EP 10
極上の肉と、次なる目的地『ポポロ村』
巨大なピラダイの肉塊をギルドの解体所に持ち込んだ時の、ギルド職員や冒険者たちの顔といったらなかった。
「お、おい……嘘だろ。あの川の主を、傷一つつけずに『サク』にして持ってきただと……!?」
「あいつ、昼間に『赤熊』の連中を鞘だけで沈めた牢人だぞ……」
「バケモノかよ……」
周囲のざわめきを他所に、受付嬢は震える手で麻袋をテーブルに置いた。
「と、討伐報酬の銀貨二十枚と、極上部位の買い取り額として特別に銀貨十枚……合計、銀貨三十枚になりますっ! あ、あの、佐々木様、素晴らしいご活躍で……っ!」
「うむ。大儀である」
拙者が麻袋を受け取ると、隣で芋じゃあじ姿のリーザが「ぎんかさんじゅうまぁぁぁい!」と拝み倒していた。
「さあ、約束通り飯にするぞ。案内せよ」
拙者がそう告げると、二人のポンコツ少女は「わぁぁぁい!!」と歓喜の声を上げ、街で一番美味いと評判の酒亭へと猛ダッシュで駆け出していった。
◇ ◇ ◇
ジュゥゥゥゥッ……!!
分厚い鉄板の上で、熱気と脂を跳ね飛ばしながら『ロックバイソンの厚切りステーキ』が音を立てている。
隣の皿には、先ほど拙者が斬ったばかりの『ピラダイの大トロ刺身』が、大根のツマと共に美しく盛られていた。
「お肉! お肉ですぅぅ! 雑草じゃない、パンの耳でもない、正真正銘のカロリーの暴力ですぅ!」
リーザがフォークとナイフを握り締め、滝のような涙を流しながらステーキを口に運ぶ。
「んんんん〜っ! 噛めば噛むほどお肉の旨味が溢れてきます! 生きててよかったですぅぅ!」
隣では、桃色じゃあじのリリスが、すでに空になったどんぶり鉢を天高く掲げていた。胸元の若葉マークの刺繍が、嬉しさのあまり高速で点滅している。
「すいませーん! ご飯大盛り、おかわり三杯目お願いしまーす! あと、食後の三色お団子も追加で!」
「……お主ら、よくその細い腹にそれだけ入るものだな」
拙者は芋酒なる、この世界の強い酒をちびりと煽りながら、煙管の煙をふわりと吐き出した。
路銀を持たぬ身であったが、自らの剣で稼いだ金で、こうして腹を空かせた娘たちに腹一杯の飯を食わせてやるのも、存外悪くない気分であった。
「小次郎さんも食べないんですか? ピラダイのお刺身、口の中でとろけますよ!」
リーザが醤油草の汁を少しつけた刺身を勧めてくる。
「拙者は酒と煙管があれば十分だ。お主らで食うがいい」
「えへへ、じゃあ遠慮なく! あむあむ……あぁ、幸せですぅ……」
「私にも一切れください! はぐはぐっ!」
頬をリスのように膨らませて飯を食らう二人を見つめながら、拙者はふと、口角が緩むのを感じた。
巌流島で武蔵と対峙していた時の、あの張り詰めた死線の感覚は今や遠い。
異世界で剣を振るい、ポンコツな女神と極貧の人魚を養う。なんとも奇妙な因果だが――これが拙者の『二度目の生』なのだ。
「……して、明日からの算段だがな」
二人が食後の茶(と団子)で一息ついた頃合いを見計らい、拙者は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
先ほどギルドを出る際、依頼の掲示板から剥がしてきたものだ。
「この街に留まり続けるのも手だが、宿代が嵩む。腰を据える場所を探すのも一興かと思い、こんな依頼を見つけてきたのだ」
拙者が羊皮紙をテーブルに広げると、二人が身を乗り出してきた。
『急募:ポポロ村・地域応援隊(自警団・手伝い等)
報酬:住み込み・食事付き。能力に応じてPG支給』
「ポポロ村、というらしい。三大国の緩衝地帯にあるとかで、厄介事も多いようだが……住み込みで飯付きならば、当面の拠点には悪くなかろう」
拙者がそう言うと、リーザがハッとして勢いよく立ち上がった。
「ポポロ村!? それ、私のお友達が村長をやってる村です!」
「お主の、友だと?」
「はい! 月兎族のキャルルちゃんっていうんですけど、前にルナミス帝国でシェアハウスをしてた時のルームメイトなんです! 料理が上手くて、すっごく優しくて……あっ、でも怒らせると特注の安全靴でアゴを砕かれますけど!」
安全靴で顎を砕く村長。
優しさの基準がいささか狂っている気もするが、知己がいるなら話は早い。
「あわわ! 私もですぅ!」
リリスが、口の周りに団子のきな粉をつけたまま『エンジェルすまーとふぉん』の画面を拙者に見せてきた。
「ルチアナ先輩から送られてきた『OJT研修先』の指定場所、ポポロ村になってます! あそこで地上派遣課の研修を受けろって!」
「そうか。ならば、行き先は決まりだな」
拙者は羊皮紙を巻き直し、立ち上がって愛刀『備前長光』を肩に担いだ。
この世界に降り立ち、初めての道標。
「腹は膨れたな? リリス殿、リーザ殿。明日の朝、ポポロ村とやらへ向けて出立する」
「はいっ! キャルルちゃんの村なら、パンの耳以外の美味しいご飯が食べられますぅ!」
「研修、がんばります! お茶菓子が出るといいなぁ……!」
現金な娘たちに苦笑しつつ、拙者は酒場の扉を押し開けた。
夜の帳が下りた異世界の街に、魔導の灯りが煌々と輝いている。
最強の剣豪にして、二人の少女の最強の保護者。
佐々木小次郎の新たな旅路は、あらゆる勢力と思惑が交差するカオスな魔境――『ポポロ村』へと続いていくのであった。
(第一章・了)




