EP 9
神速の燕返し VS 死蟲将軍と、見事な『暗器』
ダイヤたち自警団の圧倒的な弾幕を抜け、リリスとリーザの頭上に躍り出た巨大な影。
それは、幾つもの魔道機械を悪魔合体させたような、禍々しい異形のバケモノであった。
「ギギギギギギィィッ!!」
巨大な蟷螂のような四本の腕。蜘蛛の多脚。そして、魔導戦車の砲撃すら弾き返すほどに分厚く黒光りする甲虫の装甲。
死蟲軍を統べる指揮官クラスの個体――『死蟲将軍型』である。
「ひ、ひぃぃぃ! バケモノだぁぁ! 終わった、俺たちはもうおしまいだぁぁ!」
広場の隅で、裸足の役人が頭を抱えて絶望の悲鳴を上げている。
「あわわわ! さっきのお魚よりおっきいですぅ!」
「だ、だめです! 虫はいくらマヨネーズをかけても食べられません!」
パニックに陥り、逃げることすら忘れて立ちすくむ二人の少女。
死蟲将軍が、獲物を確実に刈り取るべく、鋭い鋼の四連鎌を大きく振り上げた。
だが。
その鎌が振り下ろされるより早く、一陣の風が少女たちの前に立った。
「――下がっておれ」
紫煙をくゆらせた着流しの男。
佐々木小次郎が、口元の煙管をスッと外し、静かに『備前長光』の鯉口を切った。
「世話になった宿代だ。少しは働かせてもらおう」
「ギガァァァッ!!」
死蟲将軍が、小次郎という矮小な人間を微塵切りにせんと、四本の鎌を同時に振り下ろす。
嵐のような斬撃の檻。逃げ場などどこにもない。
その光景に、役人が絶望で目を閉じた、その刹那。
小次郎はただ自然体に構え、ゆっくりと息を吸い込んだ。
(……甲殻の硬さは、鉄の車(魔導戦車)ほどか。ならば)
装甲の隙間を狙う必要すらない。
硬いのであれば、その存在する『空間』ごと断ち切ればよいだけのこと。
「――秘剣」
キィィィィンッ……!!
大気が悲鳴を上げた。
小次郎の足元から爆発的な闘気が立ち昇り、三尺の長刀が鞘から解き放たれる。
「――燕返し」
一太刀。二太刀。三太刀。
本来ならば連続して放たれるはずの斬撃が、異世界の霊気(魔力)と小次郎の剣気によって、文字通り『同時』に発現した。
それは、三筋の銀閃。
上、左、右。三方向から迫る絶対不可避の次元断絶。
シャラァンッ……!!
鋼がぶつかる音すらしなかった。
小次郎の刀が、死蟲将軍の強固な装甲を、まるで水面に刃を立てるかのように、抵抗なく通り抜けたのだ。
「…………ギ?」
死蟲将軍の動きが、空中でピタリと止まる。
次の瞬間。
ズレェッ……ドスゥゥゥンッ!!
魔導戦車の砲撃すら弾いた漆黒の装甲が、そして四本の鋼の鎌が。
一切の引っかかりもなく、綺麗な三つのブロック(斜め十字)に切断され、重力に従って地面に崩れ落ちたのだ。
「え……?」
顔を覆っていた役人が、指の隙間からその光景を見て、信じられないものを見るように目玉をひん剥いた。
「おおおーっ! やっぱり小次郎さんのお魚の三枚おろし(空間ごと)は最高ですぅ!」
リリスが若葉マークをピカピカと輝かせて歓声を上げる。
「フッ。他愛もない」
小次郎が血振るいし、ゆっくりと刀を鞘に納めようとした、その時だった。
ビチャァッ!!
「……む?」
切断された死蟲将軍の腹部。そのドロドロの残骸の中から、ソフトボールほどの大きさの不気味な蟲――『死寄生蟲型』が、突然弾け飛ぶように飛び出してきたのだ。
死蟲将軍の体内に潜んでいた、暗殺用の隠し玉。
そしてその蟲が向かった先は、小次郎ではなく、その後ろで無防備に歓声を上げていたリリスの顔面だった。
「ギチィッ!!」
「ひびゃあああ!? ま、また私のお顔に来ましたぁぁぁ!!」
小次郎の刀は、すでに鞘に半分ほど納まっている。今から抜刀しては間に合わない。
役人が「ああっ、女神様が食われる!」と絶叫した。
――だが。
リリスは決して、ただ庇われるだけの非力な女神ではなかった。
「もうやだぁぁぁぁぁっ!!」
目を固く瞑り、涙目でパニックに陥ったリリス。
彼女は両手でがっちりと握りしめていた分厚いハードケース付きの『えんじぇるすまーとふぉん』を、やけくそ気味にフルスイングで振り抜いた。
アプリの起動ではない。魔法の詠唱でもない。
ただ純粋な、極度の恐怖と火事場の馬鹿力から生み出された、神の腕力による物理攻撃。
「ホーリー・スマッシュ(物理)ですぅぅっ!!」
――ガガァンッッ!!!
大砲が直撃したかのような、エグい破砕音が広場に響き渡った。
リリスの振り抜いたスマートフォンの『もっとも硬く尖った角』が、空を飛んできた寄生蟲の顔面に超絶クリーンヒットしたのだ。
どんな魔力防壁も無視する、完璧な角度と質量による打撃。
寄生蟲は「ゲベェッ!?」という断末魔を上げ、装甲を粉々に砕かれながら、弾丸のような速度で地面に叩きつけられ、緑色の体液を撒き散らして完全に沈黙した。
「……ぜぇ、ぜぇ……や、やりましたぁ……!」
肩で息をするリリスが、へなへなとその場に座り込む。
「…………」
一部始終を見ていた小次郎は、カチンと刀を完全に鞘に納めると、静かにリリスへと歩み寄った。
「……見事な暗器よ、リリス殿。その四角い板の『角』をピンポイントで急所に打ち込む技術。もはや達人の域だな」
「えへへ……って、だからこれ魔法の道具であって、殴る武器(暗器)じゃないですぅ!」
リリスが顔を真っ赤にして抗議する。
「ああっ! 見てください小次郎さん! 虫の残骸の中から、すっごく大きくて綺麗な『魔石』が転がり出てきましたよ!」
その横では、いつの間にか紫の芋じゃあじ姿のリーザが、死蟲将軍の死体からドロップした高価な魔石を抱きかかえ、目を「¥」の形にしてヨダレを垂らしていた。
相変わらず、危機感よりも金銭欲が勝るたくましい人魚である。
「アニキィィィィッ!! すげェ!! 今の空間ごと三等分にする剣技、マジでやべェッス!!」
最前線から駆け戻ってきたイグニスが、目をキラキラと輝かせながら小次郎に土下座の勢いで平伏した。
ダイヤの指揮する自警団の弾幕と、小次郎の『燕返し』。
その圧倒的な力の前に、天魔窟から溢れ出た死蟲の群れは、ものの十分足らずで完全に殲滅されていた。
「……ば、バケモノだ。この村には、バケモノしかいない……」
腰を抜かしたままその一部始終を見ていた徴税官は、白目を剥き、ついに口から泡を吹いて完全に気絶した。
役人の心を徹底的に折り、大軍すらも無傷で蹂躙する。
これこそが、三大国が絶対に手を出してはならない不可侵の魔境、ポポロ村の真の実力であった。
「……やれやれ。騒がしい村だ」
小次郎は気絶した役人を一瞥すると、満足げに煙管に火を点け、ふわりと紫煙を空へと吐き出した。
最強の剣豪と、カオスな仲間たちの日常は、まだ始まったばかりである。




