第三章 魔王軍の休日と、新鮮なデリバリー食材
小遣い稼ぎと、狂気のポポロ農場
「……さて。用心棒として雇われたとはいえ、この大食らい共を養うには、いささか路銀に不安が残るな」
ポポロ村の朝。
村の東側に広がる広大な農地『ポポロ農場』のど真ん中で、拙者は煙管を吹かしながら深々とため息をついていた。
昨晩、龍魔呂の店で美味い飯を腹一杯食ったのは良いが、リリスの「おかわり十杯」とリーザの「持ち帰り用お弁当のおねだり」により、村長から前借りした用心棒の給金がすでに底を尽きかけているのだ。
「えへへ! 小次郎さん、心配ご無用です! 人材ギルド(派遣)のチラシによれば、ここの農作業のお手伝いをすれば、日当として銀貨二枚と『新鮮なお野菜』がもらえるそうですぅ!」
桃色芋じゃあじ姿のリリスが、胸元の若葉マークを揺らしながら胸を張る。
「野菜! お野菜です! パンの耳や雑草サラダじゃない、本物のビタミンですぅ!」
紫じゃあじのリーザも、すでに頭の中がサラダバーになっているらしく、目をキラキラと輝かせていた。
のどかな田園風景。
だが、ここは三大国を手玉に取る魔境・ポポロ村。当然、生えている作物もただの植物であるはずがなかった。
「おっしゃー! まずはこの『大豆』から収穫しまーす!」
リーザが意気揚々と、たわわに実った豆の木に手を伸ばした、その瞬間。
――ポワァァァンッ。
豆の鞘から、謎の魔法波動がフワリと放たれた。
「ひゃうっ!? な、なんですかこれ! 芋じゃあじの腰紐が、勝手にスルスルって……きゃああああっ! ズボンがズリ落ちますぅぅぅ!!」
「……なっ!?」
リーザが慌てて両手でジャージのズボンを押さえてしゃがみ込む。
見れば、少し離れた畝で作業していた農家のおじさんたちも、「ああっ! ワシのカツラが!」「ズラが飛んでいくべさー!」と、頭を押さえて右往左往していた。
「な、なんだあの破廉恥な豆は……!」
「あれは『ダイズラ豆』ですぅ! 収穫しようとすると、対象の『カツラ』や『ズボン』を強制的にズラしてくる、物理と精神の直接攻撃(羞恥心)を仕掛けてくる魔の作物らしいですぅ!」
リリスがカンペを読み上げながら解説する。
農家の者は魔獣ではなく、自らの育てた野菜と死闘を繰り広げているらしい。なんという狂った生態系か。
「じゃ、じゃあ私は、あっちの立派なニンジンさんを抜きますね! えーいっ!」
リリスが、別の畝に生えていた立派な葉っぱを両手で掴み、勢いよく引っこ抜いた。
ズボォッ!
「ギャァァァァァァァァッ!!!」
「ひぃぃぃぃっ!?」
土の中から現れたのは、ニンジンではない。
二股に分かれた根をバタバタと動かし、人間の赤子のような顔で耳をつんざく悲鳴を上げる、オレンジ色のバケモノ――『人参マンドラ』であった。
「離せェェェ!」と言わんばかりにリリスの手を噛もうとし、驚いて手を離した隙に、二本の根っこ(足)で猛ダッシュして畑を逃走し始めた。
「ああっ! 今夜のシチューの具材が逃げちゃいますぅ! まてー!」
「ギィィィヤァァァァッ!!」
畑のあちこちで、逃げ惑う人参マンドラと、それを追いかける農家のおじさん(と女神)の果てしなき鬼ごっこが繰り広げられている。
(……やれやれ。これでは日が暮れてしまうわ)
拙者は煙管の灰をポンと落とし、腰の『備前長光』にスッと手を添えた。
「リリス殿、リーザ殿。少し下がっておれ」
「えっ? 小次郎さん、まさかお野菜を斬っちゃうんですか!?」
「だめです! 商品価値が下がっちゃいますぅ!」
「案ずるな。……少しばかり、間引くだけよ」
スゥッ、と息を吸い込み、姿勢を低くする。
ターゲットは、畑を逃げ回る十数匹の人参マンドラ。その素早い動きは不規則極まりないが、拙者の眼から見れば、止まっているも同然であった。
「――秘剣」
チャッ……!
鯉口を切る音すら置き去りにする、神速の抜刀。
だが、拙者が狙ったのは人参マンドラの本体ではない。彼らが走る先、その足元(土)のわずか数ミリ下である。
シャララララララァンッ!!
刃の平を使った、高速の『すくい上げ』。
剣圧によって土がめくれ上がり、走っていた十数匹の人参マンドラが、悲鳴を上げる間もなく空中にポーンと打ち上げられた。
そこへ、刀を鞘に納めた拙者が、軽やかな歩法(縮地)で畑を駆け抜ける。
スッ、スッ、ススッ。
「……よし。大漁だな」
一瞬の出来事であった。
宙を舞った人参マンドラたちは、地面に落ちる前にすべて、拙者が左手に持った収穫用の麻袋の中に、綺麗に(かつ傷一つなく)収まっていたのである。
「「おおおおおおーっ!!」」
農家のおじさんたちが、鍬を放り投げて拍手喝采を送ってきた。
「すげえ! あの素早い人参マンドラを一瞬で袋詰めにしちまうなんて!」
「さすが用心棒の兄ちゃん! 神業だべさ!」
「すごいですぅ! お野菜が自分から袋に入っていきましたぁ!」
リリスが若葉マークをピカピカさせて歓喜する。
「フッ。ただの農作業よ。……さて、次はどれを収穫すればよいか」
拙者が次なる獲物(ダイズラ豆)に視線を向けた、その時だった。
「……ほォ。見事な剣筋やが。農業の『の』の字もわかっとらん、ただの暴力任せの力技やな」
背後から、ひどく捻くれた、そして挑発的な声が聞こえた。
振り返ると、麦わら帽子を被った奇妙な『樹人』が、口にポポロシガーを咥えながら腕を組んで立っていた。
「農作業っちゅうのはな、頭を使うんや。お前さんみたいに剣を振り回すだけの脳筋侍に、ワシの育てた極上の野菜は触らせられんなァ」
「……なんだ、お主は」
拙者が目を細めると、農家のおじさんたちが慌てて耳打ちしてきた。
「気をつけてくだせぇ、兄ちゃん。あれはこの畑の主で、村の教師もやってる『ネギオ』先生だ。ああ見えて、超絶頭が切れる毒舌家でさぁ」
樹人のネギオは、帽子をクイッと押し上げ、ニヤリと不敵に笑った。
「どうや、侍の兄ちゃん。ワシの野菜が欲しいなら、一つ『論破ゲーム』と洒落込もうやないか。ワシの問いに答えられたら、極上のシガーも一本オマケしたるで?」
カオスな村の、カオスな畑の主からの、突然の知恵比べの挑戦状。
拙者はニヤリと笑みを返し、再び煙管を咥えた。
「よかろう。剣の道はすなわち人の道。……いかなる問いであろうと、真っ向から斬り捨ててやろう」
農村のど真ん中で、江戸の剣豪と毒舌樹人による、異次元の論戦(屁理屈対決)の幕が切って落とされたのである。




