EP 6
カオスな近代化と、『タローマン』の業物
城塞都市の門をくぐった拙者は、目の前に広がる光景に思わず足を止めた。
「……なんという、奇妙な街並みだ」
石造りの重厚な建物が並ぶ様は、南蛮の街並みを思わせる。だが、それだけではない。
建物の壁には、魔力によって煌々と光る極彩色の看板がひしめき合っていた。道ゆく人々も、剣や魔法の杖を持つ者がいる一方で、奇妙に整った異国の平服を着ている者も多い。
「えへへー、驚きましたか小次郎さん! この辺りは『ルナミス帝国』の文化がすごく浸透してるんです!」
リーザが芋じゃあじのポケットに手を突っ込みながら、得意げに解説する。
「あそこにある青と白の看板のお店、あれは『タローソン』っていう二十四時間開いてる便利なお店です! 深夜に行くと、裏口で期限切れの廃棄弁当がもらえるんですよ! ライバル(野良犬)との素早い駆け引きが試される激戦区です!」
「……自慢することではあるまい」
一国の姫君が野犬と残飯を争うな。
「こ、小次郎さん! あっちには『タローマン』がありますよぉ! 職人さんや冒険者向けの、安くて丈夫な服や道具がいっぱい売ってるんですぅ!」
今度はリリスが、黄色と黒の看板を指差してはしゃいだ。
「たろーまん、とな?」
武器や防具の店と聞いては、剣客として素通りするわけにはいかない。
路銀を持たぬ身ではあるが、異世界の武具がいかなるものか、見学しておくのも悪くはなかろう。
拙者たちは連れ立って、『タローマン』なる店へと足を踏み入れた。
店内には、所狭しと品物が陳列されていた。
剣や盾はもちろん、水筒、奇妙な外套(防寒着)、果ては見たこともない大工道具までが、驚くほど整然と並べられている。
「……ほう」
拙者の目を引いたのは、武具の並ぶ棚の片隅に置かれた、一足の『足袋』――いや、異国の履物であった。
分厚い底、そして足をすっぽりと覆う頑強な作り。
拙者はその履物を手に取り、つま先の部分をトントンと指で叩いた。
「むっ……! なんだ、この硬さは」
鈍い、金属の音が鳴った。
「こ、これは……ただの革靴ではない。つま先の部分にのみ、精巧に鍛え上げられた『鉄』が仕込まれておる!」
拙者は戦慄した。
足を保護するためとはいえ、履物の内部にこれほど滑らかな曲面の鉄を仕込むなど、どれほどの鍛冶職人が血のにじむような労力をかけたというのだ。
「なんと恐るべき技術力。これならば、巨岩を蹴り砕こうとも足先を痛めることはあるまい。まさに業物……いや、神業の域よ!」
「あ、それ『安全靴』ですね」
感嘆の声を漏らす拙者の横で、リーザがあっさりと答えた。
「工事現場の職人さんとかが履くやつですよ。つま先に鉄板が入ってるんです。ちなみにそれ、銀貨一枚半(約千五百円)の特売品ですね」
「な、なんだと!?」
拙者は目を見開いた。
これほどの業物が、そのようなどこにでもある安値で叩き売りされているだと!?
アナスタシアの世界……ルナミス帝国の工業力、恐るべし。己の無知を恥じるばかりである。
「お気に召しましたか、小次郎さん?」
リリスが小首を傾げて聞いてくる。
「うむ。この『あんぜんぐつ』とやら、踏み込みの安定感も良さそうだ。戦場で実に役に立つ。……だが、今は無一文ゆえな」
名残惜しいが、拙者はそっと安全靴を棚に戻した。
「稼いだら買いに来ましょうね! そのためにも、早くギルドに行かないと!」
「うむ、そうだな。まずは肉、そして安全靴だ」
謎の決意を胸に、拙者たちは店を後にした。
◇ ◇ ◇
街の奥に進むと、ひと際大きな石造りの建物が現れた。
入り口には、剣と盾を交差させた紋章が掲げられている。
『冒険者ギルド』
重厚な木の扉を押し開けると、むせ返るような酒と肉の匂い、そして荒々しい男たちの喧騒が押し寄せてきた。
「ガハハハ! だからあのワイバーンは俺が仕留めたって言ってるだろ!」
「おいおい、嘘をつけ! お前、しっぽ巻いて逃げてただろうが!」
獣の耳や尻尾を持つ者、全身を鎧で覆った者、ローブを羽織った魔術師らしき者。
多種多様な種族の荒くれ者たちが、真昼間から酒盛りをしたり、壁の依頼書を睨みつけたりしている。
(……ほう。なかなかどうして、血の気の多い連中が揃っているではないか)
殺気と欲望が入り交じるこの空間は、日の本の牢人たちが集まる酒場に似た、独特の熱気があった。
悪くない。拙者の闘気も、自然と静かに研ぎ澄まされていく。
「あのぅ、小次郎さん。みんな、こっち見てるんですけど……」
リリスが、拙者の背中に隠れながら小声で言った。
無理もない。
異国の着流しに三尺の長刀を背負った男に、桃色のじゃあじ姿で若葉マークを浮かべる女、そして同じく芋じゃあじ姿で、パンの耳をかじっている青髪の美少女。
どう考えても、この場において目立ちすぎる三人組であった。
「……おいおい。見ねぇ顔だな」
案の定、ギルドの受付に向かおうとした拙者たちの前に、影が落ちた。
立ち塞がったのは、筋骨隆々とした三人の大男たちだ。
首には太い傷跡があり、腰には使い込まれた長剣を下げている。いかにも「新人をいたぶるのが趣味」といった、下卑た笑みを浮かべていた。
「なんだい、そこのヒョロい兄ちゃん。ここは遊び場じゃねぇんだぜ? それに、その後ろの嬢ちゃんたち……随分と珍しい服を着てるじゃねえか。おっと、一人は人魚か?」
大男の一人が、舐め回すような視線でリーザとリリスを見た。
「ひゃっ……!」
「あ、慰謝料とれるかな……」
怯えるリリスと、なぜか金勘定を始めるリーザ。
拙者は小さく息を吐き、二人の前にスッと歩み出た。
「道を開けよ。拙者たちは、冒険者とやらの登録に来ただけだ」
極めて冷静に、平坦な声で告げる。
だが、それが男たちの逆鱗に触れたらしい。
「あぁん? 偉そうに抜かしやがって! なまくら刀ぶら下げただけの田舎侍が、俺たち『赤熊の牙』に口答えするたぁ、いい度胸――」
男が威嚇するように、腰の剣の柄に手をかけた、その瞬間。
――スッ。
男はまだ、気づいていなかった。
次に瞬きをした時、自分がどうなっているかを。
佐々木小次郎の『峰打ち』の洗礼が、今まさに下されようとしていた。




