EP 3
男たちの休息(ポポロシガーの味)と、鉄火場の匂い
ポポロ農場の片隅。
先ほどの『人参マンドラ』の大騒動が嘘のように、そこには静かで重厚な時間が流れていた。
麦わら帽子を深く被った樹人のネギオと、着流し姿の拙者。
二人の男が、並んであぜ道に腰を下ろし、極上の『特選ポポロシガー』から紫煙を吐き出している。
「……ふう。五臓六腑に染み渡るな。この村の土の匂いと、太陽の暖かさが詰まっておる」
「違いのわかる男に吸うてもろて、ワシもシガーも本望や。そこらの俗物どもは、値段と見栄だけで吸いよるからな」
ネギオがニヤリと笑い、静かに煙をくゆらせる。
言葉は少ないが、そこには「論破ゲーム」という名の刃を交えた者同士にしか分からぬ、奇妙な連帯感があった。
ザクッ、ザクッ。
ふと、畑の土を踏みしめる足音が近づいてきた。
「……ほォ。珍しい組み合わせだな」
カチッ。
真鍮製のオイルライターが小気味良い音を立て、赤い炎が揺れる。
現れたのは、黒のレザージャケットに身を包んだ大男――小料理屋『鬼龍』の主である龍魔呂であった。
彼は口にくわえた『まるぼろ』なる南蛮の紙巻き煙草に火を点け、ふうと煙を吐き出しながらこちらを見下ろした。
「龍魔呂殿か。お主も農作業の手伝いか?」
「いや、昼の小料理屋の仕込みの前にな。ネギオの旦那から、極上の『玉んねぎ』を仕入れに来たのさ」
龍魔呂がそう言うと、ネギオは足元のカゴを指差した。
そこには、皮がツヤツヤと輝く見事な玉ねぎが山のように積まれている。
「今日の『玉んねぎ』は最高傑作やで。エロ本を読み耽っとるところを、背後から音もなく引っこ抜いてやった。圧倒的な虚無感で、完璧な『賢者モード』に突入しとる。甘みも旨味も極限状態や」
「……相変わらず、業の深い野菜だ。だが、これで極上のオニオンスープが作れる」
龍魔呂は満足そうに頷くと、拙者の横に置かれていた麻袋――神速の剣で傷一つなく回収された『人参マンドラ』の山に目を留めた。
「……綺麗な仕事だ」
龍魔呂の目が、凄腕の料理人、いや『暗殺者』のそれに変わる。
「土ごとすくい上げ、本体には指一本触れずに気絶させている。……これなら、肉(野菜)に余計なストレスがかからず、鮮度が最高に保たれる。小次郎、あんた本気で俺の店の『仕込み担当』にならないか?」
「買い被りよ。ただの素振り代わりに過ぎん」
拙者がポポロシガーの煙を吐き出しながら笑うと、龍魔呂もまた「違いない」と短く笑い、隣に腰を下ろした。
かくして、畑のあぜ道に三人の男が並んだ。
江戸の剣豪、エルフの森の突然変異、そして、裏社会の頂点に立った処刑人(料理人)。
決して交わるはずのなかった異端の男たちが、ポポロ村の青空の下、ただ無言で煙草を吹かしている。
――チリチリと燃える煙草の葉の音だけが響く、究極のハードボイルド。
男たちにとって、言葉など無粋。この沈黙こそが至高の語らいであった。
「…………ちょっとぉ! さっきから何なんですか、このおじさんたちの重くるしーい空気は!」
その至高の沈黙を、紫の芋じゃあじを着た人魚がブチ壊した。
「せっかくお給料(銀貨二枚)をもらったのに、シガーなんて吸ってお腹が膨れるんですか!? 私の胃袋は『早くお肉を入れたまえ』と抗議の暴動を起こしていますぅ!」
「そ、そうですぅ! 小次郎さん、あっちの方から、なんだかすごーく楽しそうな声が聞こえてきますよ!」
リーザとリリスが、畑の向こう側――村の中心部を指差してぴょんぴょんと跳ねる。
確かに先ほどから、「うおおおお!」「差せ! そのまま逃げ切れェ!」といった、男たちの野太い歓声が地響きのように届いていた。
「あっちっちゅうのは、ルナミス競馬場(公営・魔獣レース)の場外馬券売り場やな。今日は休日やし、帝都のG1レースの中継で盛り上がっとるんやろ」
ネギオが呆れたように言うと、リーザの頭のアンテナがピコーンと立った。
「まじゅうれーす……? それって、お金を賭けて、勝ったらお金が何倍にもなって返ってくる『魔法のシステム(ギャンブル)』ですよね!?」
「まあ、そうやな。大穴が来れば、銀貨が一瞬で金貨に化けることもあるで」
「き、金貨ぁぁっ!!?」
リーザの目が、完全に血走った。
「行きますよ小次郎さん、リリスちゃん! この日当の銀貨二枚を『投資』して、今夜はタロキンで焼き肉食べ放題ですぅぅぅ!」
「わぁぁ! 焼き肉! 行きます、行きますぅ!」
現金な少女二人が、拙者の腕を両側から引っ張る。
やれやれ。男の静かな休息は、これにて終了のようだ。
「……鉄火場か。バクチは身を滅ぼすと言うがな。まあ、小銭をスッて社会勉強をするのも悪くなかろう」
拙者は短くなったポポロシガーを携帯用の灰皿に収め、立ち上がった。
龍魔呂が「すっからかんになったら、うちの店に来な。雑草のスープくらいならご馳走してやるよ」とニヤリと笑う。
「ふっ、大勝ちして『肉椎茸丼』を特盛りで頼んでやるわ。行くぞ、お主ら」
「はいっ! 勝利の女神の力、見せてあげますぅ!(※確率は勝手にいじれません)」
歓声の響くポポロ村・魔獣レース中継所。
そこには、ただのギャンブル好きの村人たちだけでなく、世界の運命を左右する『とんでもない大物』が、血走った目で貧乏ゆすりをしていることなど、小次郎たちは知る由もなかったのである。




