EP 5
地下アイドル人魚の舞と、五円の御縁
森を抜ける街道を歩きながら、拙者は背後から聞こえる「サクサク」という小気味良い咀嚼音を聞いていた。
「んふふ〜。マヨ・ハーブと甘いパンの耳、甘じょっぱくて最高のエンドレスループですぅ」
「ああっ、リーザちゃんずるい! 私にも一口ください!」
「だーめです! これは私の食料備蓄なんですから! 女神様なら自分でまた実らせればいいじゃないですか」
「あぷりの再詠唱には時間がいるんですぅー!」
紫の芋じゃあじ姿のリーザと、桃色じゃあじのリリス。
なんともしまらない言い争いを繰り広げる二人の娘を背に、拙者は煙管の煙をふわりと吐き出した。
「して、リーザ殿。先ほど『あいどる』と口にしていたが、それは一体どのような生業なのだ? 歌い踊ると言っていたが……白拍子や旅芸人のようなものか?」
「白拍子? うーん、ちょっと違うかもしれません」
リーザはパンの耳を咥えたまま、んー、と首を傾げた。
「アイドルっていうのはですね、みんなに笑顔と夢を届けて、その対価として『推し(応援)』と『お布施』をもらう、愛と経済の究極の循環システムなんです!」
「……よく分からんが、つまり門付け(かどづけ)の類であろう?」
「ストリートライブって言ってください!」
リーザはムスッと頬を膨らませたが、すぐにぱぁっと顔を輝かせた。
「そうだ! お肉を奢ってくれる小次郎さんに、私のライブの特別チケット(立ち見無料)をプレゼントします! いつもはみかん箱の上ですけど、今日は特別に大自然のステージで歌っちゃいますよ!」
言うが早いか、リーザは街道の真ん中に進み出た。
芋じゃあじに健康さんだるという、到底「夢を届ける」ような身なりではないが、彼女がコホンと一つ咳払いをすると、その場の空気が少しだけ変わった。
人魚姫としての生来の器なのか。
彼女の周囲に、ふわりと見えない波紋が広がったような錯覚を覚える。
「それでは聴いてください。私のデビューシングル――『絶対無敵スパチャアイドル伝説!!』」
リーザが、手拍子と共にステップを踏み始めた。
「五円! 五円! 御縁! 御縁! ハイッ!」
チャリンッ、と。
彼女が虚空で指を鳴らすと、なぜか小銭がぶつかり合うような幻聴が響いた。
「銅でもない 銀でもない
狙い打つのは 真鍮のゴールド!
穴の向こうに 未来が見える
覗いてみてよ 私とキミのディスタンス!」
「……なんとも、世知辛い歌詞だな」
拙者が呆気にとられていると、隣でリリスが「おおーっ!」と目を輝かせ、頭上の初心者マークをコンサートの光る棒のように明滅させて合いの手を入れ始めた。
「絶対無敵のスパチャアイドル!
五円が積もれば 山となる!
御縁をちょーだい キラキラ☆キラリ
推しの生活 支えてちょーだい!」
「……む?」
ただの頓痴気な念仏かと思っていた、その時だった。
拙者の体の内側で、どくり、と血が熱く脈打ったのだ。
(これは……闘気が、膨れ上がっている……!?)
リーザの歌声が響くたび、足の先から頭のてっぺんまで、力が底なしに湧き上がってくる。
森の中でゴブリンと戦った時とは比べ物にならない。巌流島で武蔵と対峙した時の極限状態すらも超えるほどの、圧倒的な身体強化。
もし今、一振り剣を抜けば、この街道の果てにある山を丸ごと両断できそうなほどの万能感だ。
「穴の数だけ 幸せあげる!
五円で繋がる 無限のループ
ハイ! ハイ! スパチャよろしく!」
じゃーん! と、リーザが両手を広げてポーズを決める。
歌が終わると同時に、拙者の身体を包んでいた異常な高揚感はスッと静かに落ち着いた。
「どうですか、小次郎さん! 私の歌!」
息を弾ませて駆け寄ってくるリーザに、拙者は驚きを隠せずに問うた。
「……今のは、なんだ。ただの歌ではあるまい? まるで、戦場で自陣を鼓舞する鬨の声のようであったが」
「えへへ、わかりますか? 腐っても私、人魚姫ですからね! 私の『Love & Money』の歌声は、聴く人に活力を与える最強のバフ効果があるんです! まあ、お布施(五円玉)が実際に投げ込まれないと、効果は半分くらいなんですけど」
「なるほど」
異世界の理は、つくづく計り知れぬ。
あの世知辛い念仏に、これほどの力が秘められているとは。
「奇妙な念仏だが、悪くない。戦場においては、百の兵にも勝る大音声よ」
「ね、念仏じゃないですぅ! アイドルソングです!」
ぷんすかと怒るリーザの頭を、拙者はぽんぽんと撫でた。
「小次郎さーん! リーザちゃーん! 見てください、街が見えてきましたよぉ!」
少し先を歩いていたリリスが、ピョンピョンと跳ねながら指を差した。
鬱蒼とした森を抜けた先。
そこには、石造りの防壁に囲まれた、巨大な城塞都市が広がっていた。
遠目からでも、活気のある人々の喧騒と、立ち並ぶ奇妙な建物が見て取れる。
「あれが、この世界の街か。……よし」
拙者は物干し竿を担ぎ直し、二人を振り返った。
「まずはあの街の『冒険者ぎるど』とやらに向かい、路銀を稼ぐとしよう。待っていろ、極上の肉を食わせてやる」
「お肉ーっ! やったぁぁ!!」
「愛してます小次郎さーん!!」
ポンコツ女神と地下アイドル人魚が、歓喜の声を上げて街へと走り出す。
未知なる都市、そして未知なる敵。
佐々木小次郎の二度目の剣の道は、いよいよ本格的に幕を開けようとしていた。




