EP 5
神のクレジットカード(金貨百枚)と、熱狂のジオ・リザード
「えっと……じゃあ、ちょっとだけ現金を用意しますね♡」
ポポロ村のルナミス競馬場・中継所。
見習い女神リリスが、分厚いハードケースに入った『えんじぇるすまーとふぉん』の画面を、ポチポチと無邪気にタップした。
ピロン♪
『生体認証クリア。決済を完了しました。――メイン口座(名義:創造神ルチアナ)より、金貨百枚を現物引き出しします』
無機質な神の音声が響いた直後。
リリスの頭上に、まばゆい黄金の魔法陣が展開された。
ズッッッシャァァァァァンッ!!
凄まじい重量音と共に、魔法陣から巨大な麻袋がドサリと床に落ちた。
口が開いた麻袋から、滝のように溢れ出したのは――ルナミス帝国の刻印が打たれた、眩いばかりの純金貨(一枚約一万円の価値)の山である。その数、実に百枚。
「…………は?」
競馬新聞を握りしめていた魔皇国幹部のルーベンスの口から、安物の紙コップがポロリとこぼれ落ちた。
熱狂していた周囲のギャンブル親父たちも、床に転がった黄金の山を見て、一瞬にして静まり返る。
「き……き、金貨ぁぁぁっ!? きんかひゃくまいいいいいいっ!?」
「うおおおおッ!? 姐さん、ど、どこからこんなどデカいシノギを……!」
リーザが悲鳴を上げて金貨の山にダイブし、イグニスが腰を抜かして後ずさる。
「えへへ! スマホの『天界経費・引き出しアプリ』を使ってみました! ルチアナ様が『困った時はこれでタロキンのピザ頼んでいいわよ』って紐付けしてくれた口座なんですぅ!」
若葉マークを揺らして無邪気に笑うポンコツ女神。
言っていることは可愛らしいが、やっていることは完全に『上司のクレジットカード(限度額なし)の無断キャッシング』である。
(……南無三。見えぬどこかの金持ちよ、不憫だが諦めてくれ)
拙者は、遠い空に向かって心の中で密かに合掌した。
「えっと、オジサン! これだけあれば、『大人の勝負』ってやつができますよね!?」
リリスが金貨の山を指差して首を傾げると、ルーベンスは深く被っていたハンチング帽をクイッと押し上げた。
その瞳から、先ほどの「哀愁漂うオジサン」の気配が完全に消え去り、血に飢えた『本物のギャンブラー(勝負師)』の鋭い光が宿っていた。
「……フッ。小娘、いや、女神サマと言っておこうか。資金力が豊富にあるのは素晴らしいことだ。だが、素人が適当に張れば、金貨百枚など一瞬で紙屑になるのが鉄火場というもの」
ルーベンスは、赤鉛筆で真っ黒に書き込まれた『ルナミス新聞』をバサッと広げた。
「どうだ? その豊かな『資本』と、私の完璧な『データ分析』。我々で、一時的な同盟を組まないか?」
「ほう」
拙者は煙管の灰を落とし、ニヤリと笑った。
「お主が我らの『軍師』となるか。……よかろう。共に一戦交えようではないか、名も知らぬ軍師殿」
ここに、江戸の剣豪、天界の女神、魔皇国のトップエリートという、世界のパワーバランスを根底から揺るがす最凶の『競馬同盟』が結成された。
◇ ◇ ◇
「さあ、各竜、一斉にスタートしました! 第4レース『ルナミス記念』!」
魔導モニターから、実況の声が響き渡る。
土煙を上げて爆走する、十数頭の屈強な恐竜たち。
「いいぞ! そのままインコースをキープしろ!」
ルーベンスが、競馬新聞を丸めてモニターに向かって怒号を飛ばす。
彼が全データを弾き出し、リリスの金貨五十枚を一点賭け(単勝)でブチ込んだのは、オッズ五十倍の大穴、六番の『黒豹』号であった。
「オジサンの予想したトカゲさん、今のところ三番手ですぅ!」
「いけえええええっ! 駆け抜けろお金の塊ぃぃぃっ!」
リリスとリーザもモニターに張り付き、拳を振り上げている。
最終コーナー。
先頭を走っていた一番人気と二番人気の竜が、競り合いの末に大きくアウトコースへと膨らんだ。
「――今だッ!! そこで差せェェェェェッ!!」
ルーベンスが、魔王軍幹部の威厳など微塵も感じさせない、顔を真っ赤にした野太い絶叫を上げた。
その声に呼応するかのように、六番のジオ・リザードが、ガラ空きになったインコースを凄まじい脚力で一気に駆け抜ける!
「「「そのままァァァァァッ!!」」」
拙者も思わず鞘を握りしめ、イグニスと共に声を張り上げていた。
そして。
『勝ったのは六番、ブラックパンサー号! 見事なイン突きで大金星を挙げました!』
「っしゃあああああああああああっ!!」
ルーベンスが両腕を天に突き上げ、歓喜の咆哮を上げた。
イグニスとハイタッチを交わし、リーザが「増えましたぁ! 金貨が増殖しましたぁぁ!」と嬉し泣きをしながら床を転げ回っている。
「見事な采配であったぞ、軍師殿。これぞまさに、戦の醍醐味よ」
拙者がポポロシガーを吹かしながら労うと、ルーベンスは額の汗を拭いながら、最高に晴れやかな笑顔を見せた。
「フッ……私のデータに狂いはなかったというわけだ。お前たち、なかなか見どころがあるぞ!」
完全に『気の良いギャンブル仲間』と化したルーベンス。
魔皇国で彼を恐れる部下たちが見れば、卒倒間違いなしの親父っぷりである。
「よし! この大勝利に免じて、今日は私が奢ってやろう! この村の裏路地に、極上の『油ギトギトの炒飯と餃子』を出す店があってな。芋酒で乾杯といこうじゃないか!」
「炒飯! 餃子! お肉の匂いがしますぅ!」
「乗った! 拙者も大いに腹が減っておったところだ」
勝ち馬に乗った男たちの絆は固い。
熱狂のルナミス競馬場を後にした一行は、勝利の美酒を味わうべく、あの龍魔呂が包丁を握る小料理屋『鬼龍』へと、意気揚々と肩を並べて歩き出すのであった。




