巻き込まれたピラダイたちが「ギギギッ!」と奇声を上げて宙に浮く。
「すごい! リーザちゃんすごいですぅ! 私も『えんじぇるすまーとふぉん』で支援しますね!」
団子を飲み込んだリリスが、分厚いハードケースに入った板――神の道具を取り出した。
「えっとえっと、川から飛び出たお魚が、そのまま地面にドスンと落ちるように……アプリ『重力ドカーン』を、タップですぅ!」
ぽちっ。
ピロリン♪
気の抜けた音が鳴った。
リリスの指先を見ると、狙った印の隣にある『大跳躍』という文字を押してしまっていた。
「……あ」
リリスが顔を引き攣らせた、その瞬間。
「ギギギギギギギッッ!!」
宙に浮いていた数十匹のピラダイたちが、空中で見えないトランポリンを踏んだかのように、凄まじい勢いでこちらに向かって弾け飛んできたのだ。
「ひゃあああああ!? お魚がミサイルみたいに飛んできましたぁぁぁ!」
「ちょっとリリス様ぁ!? ご飯が凶器になってますよぉ!」
空を覆い尽くす、牙を剥き出しにした魚の群れ。
それが、弾丸のような速度で拙者たちに降り注ぐ。
「……大儀である、リリス殿。水から出てくれれば、あとは斬るだけよ」
拙者は深く息を吸い、姿勢を低くした。
三尺の物干し竿が、音もなく鞘から放たれる。
「――飛燕、乱れ斬り」
シャンッ、シャシャシャンッ!!
空中に、無数の銀の軌跡が描かれた。
弾丸のように飛来するピラダイの群れの中を、拙者は踊るように駆け抜ける。
ただ斬り捨てるのではない。リーザが美味しく食えるよう、空中で腹を割き、内臓を抜き、三枚に下ろしていくという神業であった。
ぽいっ、ぽいっ、ぽいっ。
「わあぁっ! 綺麗な切り身が次々と降ってきますぅ!」
リーザが歓喜の声を上げ、空から降ってくるピラダイの切り身を器用にキャッチしていく。
だが、その最中。
拙者の太刀筋を運良く潜り抜けた一匹の巨大なピラダイが、あろうことかリリスの顔面を目掛けて一直線に飛んでいったのだ。
「ギガァッ!!」
「ひっ!? いやぁぁぁぁ! 私はお団子じゃないですぅ!」
巨大な顎が、リリスの顔に迫る。
拙者が刀を返すより、魚の牙が届く方が早いか――そう思った、刹那。
「こっちこないでぇぇぇっ!!」
パニックに陥ったリリスが、両手で握りしめていた分厚いハードケース付きの『エンジェルすまーとふぉん』を、フルスイングで振り抜いた。
――ガァンッ!!!
鈍く、そしてエグい破砕音が響き渡った。
「ギュビェッ!?」
ピラダイの顔面のど真ん中、眉間の急所に、スマートフォンの『もっとも硬く尖った角の部分』が、クリーンヒットしていた。
どんな魔法装甲すら無視する、純粋にして最悪の物理攻撃。
目玉をひん剥いたピラダイは、そのまま白目を剥いて地面にドサリと落ち、ピクピクと痙攣して事切れた。
「……ゼェ、ゼェ……や、やりましたぁ……!」
肩で息をするリリスが、へなへなとその場に座り込む。
胸元の若葉マークが、誇らしげにピコピコと輝いていた。
「……見事な一撃であったぞ、リリス殿」
拙者は刀を血振るいし、鞘に納めて歩み寄った。
「その分厚い板の『角』を狙い澄まして眉間に打ち込むとは。いかなる魔術よりも、純粋な質量と角度の暴力こそが真の脅威。……お主、暗器使いの才能があるかもしれんな」
「えへへ、それほどでも……って、魔法の褒め言葉じゃないですよねそれ!?」
最終奥義『ホーリー・スマッシュ(物理)』の威力を遺憾なく発揮した新米女神に、拙者は思わず笑みをこぼした。
「よしっ! 新鮮な切り身がいっぱいです! 早速塩焼きにしましょう!」
大漁のピラダイを前に、リーザがヨダレを拭いながら薪を集めようとした。
だが、討伐任務はまだ終わっていなかった。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
突如、川面が爆発したかのように大きく盛り上がり、巨大な水柱が天を突いた。
「な、なんですかぁ!?」
水飛沫の中から姿を現したのは、先ほどのピラダイとは比べ物にならない、牛ほどもある超巨大な魚のバケモノであった。
「……ほう。あれがヌシとやらだな」
拙者は再び鞘に手をかけ、不敵に笑う。
腹ごしらえの前の、最後の一仕事といこうではないか。




