EP 8
絶望の死蟲軍、来襲と、本気の『自警団』
ルナミス帝国の徴税官が狂乱して逃げ出してから、小半刻(約三十分)ほどが過ぎた頃。
村長宅の縁側で一息ついていた拙者の耳に、再び村の入り口方面からけたたましい悲鳴が届いた。
「た、助けてくれぇぇぇぇッ!!」
見れば、先ほど魔導車を乗り捨てて裸足で逃げていったはずの役人と兵士たちが、涙と鼻水を撒き散らしながら、村の中央広場へと全速力で逃げ戻ってくるではないか。
「ひゃああっ! 悪代官が戻ってきましたぁ!」
「まだ懲りてないんですか!? だっぷんだぁおじさんの二番、歌いますよ!」
リリスが拙者の背中に隠れ、リーザが謎のステップを踏み始める。
だが、逃げ戻ってきた役人たちの顔は、先ほどの『おもてなし』による精神的恐怖とは別の、純粋な生物的絶望に染まっていた。
「ば、バケモノだ! 天魔窟の封印が解けたんだ! 死蟲軍が溢れ出してきたぞぉぉっ!」
役人が絶叫しながら、広場の地面に転がった。
ジジジジジジジジッ……!!
直後、空が不自然に暗くなった。
見上げれば、太陽を遮るほどの巨大な黒雲――いや、それは羽音を立てて空を覆い尽くす、無数の巨大な蜂の群れ『死蜂型』の魔道機械であった。
さらに村の入り口からは、大地をドロドロと溶かす強力な酸を垂れ流しながら、鋼鉄の顎を持つ巨大な『死蟻型』が、黒い津波のように押し寄せてくる。
「……ほう。あれが『死蟲機』か」
拙者は煙管の灰を落とし、目を細めた。
生命の気配がない。ただ純粋に、人間を殺戮して魂を刈り取るためだけに作られた、悪意の塊のような機械仕掛けの魔物たち。
「あ、あわわ……っ! む、虫さんのお化けがうじゃうじゃいますぅ!」
「だめです、あんなの絶対マヨネーズ合いません!」
「お、終わりだ……! こんな辺境の農村、一瞬で食い尽くされるぞぉぉっ!!」
役人が頭を抱えて泣き叫ぶ。
無理もない。帝国兵の魔導ライフルが何十丁あろうと、あの絶望的な数と酸の雨の前には数分と持たないだろう。
だが。
「……ふむ。農村、か」
拙者は、役人を哀れむように見下ろした。
この男は、まだ何も分かっていない。ポポロ村の真の狂気を。
「――自警団、総員! 第一種戦闘態勢ッ!!」
広場に、凛とした女の号令が響き渡った。
紅蓮の重装甲を身に纏った戦乙女、ダイヤ・マーキスである。
「おっしゃァァァ! 退屈してたところだぜェ!」
竜人のイグニスが、嬉々として身の丈ほどもある両手斧に爆炎を纏わせる。
「迎撃システム起動! 偽装、解除ォ!」
ダイヤが叫んだ瞬間。
のどかな田園風景が、文字通り『変形』した。
ギミック音と共に、巨大な麦わら帽子を模したサイロの屋根が真っ二つに割れ、中から黒光りする『対空魔砲』が空を睨む。
牛舎の壁が倒れ、中からルナミス帝国の最新鋭をさらに魔改造した『魔導戦車』が三両、轟音を立てて発進する。
先ほどまで役人に怯えたふりをしていた農民のおじいちゃんたちが、鍬を放り投げ、ヘルメットを被って魔導誘導バズーカを肩に担いでいた。
「なっ……!?」
役人の目玉が飛び出んばかりに見開かれる。
「っしゃ! ニャングルはん、地下から徹甲魔弾の追加、持ってきたで!」
「よーし! ほなドワーフはんのオモチャ、遠慮のう撃ちまくったれや! 弾代はワイが面倒みたる!」
算盤を弾くニャングルの声を合図に、ダイヤが右手を振り下ろした。
「全砲門、撃てェェェッ!!」
ズドォォォォォンッ!!!
村が、爆炎と光に包まれた。
対空魔砲から放たれた極太のレーザーが、空を覆っていた『死蜂』の群れを次々と消し炭に変えていく。
魔導戦車の主砲が、押し寄せる『死蟻』の津波のど真ん中に着弾し、大地ごと敵をクレーターに変える。
さらには、上空をキュララのドローンが飛び交い、敵の密集地帯の座標を正確に戦車隊へと送信(配信)していた。
「オラオラァ! 燃え尽きろォ! 『イグニス・ブレイク』ッ!!」
防衛網を抜けようとした死蟻どもは、イグニスの規格外の炎の斧によって、文字通りチリも残さず消滅していく。
「あ……あぁ……」
その圧倒的すぎる蹂躙劇を前に、役人は腰を抜かしたまま、ポカンと口を開けていた。
一国の正規軍すら壊滅させるほどの魔軍の脅威を、人口五百人の『自警団』が、一方的な弾幕でハチの巣にしているのだ。
「……凄まじいな。もはや戦というより、ただの作業ではないか」
拙者は、降り注ぐ死蟲の残骸を避けることもせず、悠然と煙管を吹かした。
ドワーフの地下帝国と繋がり、無限の弾薬と兵器を有する『武闘派百姓』の集落。これがポポロ村の真骨頂。
「小次郎さーん! 私たち出番ないですねぇ!」
「あれ? 慰謝料の代わりにお魚が降ってきたりしませんか?」
のんきにお団子を食べるリリスと、空を見上げるリーザ。
だが、拙者の感覚は、炎と硝煙の向こう側に、いまだ不気味な気配を感じ取っていた。
(……雑魚は一掃できそうだが。奥にいる『本命』は、この程度では沈まんぞ)
ガキンッ……!!
拙者の直感は的中した。
魔導戦車の砲撃の煙を切り裂き、巨大な『鎌』が飛来したのだ。
それは最前線で炎を振るっていたイグニスの斧と激突し、竜人の巨体をも後方へと弾き飛ばした。
「ぐはッ!? なんだァ!?」
土煙の中から姿を現したのは、他の死蟲とは明らかに異なる、禍々しい巨体だった。
いくつもの死蟲機を悪魔合体させたような歪な装甲と、四本の腕に鋭い刃を持つ合成死蟲機――『死蟲将軍型』。
その巨体が、強固な防衛線を一息に跳躍し、後方にいたリリスとリーザの頭上へと影を落とした。
「ギギギギギギッ!!」
「ひゃああっ!?」
振り下ろされる、死神の鎌。
「――世話になった宿代だ。少しは働かせてもらおう」
拙者は煙管の煙を吐き出し、静かに『備前長光』の鯉口を切った。
大砲の弾すら弾き返すであろう重装甲のバケモノ。ならば、空間ごと斬り裂くまでよ。




