EP 7
デジタルタトゥーと処刑の音(ざまぁ完了)
ルナミス帝国の徴税官は、ニャングルにねじ込まれた高価な葉巻を口にくわえたまま、生まれたての小鹿のようにガタガタと震えていた。
政治、武力、経済。すべての退路を断たれた男の心は、すでに半ばへし折れている。
「やッほー! みんな息してる〜? ポポロ村大好きな、キュララだよ〜☆」
突如、部屋の扉が勢いよく開き、場違いなほど明るい声が響いた。
現れたのは、背中に白い羽根を生やした天使族の娘――キュララであった。彼女は片手に『えんじぇるすまーとふぉん』を持ち、宙に浮かべた魔導カメラを役人の顔へと向けている。
「あ〜、役人さんのイキリ顔、世界中に晒しちゃおっかな〜♡ ねぇねぇリスナーのみんな、このおじさん知ってる〜?」
「な、なんだ貴様は! その光る板を向け――ひっ!」
キュララが手元の画面をスワイプすると、凄まじい速度で文字が滝のように流れ始めた。
『あ、これ第十三部隊の〇〇じゃん』
『威張ってるけど恐妻家らしいよw』
『え、待って。こいつ帝都の裏路地に愛人囲ってない?』
『特定班いきましたー! 隠し子発覚です! 奥さんにタレコミ完了!』
「あ〜あ。リスナーさんからの情報、全部裏取れちゃった。奥さん、今頃ブチギレて実家に帰る準備してるってさ。……これがいわゆる『デジタルタトゥー』ってやつだね♡」
「あ……あ、あ、あああ……っ!」
役人の顔が、紙のように真っ白になった。
出世どころではない。帝国での社会的地位も、家庭も、今この数秒の間に『配信』という名の妖術によって完全に崩壊したのだ。
「お、ええ仕事すんなァ。じゃあ地下のメインサーバーに入力しときますわ」
ニャングルが算盤を弾きながら、極悪非道な笑みを浮かべる。
「ブラックメール入りやな。あんたらの恥ずかしい裏情報、ワイらは幾らでも握ってまんのや。……パンドラの箱、もっと空けてみるか?」
「や……やめ、やめてくれ……! 頼む、これ以上は……っ!」
ついに役人が長椅子から転げ落ち、床に這いつくばって懇願を始めた。
だが、ポポロ村の悪魔たちは手を緩めない。
「あらあら、どうしましたの?」
ふわりと甘い香りが漂い、エルフの次期女王候補であるルナが、ふわふわのドレスを揺らして部屋に入ってきた。
その後ろには、ダラダラとヨダレを垂らした奇妙な植物『ハッピー・ドリーム』が、ウネウネと触手を動かしながら続いている。
「ねえ、役人さん。私、村の植物さんたちからタレコミを聞きましたわ。……最近あの方、泥酔して『おねしょ(大きい方も)』をして、証拠隠滅のために山の中に下着を埋めて隠したんですって?」
「なっ……!? なぜ、それを……!」
「まあまあ。そんなに追い詰められているなら、『ハッピー・ドリーム』でキメて、幼児から教育をやり直しましょうか?」
ルナが微笑むと、ヨダレを垂らした催眠幻覚植物が、役人の頬をベチャァ……と愛撫するように撫で回した。
「ヒィィィィッ!! ば、化け物……!」
「大丈夫? おもらししない歌、歌ってあげようか?」
そこへダメ押しとばかりに、紫の芋じゃあじを着た人魚のリーザがひょっこりと顔を出した。
「私、アイドルだからレパートリーは豊富なんだ! パンの耳くれたら、特別に『だっぷんだぁおじさんの歌』をフルコーラスで歌ってあげるよ!」
「…………」
役人はもう、声すら出なかった。
物理的な暴力など一度も振るわれていない。
だが、男の自尊心、名誉、社会生活、そして人としての尊厳は、この数分の間に完璧なまでに解体され、粉微塵に吹き飛んでいた。
もはや、ただの抜け殻である。
このまま放置しても、一生ポポロ村の方向へ足を向けることはできないだろう。
(……南無三。いくらなんでも、不憫すぎる)
拙者が煙管から紫煙を吐き出し、これで終わりかと思った、その時だった。
――カチッ。
部屋の奥の暗がりから、真鍮が擦れ合う、小さく冷たい音が響いた。
「っ……!」
役人の肩が、ビクンッ! と大きく跳ねた。
いつからそこにいたのか。
黒のレザージャケットに身を包んだ男――龍魔呂が、オイルライターの火をタバコに点けていた。
音自体は、ただのライターの着火音だ。
だが、その瞬間に龍魔呂の全身から漏れ出した『赤黒い闘気』。
それは、裏社会の人間ならば誰もが本能で察知する、死を呼ぶ四番――『DEATH4』の処刑の合図。
龍魔呂は何も言わない。ただ、冷たい瞳で役人を見下ろし、紫煙を吐き出しただけだ。
「あ…………ひ、ひいいいいいいいいっ!!!」
ついに、役人の精神の糸が完全に千切れた。
「き、貴様らは悪魔だああああああああああ!!!」
役人は恐怖で顔をぐちゃぐちゃに歪ませながら絶叫し、履いていた革靴を蹴り飛ばした。
そして、扉を突き破る勢いで部屋を飛び出し、そのまま裸足で広場を駆け抜け、村の外へと狂ったように逃げ出していった。
外で待機していた帝国兵たちも、上官のあまりの狂乱ぶりに恐れをなし、魔導車を置いて蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。
「…………」
嵐が過ぎ去った後の応接間には、静寂だけが残されていた。
「ありゃりゃ。靴も忘れていっちゃいましたねぇ。……ふふっ、これでお客様の『おもてなし』は完了です」
村長キャルルが、心底楽しそうにクスリと笑う。
床には、役人が脱ぎ捨てた高級な革靴と、ニャングルがねじ込んだ葉巻だけがポツンと転がっていた。
「……武蔵よ」
拙者は、冷や汗が流れる額を拭いながら、遠い空に向かって心の中で語りかけた。
「剣を交えずして勝つ。確かにそれは兵法の極意やもしれん。……だが、これほどまでに相手の魂をズタズタにする兵法を、拙者は他に知らん」
血を一滴も流さない、残酷すぎる防衛戦。
ポポロ村の『最強の用心棒』として雇われたはずの佐々木小次郎であったが、この日ばかりは、己の雇い主たちの底知れぬ恐ろしさに、ただただ戦慄するしかなかったのである。




