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剣豪・佐々木小次郎の異世界放浪記。〜ポンコツ女神と雑草食う人魚姫を拾ったので、物干し竿一本で最強の保護者になります〜  作者: 月神世一


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EP 2

アゴ砕きの村長と、OJT研修

「へへッ! 兄貴ィ、こっちっす! 村長の家はあの小綺麗な建物でさァ!」

 すっかり拙者の舎弟(と名乗るただの道案内)と化した竜人族の男、イグニスが意気揚々と先導する。その後ろを、パンの耳をかじるリーザと、緊張でガチガチになっているリリスが歩いていた。

 案内されたのは、村の中央にある立派だがどこか温かみのある木造の家屋だった。

「ごめんくださーい! キャルルちゃーん、遊びに来たよー!」

「お邪魔するッス!」

 リーザとイグニスが遠慮なしに扉を開けると、奥からパタパタと足音が聞こえてきた。

「はーい! あら、リーザちゃんじゃないですか。それにイグニス君も……って、そちらのお客さんは?」

 現れたのは、頭にピンと伸びた兎の耳を持つ、うら若き娘であった。

 年齢は二十はたちほどか。異国の動きやすそうな衣服に身を包み、足元には『たろーまん』で見かけたあの分厚い『安全靴』を履いている。

 ふんわりとした笑顔と、兎特有の愛らしさが相まって、いかにも「村の優しいお姉さん」といった風情だ。

「あ、あのっ!」

 拙者の背後に隠れていたリリスが、意を決したように前に出た。

 手には、ルチアナ先輩とやらから渡されたというシワだらけのカンペが握られている。

「わ、わたくし、天界総務部・地上派遣課より参りました、見習い女神のリリスと申しますぅ! 本日よりこちらの村で、おー・じぇー・てぃー……? とやらを研修させていただきますぅ!」

 カンペを読み終えたリリスが、ペコリと深く頭を下げる。

 胸元の若葉マークの刺繍が、緊張で震えていた。

「まあ、天界からの研修生さんですね! 話は聞いてますよ。私は村長のキャルルです。よろしくね、リリスちゃん!」

 キャルルはニコリと微笑み、エプロンのポケットから飴玉を一つ取り出してリリスの手のひらに乗せた。

「長旅でお疲れでしょう? これ、甘くて美味しいですよ。あとで人参柄のハンカチもプレゼントしますね」

「ああっ、女神の私に供物を……! ありがとうございます村長さん、一生ついていきますぅ!」

「相変わらずチョロいっスね、姐さんは」

 飴玉一つで完全に懐柔されるリリスを見て、イグニスが呆れたように鼻を鳴らした。

(……ほう)

 和やかな空気が流れる中、拙者だけは口元の煙管きせるを下ろし、静かに目を細めていた。

 一見すれば、ただの愛らしい村娘。

 だが、剣客としての拙者の『眼』は騙容だませない。

(……隙が、微塵もない)

 キャルルの立ち姿は、極限まで脱力しているように見えて、その実、重心が完璧に丹田に落ちていた。

 もし今、拙者が殺気を放ち剣を抜こうとすれば――刀が鞘走るよりも早く、あの鋼鉄入りの安全靴が神速の踏み込みと共に拙者の懐に潜り込み、下顎したあごを粉砕しているだろう。

 笑顔の裏に隠された、生粋のもののふの気配。

 しかも、その闘気は底知れず、ただの達人すら遥かに凌駕している。

(……恐るべき村よな。門番の竜に、村長がこのバケモノ(ウサギ)とは)

 拙者が密かに戦慄と歓喜を覚えていると、隣で不穏な動きがあった。

 ――ズザーッ!!

 紫の芋じゃあじ姿のリーザが、見事なスライディング土下座をキメたのだ。

「キャルルちゃぁぁぁん! ごめんなさい! 今月の家賃、また払えません! ルナミス帝国でのアイドル活動とマヨネーズ代に消えちゃいましたぁぁぁ!」

「…………」

 ピタリ、と。

 その場の大気が凍りついた。

 キャルルの顔には、相変わらずふんわりとした笑顔が張り付いている。

 だが、その瞳の奥からは一切の光が消え去り、漆黒の深淵が覗いていた。

「……え? リーザちゃん? また、家賃滞納……ですかぁ?」

 カチッ、カチッ。

 キャルルが足元の安全靴のつま先で、床板を軽く叩く。

 ただそれだけなのに、部屋中の空気が悲鳴を上げ、凄まじい重圧プレッシャーがリーザと拙者たちにのしかかってきた。

「ひぎぃっ……! す、すいません! でもアイドルは初期投資が必要でしてぇ……!」

「ダメですよぉ、リーザちゃん。お金は計画的に使わないと。……少し、お説教(物理)が必要みたいですねぇ?」

 キャルルが、メキョ……と床板を踏み砕きながら、笑顔のまま一歩踏み出した。

 イグニスが「ヒッ……!」と悲鳴を上げて壁際に張り付く。

「待たれよ、村長殿」

 拙者は、リーザを庇うようにスッと前に出た。

 そして懐から、先ほどギルドで受け取ったばかりの麻袋を取り出し、テーブルの上にドンッと置いた。

 チャリッ……と、中から眩い銀貨の音が鳴る。

 ピラダイ討伐で稼いだ、銀貨三十枚だ。

「なっ……! お、お侍様! それは私たちのお肉代……!」

「黙っておれ。……村長殿。この娘たちの滞納分、並びに当面の宿代として、これで足りるか?」

 キャルルはピタリと動きを止め、テーブルの上の銀貨と、拙者の顔を交互に見つめた。

 その瞳に宿っていた暗い光が、スッと消え去る。

「……まあ! ご丁寧にありがとうございます。これだけあれば、リーザちゃんの借金も帳消しにしてお釣りがきますよ」

 キャルルはパッといつもの愛らしい笑顔に戻り、ポンと手を叩いた。

「それで、そちらの方は? リーザちゃんの新しいパトロンさんですか?」

「拙者は佐々木小次郎。しがない剣客だ」

 拙者は煙管を咥え直し、ニヤリと笑った。

「表の張り紙を見た。この村は『地域応援隊』とやらを探しているのだろう? この娘たちの面倒を見る代わりに、拙者を用心棒として雇い入れてもらいたい」

 キャルルは少しだけ首を傾げ、拙者の全身をじっと見つめた。

 先ほどの『武の気配』が再び一瞬だけ現れ、拙者の実力を値踏みしているのがわかる。

「……なるほど。イグニス君を無傷で大人しくさせたのは、小次郎さんなんですね」

「……あ、いや、俺は別に負けたわけじゃ……!」

「イグニス君?」

「ハイ! 兄貴の鞘一振りで完敗しやした!」

「よろしい」

 キャルルは満足そうに頷くと、拙者に向かって右手を差し出した。

「歓迎しますよ、小次郎さん。このポポロ村は、来る者は拒みません。リリスちゃんの研修も含めて、今日から皆さんは私たちの新しい家族です!」

 拙者はその小さな手を取り、固く握手を交わした。

 見た目は華奢な娘の手だが、内には鋼のような芯の強さを感じさせる手だった。

「よろしく頼む。……さあ、リーザ殿、リリス殿。これで晴れて村の住人だ。今夜は美味い飯にありつけるぞ」

「わぁぁぁ! 小次郎さん、大好きですぅ! 一生パラサイトしますぅ!」

「一生ヒモ……じゃなくて、大黒柱になってくださいぃ!」

 泣き叫びながらすがりついてくる二人の少女を引き剥がしながら、拙者は深く息を吐いた。

 アゴ砕きの村長に、田舎ヤンキーの竜人。

 どうやらこの村は、ゴブリンや大魚を斬るのとは別次元の、とてつもなく厄介で面白い場所らしい。

(……上等だ。佐々木小次郎の第二の人生、退屈はしなさそうだな)

 最強の保護者(養い主)としての契約は、ここに無事結ばれたのである。

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