第二章 最強の魔境・ポポロ村と、恐怖のおもてなし
田舎ヤンキー竜人と、折れない鞘
冒険者ギルドのある街を出立し、街道を歩くこと数日。
道中、リリスが魔法を暴走させて『激辛の雨』を降らせたり、リーザが「食べられるかもしれない」と謎のキノコを齧って口から泡を吹いたりといった些末な問題はあったものの、拙者たちは無事に目的地へと辿り着いた。
「小次郎さーん! 見えました! あれがポポロ村ですぅ!」
リリスが、胸元の若葉マークの刺繍を揺らしながら前方を指差した。
そこは、三大国の緩衝地帯という物騒な立地にあるとは思えないほど、のどかな田園風景が広がる場所だった。
……と言いたいところだが。
(……なんだ、あの威圧感のある防壁と、砲身のようなものは)
村を囲む石壁は明らかに軍事要塞のそれであり、あちこちに筒状の魔導兵器らしきものが睨みを利かせている。のどかな農村というよりは、完全武装した独立国家の趣があった。
「ああっ、懐かしのキャルルちゃんの村! 今日からまた、ぬくぬくシェアハウス生活ですぅ!」
リーザが歓喜の声を上げて駆け出そうとした、その時だった。
「――おいおい、見ねェ顔だなァ?」
ズォンッ、と。
村の入り口を塞ぐように、上空から巨大な影が降ってきた。
土煙が晴れると、そこに立っていたのは、頭部に立派な角を生やし、背に竜の翼を持った屈強な男だった。
身長は優に六尺(約百八十センチ)を超え、肩には身の丈ほどもある巨大な両手斧を担いでいる。
「俺様は自警団のイグニス・ドラグーン! この村に入りてェなら、まずは俺様の許可を……って、あァ?」
イグニスと名乗った竜の男は、拙者たちを値踏みするように見下ろし、鼻で笑った。
「なんだァ? ヒョロっちい田舎侍に、ジャージ着たトロそうな女が二人? 悪いが、ここは観光地じゃねェんだ。痛い目見たくなかったら、とっとと――」
「ひゃああっ! ガラの悪い不良さんですぅ! カツアゲされちゃいますぅ!」
「だ、だめです! 私たちの全財産(小次郎さんの財布)は1カッパーたりとも渡しません!」
リリスが拙者の背中に隠れ、リーザがなぜか拙者の懐(財布の入っている場所)を両手でがっちりとガードする。
「カツアゲじゃねェよ! つーか誰が不良だ! 俺様は故郷じゃ英雄って呼ばれて……いや、まぁ、これから呼ばれる予定の男だぜ!」
イグニスが顔を真っ赤にして怒鳴った。
どうやら、図星(あるいは見栄)を突かれたらしい。腕っぷしは強そうだが、どこか田舎者特有の青臭さが抜けていない男だ。
「ふむ」
拙者は懐から煙管を取り出し、カチリと火をつけた。
「拙者たちは、この村の『地域応援隊』とやらの任に就くために参った。通してもらおうか、若き竜よ」
「……あァ?」
拙者の落ち着き払った態度が、イグニスのチンピラ気質――もとい、竜の逆鱗に触れたらしい。
彼の全身から、陽炎のような熱気を伴った凄まじい闘気が立ち上り始めた。
「この俺様を『若き竜』呼ばわりたァ、いい度胸してんじゃねェか。そのナマクラ刀ぶら下げただけの細腕で、俺様が通せるか試してみろォ!」
ゴォォォォォッ!!
イグニスの両手斧に、真っ赤な爆炎が纏わりつく。
ただの威嚇ではない。門番の制止を遥かに超えた、完全なる必殺の構え。手加減という概念がスッポリと抜け落ちている、圧倒的な超火力。
「消し飛べェ!! 『イグニス・ブレイク』ッ!!」
大上段から振り下ろされる、炎と闘気の塊。
直撃すれば、拙者はおろか背後の街道ごと綺麗に抉り取られるであろう、理不尽な一撃。
「ひぎゃああああ!」
「お肉食べる前に丸焦げになっちゃいますぅ!」
少女たちが悲鳴を上げる中。
(――威は凄まじいが、線が真っ直ぐすぎるな)
拙者は、口元の煙管から細く紫煙を吐き出した。
抜刀はしない。
左手に握った『備前長光』の鞘。その先端にのみ、練り上げた闘気を一点集中させる。
そして、迫り来る爆炎の斧の側面に、下から掬い上げるように鞘を当てた。
「――柔よく剛を制す、とは言うがな」
カキィィンッ!!
正面から受け止めるのではない。
イグニスの途方もない膂力と斧の重さを、円を描くような太刀筋――いや『鞘筋』で絡め取り、その力のベクトルを完全に真横へとズラしたのだ。
「……は?」
空振り。
己の全力が虚空を切ったことに、イグニスの思考が完全に停止する。
だが、拙者の動きは止まらない。
軌道を逸らされたイグニスの体が前のめりに崩れた瞬間、拙者はその背に回り込み、鞘の腹で男の膝裏を軽く打った。
ダンッ!!
自らの技の勢いに振り回される形で、イグニスは顔面から地面に激突した。
爆炎が明後日の方向の地面を抉り、ド派手な土煙を上げる。
「が、はっ……!?」
静寂。
煙が晴れた後には、大の字になって白目を剥きかけている巨大な竜の男と、何事もなかったかのように煙管を吹かす拙者の姿だけがあった。
「ええええっ!? 小次郎さん、また刀も抜かずに勝っちゃいましたよ!?」
「あの鞘、なんなんですか!? 炎の斧を弾いても焦げてすらいないんですけど!」
リリスとリーザが目を丸くして騒ぎ立てる。
「……武蔵の木刀を受け続けた鞘だ。この程度の炎で折れるほど、ヤワな作りはしておらん」
拙者が静かに呟くと、足元でピクピクと痙攣していたイグニスが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔は、先ほどまでの傲慢なヤンキーのそれではない。
圧倒的な強者――己の全力を赤子のようにあしらった、底知れぬ達人を前にした、純粋な畏敬に染まっていた。
「……あ、アンタ」
イグニスがふらふらと立ち上がり、拙者の前にドサリと膝をついた。
そして、目をキラキラと輝かせながら叫んだ。
「あ、兄貴ィィィィッ!!!」
「……む?」
「すいやせんしたァ! 俺様……いや、俺! 井の中の蛙でした! あんな紙一重の神業で俺の斧をいなすなんて……アンタ、本物の『漢』だ! どうか俺を、今日から舎弟にしてくだせェ!!」
ガバッと頭を下げてくる竜の男。
なんという切り替えの早さ。力こそすべてのヤンキー理論ここに極まれり、である。
「……いや、拙者は別に舎弟など求めておらんのだが」
「一生ついていきます、兄貴ィ!! 荷物持ちでもなんでもやらせてくだせェ!!」
瞳を潤ませて尻尾を千切れんばかりに振る巨漢の竜人に、拙者は深々とため息をついた。
「ポンコツ女神に、極貧人魚。その上に、田舎の不良竜まで押し付けられるとは」
煙管の灰をポンと落とす。
「やれやれ。手のかかる弟分ができたわ」
こうして、拙者の背後にはさらに面倒な――しかし、どこか憎めない子分が一人追加され、一行はいよいよ魔境『ポポロ村』へと足を踏み入れることとなったのである。




