EP 5
招かれざる客と、村長の『おもてなし』
翌朝。
ポポロ村の朝は、小鳥のさえずりならぬ、けたたましい悲鳴で幕を開けた。
「ギャアアアッ! やめてぇ! 抜かないでぇぇぇっ!」
「おっしゃ! 今日もええ声で鳴いとるな! 人参マンドラの収穫は気合いやで!」
畑の方から、耳をつんざくような奇声と、ニャングルのコテコテの関西弁が聞こえてくる。
どうやら、あの『人参まんどら』とやらを引き抜いているらしい。朝っぱらからなんとも騒がしい村である。
拙者は村長であるキャルルからあてがわれた客室の縁側に座り、朝の冷たい空気を肺に入れながら煙管を吹かしていた。
「んむんむっ! 小次郎さん、おはようございますぅ! 今日の朝ごはんは、サンライスの塩むすびとお味噌汁ですぅ!」
桃色じゃあじ姿のリリスが、顔のサイズほどもある巨大な塩むすびを両手で抱えながらやってきた。
「ああ、リリス殿。随分と機嫌が良いな」
「はいっ! だって、パンの耳じゃなくて本物のお米ですよぉ! やっぱりポポロ村は最高ですぅ!」
「ふふふ……お米もいいですけど、私はこの『廃棄』じゃなくて『正規』の新鮮なサラダに、マヨ・ハーブをたっぷりかけて……じゅるり」
リリスの後ろから、紫の芋じゃあじ姿のリーザがヨダレを垂らしながらついてくる。
昨晩、極上の宴会料理を腹がはち切れるほど食ったというのに、この娘たちの胃袋はどうなっているのだろうか。
(……まあ、美味そうに飯を食うのは良いことだ)
のどかな朝の風景。
だが、その平穏を破るように、村の入り口の方からけたたましい轟音が鳴り響いた。
ブロロロロロォォォッ!!
土煙を上げて村の広場に乗り込んできたのは、鉄の装甲で覆われた巨大な四輪の車――『魔導車』と呼ばれる南蛮の乗り物であった。
それが三台。その後ろには、黒ずくめの軍服を着て、長い鉄の杖(魔導ライフル)を持った兵士たちが数十人、ぞろぞろと従っている。
「……む」
拙者は目を細め、煙管からスッと口を離した。
物々しい空気。明らかに、友好的な来訪者ではない。
先頭の魔導車から、派手な軍服に勲章をジャラジャラとぶら下げた、傲慢そうな顔つきの男が降りてきた。
「ええい、埃っぽい田舎村だ! 誰かある! ルナミス帝国・辺境方面軍の徴税官様のお通りであるぞ!」
男がふんぞり返って叫ぶと、広場にいた農民たちが手を止めて集まってきた。
「なんだなんだァ? ルナミスの役人が、こんな辺境の村に何の用だ?」
自警団のイグニスが、首をポキポキと鳴らしながら前に出る。
「ふん。野蛮な竜人風情が気安く話しかけるな」
役人は鼻で笑い、一枚の羊皮紙をバサッと広げた。
「いいか、泥まみれの百姓ども! 貴様らの村は三大国の緩衝地帯などと名乗っているが、昨日付で我がルナミス帝国の『特別保護区』に指定された! つきましては、保護の対価として、この村で採れる『月見大根』『月光薬』の全量献上、ならびに税として金貨五百枚を即刻納めてもらおう!」
完全なる難癖。いや、合法を装った略奪である。
背後の兵士たちが、威嚇するように魔導ライフルの銃口を村人たちへと向けた。
「ひゃああっ! た、大変ですぅ小次郎さん! 悪代官が年貢を取り立てに来ましたぁ!」
「金貨五百枚!? 冗談じゃないです、私のアイドル活動資金(予定)が奪われちゃいます!」
リリスとリーザが拙者の背中に隠れて叫ぶ。
「……ふむ」
拙者は縁側から立ち上がり、ゆっくりと『備前長光』の柄に右手を添えた。
用心棒として雇われたからには、ここは拙者の出番であろう。
あの鉄の杖とやらがいかなる飛び道具かは知らんが、引き金を引かれる前に懐に潜り込み、全員の首を刎ねる程度の造作もない。
「――お下がりください、小次郎さん」
拙者が踏み込もうとした、その瞬間。
横からふわりと、柔らかな声がかけられた。
振り返ると、いつもの現代風のラフな服に身を包んだ、村長キャルルが立っていた。
両手には、洗濯物が入った籠を抱えている。
「キャルル殿。しかし、あれは――」
「小次郎さんは、私たちの可愛い『家族』であり、大切なお客様です」
キャルルはふんわりと微笑んだ。
だが、その瞳の奥には、絶対零度の吹雪のような冷たい光が宿っていた。
「あれくらいのハエ……いえ、お客様の相手は、村長である私の仕事ですから」
カチッ……バチバチッ。
キャルルが足を踏み出した瞬間、彼女の足元――特注の『たろーまん製・安全靴』から、紫色の火花が散った。
内部に仕込まれた『雷竜石』が、主の静かなる怒りに呼応して魔力を漏らしているのだ。
「おおーい! 村長を出せ! 今すぐ誓約書にサインしなければ、この村を武力で制圧――」
「はいはーい! 私たちは、無害な村人たちですよぉ〜?」
キャルルは洗濯籠を置き、明後日の方向を向きながら、わざとらしく呑気な口笛を吹きながら役人の前へと歩み出た。
「……あァ? 貴様が村長か? 随分と舐めた態度のウサギ娘じゃな――ひっ!?」
役人がキャルルを見下そうとし、そして言葉を失った。
なぜなら、役人の視界の端――キャルルの背後の広場では。
麦わら帽子を被った農民のおじいちゃんや、紅蓮の鎧を着た戦乙女たちが、黒光りする『魔導戦車』の主砲や、『魔導誘導バズーカ』の砲身を、ボロ布でチャキチャキと磨きながら、無言で役人たちをガン見していたからだ。
「な、なんだあの物騒な鉄の塊は……っ!? なぜ、ただの農村に最新鋭の魔導兵器が……!?」
役人の額から、滝のような冷や汗が吹き出した。
構えられた兵士たちの魔導ライフルが、まるで子供の玩具のように貧弱に見える。
「あらあら? どうしましたか、役人さん。さあさあ、立ち話もなんですし、村長の客間へどうぞ。……極上の『おもてなし』を、させていただきますからね?」
ニコォッ、と。
キャルルが、三日月のように目を細めて笑った。
その瞬間、拙者は歴戦の武士としての直感で悟った。
これから始まるのは、剣による戦いではない。もっと陰惨で、もっと残酷で、もっと一方的な――。
「……武蔵よ。どうやらこの異世界には、剣よりも恐ろしい兵法が存在するらしい」
拙者はそっと柄から手を離し、同情の籠もった視線で、震える役人の背中を見送った。
ポポロ村名物・対役人迎撃プロトコルの、幕開けであった。




