EP 6
意気投合と、鬼龍のギトギト炒飯
ルナミス競馬場・ポポロ中継所での大勝利から小半刻(約三十分)後。
拙者たち一行は、裏通りにひっそりと佇む小料理屋『鬼龍』の暖簾をくぐっていた。
「へい、らっしゃい。……なんだ小次郎、随分と大所帯じゃねえか。それに……」
厨房の奥で柳刃包丁を研いでいた龍魔呂が、ふと手を止め、先頭を歩くルーベンスを鋭い眼光で見据えた。
ルーベンスもまた、一瞬だけピタリと足を止め、龍魔呂の纏う赤黒い殺気――『死の気配』を敏感に感じ取ったようだ。
(……ほう。やはりこの村、タダの田舎ではないな。こんな場末のメシ屋に、これほど血の匂いのする男が隠れていようとは)
ルーベンスの瞳に、魔王軍幹部としての冷徹な光がよぎる。
だが、龍魔呂はすぐに包丁を置き、いつもの無愛想な料理人の顔に戻った。
「あんたも、うちの用心棒のツレか。……奥の座敷を使え。何にする」
「フッ。注文は決まっている」
ルーベンスがコートを脱ぎ捨て、座敷のど真ん中にどっかりとあぐらをかいた。
「大将! ここで一番油の乗った『ロックバイソンのギトギト炒飯』と、『シープピッグの肉汁焼き餃子』を頼む! それと、キンキンに冷えた芋酒を樽で持ってきてくれ!」
「あいよ。少し待ってな」
龍魔呂が中華鍋を火にかけ、豪快に油を回す音が響き始める。
カンッ、カンッ! と鍋を振る小気味良いリズムと共に、ニンニクと醤油、そして焦げたラードの暴力的な香りが店内に充満し始めた。
「わあぁぁ……っ! お腹が、お腹が鳴りっぱなしですぅ!」
「餃子! 炒飯! 炭水化物とお肉の黄金コンビですぅ!」
リリスとリーザが、箸を持ったままバンバンと机を叩いて歓喜する。
イグニスも「オッサン、すげェ良い店知ってんな!」と尻尾を振っていた。
「フフフ……魔獣レースでヒリついた神経を癒やすには、このジャンクで油っこいメシと、強めの酒に限るのだ」
ルーベンスが、運ばれてきたジョッキなみなみの芋酒をグイッと煽った。
ぷはぁぁっ! と、魔王軍の幹部とは思えぬ見事な親父の溜息を吐き出す。
「いやぁ、本当に今日は最高の日だ! 最近はどうも仕事のプレッシャーがキツくてな。上司は『推しのアイドル』にかまけて国庫を使い込むし、同僚の犬どもは鬱陶しいし……胃に穴が開きそうだったのだ」
「うむ、男には誰しも、背負うものがあるからな。拙者も、この二人の大食らいの『保護者』として、日々頭を悩ませておるところよ」
拙者もまた芋酒を煽り、ルーベンスと乾杯の杯を交わした。
身分も素性も知らぬ男同士。だが、共に鉄火場で肩を並べ、勝利の美酒を酌み交わす今、そんなものは些末な問題であった。
「お待ち。熱いうちに食いな」
ドンッ! ドンッ!
テーブルの中央に、大皿に山と盛られた『ロックバイソンのギトギト炒飯』と、鉄鍋で狐色に焼き上げられた『シープピッグの肉汁焼き餃子』が置かれた。
「「「いただきまーす!!」」」
リリスとリーザ、そしてイグニスが猛烈な勢いで食らいつく。
「あちっ、あちちっ! でも美味しいですぅ! 噛むと中からお肉のジュースが飛び出してきますぅ!」
リリスがハフハフと餃子を頬張り、目を白黒させている。
拙者も炒飯を一口。
米麦草のしっかりとした粒に、ロックバイソンの濃厚な脂とラードが完璧にコーティングされており、噛みしめるほどに野性味あふれる旨味が口の中で爆発する。
さらに、熱々の餃子をタレ草の醤油につけて口に放り込めば、シープピッグの甘い豚骨スープのような肉汁が溢れ出し、そこへすかさず芋酒を流し込む。
「……美味いな。酒が進むわ」
「だろう? 私は休日にこの村へ来て、バクチの帰りにこれをやるのが唯一の生きがいなのだ……くぅ〜っ、染みるぜ!」
ルーベンスがネクタイを緩め、餃子をアテに猛烈な勢いで酒を飲み進める。
競馬新聞を横に置き、完全に「休日のだらしないお父さん」と化した魔族の貴公子。
「軍師殿、随分と良い飲みっぷりだな。よければ、これでもう一杯どうだ」
拙者は懐から、先ほどネギオから貰った『特選ポポロシガー』を取り出し、火を点けてルーベンスに差し出した。
「おっ。こいつは上物だな……スゥーッ、……ふぅぅ。最高だ。あんた、ただの用心棒にしてはなかなか粋な男だな。名はなんという?」
「佐々木小次郎。しがない剣客だ」
「小次郎か。私はルーベンスだ。……良き友を持ったよ」
ルーベンスがポポロシガーを美味そうにくゆらせながら、ふにゃりと笑う。
完全に出来上がっている。もし今、アバロン魔皇国の兵士たちがこの姿を見れば、絶望のあまり自害するかもしれない。
「ガハハハ! オッサン、次は俺と飲み比べっスよ!」
「だめですイグニスさん! その餃子は私の分ですぅ!」
「炒飯おかわり! 三杯目お願いしまーす!」
賑やかで、油っこくて、最高に美味い宴。
しかし、この平和な時間は、長くは続かなかった。
――ギギ……ギギギ……。
店の外、ポポロ村の広場の方角から、奇妙な金属音が聞こえてきた。
それは、多数の機械が這い回る音。そして、大気を震わせる禍々しい『絶望の気配』。
「……ん?」
拙者はスッと箸を止め、腰の『備前長光』に手をやった。
ルーベンスもまた、酔眼を細め、静かに芋酒のジョッキを置く。
「……どうやら、無粋な客が来たようだな」
小料理屋の外に、黒い影が迫っていた。
それは、天魔窟より這い出た死蟲の群れと、その頂点に立つ道化師――魔人ギアンの、身の毛もよだつ強襲の幕開けであった。




