EP 7
絡まれイベントは『峰打ち』で
「あぁん? 偉そうに抜かしやがって! なまくら刀ぶら下げただけの田舎侍が、俺たち『赤熊の牙』に口答えするたぁ、いい度胸――」
大男が下品な笑みを浮かべながら、腰の剣を引き抜こうとした。
刃が鞘走り、冷たい金属音がギルド内に響き渡る。
周囲の冒険者たちは「あーあ、新人がやられちまう」「また『赤熊』の野郎たちか」と、酒の肴にするように薄ら笑いを浮かべていた。
だが。
(……欠伸が出るな)
武蔵。お主の剣は、まるで嵐のようであった。
一歩踏み込むだけで空気を切り裂き、瞬きすら許さぬ重圧と死の気配があった。
それに比べれば、目の前の男の太刀筋など――止まっているに等しい。
「死にやがれぇ!!」
男の剣が上段から振り下ろされる。
リリスが「ひゃあああ!」と目を瞑り、しゃがみ込んだ。
――スッ。
拙者は、口元の煙管から紫煙を細く吐き出した。
同時に、左手で握っていた『備前長光』の鞘を、ほんのわずかに持ち上げる。
抜刀はしない。
長い鞘の先端を、神速の踏み込みと共に男たちの急所へと叩き込むだけ。
いわゆる、鞘を用いた『峰打ち』である。
ドッ、ドッ、ドゴォッ!!
「……が、あ……?」
空気を叩き潰すような、三つの鈍い音がほぼ同時に響き渡った。
振り下ろされた男の剣が拙者に届くより遥かに早く。
大男の鳩尾、二人目の顎先、三人目の首筋。
長大な鞘の先端が、寸分の狂いもなく急所を穿っていた。
「あ、れ……? 俺、剣を、振って……」
大男が虚ろな目を白黒させ、口から白泡を吹く。
次の瞬間、糸の切れた絡繰り(からくり)人形のように、三人の大男たちは揃って床に崩れ落ちた。
ズウゥゥン……。
重々しい地響きが鳴り、静寂が訪れる。
「……峰打ちだ。命までは取らぬ。二、三日は目を覚まさんだろうがな」
拙者は何事もなかったかのように鞘を下ろし、再び煙管を吹かした。
「え……?」
「おい……今、何が起きた?」
「あいつ、剣を抜いてすらいねぇぞ……鞘で突いたのか? あの長物を、あんなデカい奴ら三人に、一瞬で!?」
騒がしかった冒険者ギルドが、水を打ったように静まり返る。
先ほどまで拙者たちを嘲笑していた者たちの顔は、一様に青ざめ、戦慄に染まっていた。
「……す、すごいですぅ! さすが小次郎さん! 悪漢をあっという間にやっつけちゃいました!」
恐る恐る目を開けたリリスが、頭上の初心者マークをパァァッと輝かせて歓喜の声を上げる。
「よーし! 敵が沈黙しました! 慰謝料の徴収に入りまーす!」
シャササササッ!
そして、なぜか芋じゃあじ姿のリーザが、ゴキブリもかくやという滑らかな動きで床に這いつくばり、気絶した男たちの懐を漁り始めた。
「ほほう、銀貨が三枚! 銅貨が十枚! これは正当な精神的苦痛に対する賠償金として、シーラン国王女が責任を持って没収します!」
「こ、こら、リーザちゃん! それはいくらなんでもドロボーですぅ!」
「違いますよリリス様、これは正当な戦利品です! これでお肉に目玉焼きのトッピングがつけられます!」
気絶した男の服を器用に剥いでいく人魚と、それを慌てて止めようとする女神。
(……この娘たち、本当にたくましいな)
呆然とする周囲の視線を他所に、拙者はギルドの奥にある受付へと歩みを進めた。
受付嬢は、カウンターの向こうで震え上がり、引き攣った笑顔を浮かべている。
「あの……その……ご用件は……っ?」
「うむ。冒険者とやらの登録を頼みたい。それから、手っ取り早く路銀を稼げる仕事はないか?」
拙者が尋ねると、受付嬢は慌てて分厚い帳簿を開き、一枚の羊皮紙を取り出した。
「は、はいっ! 登録ですね、すぐやります! あの、お名前とご職業は……っ!」
「佐々木小次郎。職業は……そうだな。ただの、牢人だ」
受付嬢は震える手で『コジロウ・ササキ/職業:ロウニン』と書き込んだ。
背後では、リーザが「あ、この剣も売れそうですね!」と男たちの身ぐるみを完全に剥ぎ取ろうとしており、ギルドの職員たちが慌てて止めに入っている。
「それで、お仕事ですが……!」
受付嬢が、一枚の依頼書をカウンターに差し出した。
「ちょうど今、報酬が高くて急ぎの討伐依頼があります。街の近くの川底に、凶暴な魚の魔獣『ピラダイ』の群れと、突然変異の巨大なヌシが住み着いていまして……。討伐報酬は、銀貨二十枚(約二万円)になります!」
「ぴらだい? 魚の化け物か」
「は、はい! ピラニアを一回り大きくしたような肉食魚で……。非常に凶暴なので、水辺に近づくのは危険なのですが……」
「よし、引き受けよう」
拙者は依頼書を手に取り、背後で騒いでいる二人に声をかけた。
「リリス殿、リーザ殿。仕事が決まったぞ。魚の化け物退治だ」
「魚!?」
リーザが、男の財布を握りしめたまま振り返った。
「ピラダイですか! あれ、見た目は凶悪ですけど、塩焼きにすると鯛以上に美味しい高級魚なんですよぉ!」
リーザの口から、じゅるり、と涎が垂れた。
どうやら、ただの討伐任務ではなく『食料調達』の意味合いが強くなりそうだ。
「リリスちゃん、行きますよ! 今日のお夕飯はお魚とお肉の豪華二本立てです!」
「わぁぁぁ! お腹すきましたぁ! 頑張りましょう、小次郎さん!」
気絶した男たちを放置したまま、ポンコツ女神と食い意地の張った人魚は、意気揚々とギルドを飛び出していく。
「やれやれ……世話の焼けることだ」
拙者は苦笑しつつ、煙管を咥え直して二人の後を追った。
冒険者ギルドには、嵐が過ぎ去った後のような、深い沈黙だけが残されていた。




