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剣豪・佐々木小次郎の異世界放浪記。〜ポンコツ女神と雑草食う人魚姫を拾ったので、物干し竿一本で最強の保護者になります〜  作者: 月神世一


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EP 4

小料理屋『鬼龍』と、極上のPRO型弁当

 夜のとばりが下りたポポロ村。

 村長キャルルの計らいで、拙者たちの『歓迎会』が開かれることになった。案内されたのは、村の裏通りにひっそりと佇む、和と南蛮が入り交じったような作りの小料理屋であった。

 暖簾のれんをくぐると、店内には異国の擦弦楽器チェロが奏でる、重厚で静謐な調べが流れていた。

「うぅぅ……美味しい……。帝国軍の配給(L缶)なんて、もう食べられない……ぐすっ」

 店に入ってまず拙者の目を引いたのは、カウンターの隅で啜り泣いている女の姿だった。

 紅蓮色に輝く重装甲クリムゾンアーマーを身に纏い、テーブルの上には『魔導戦車の装甲板』を打ち直して作ったという、漆黒の重箱が置かれている。

 彼女はそこから、湯気を立てるおでんをフォークで大事そうに口に運び、涙を流していた。

「あ、ダイヤさん! また『ぽぽろ弁当(PRO型)』を食べて泣いてるんですかぁ!」

「だ、だって……一週間ぶりのまともなご飯なんだもの! 毎日カチカチの干し肉と不味い缶詰で野宿してたら、これくらい許されるでしょ……っ!」

 リリスの言葉に、ダイヤと呼ばれた戦乙女が涙目で抗議する。

 聞けば、彼女は村の自警団リーダーにして、あらゆる武器を扱う達人。だが、弾薬と武器の維持費で常に極貧の自転車操業を強いられているらしい。

(……この村の女は、極貧か食い意地が張っている者しかおらんのか)

 リーザが「ああっ、ダイヤさんの重箱の隅に、お出汁が残ってます! パンの耳に吸わせていいですか!?」と突撃していくのを横目に、拙者はカウンターの奥へと視線を向けた。

「――いらっしゃい。見ない顔だな」

 厨房の奥から、一人の男が姿を現した。

 黒の外套レザージャケットに、赤黒いタートルネック。身長は優に六尺を超え、その手には、日の本の刀匠が鍛え上げたような、見事な本焼きの柳刃包丁が握られていた。

 男――小料理屋の主である『龍魔呂たつまろ』が、まな板の上の魚に包丁を入れる。

「…………っ」

 拙者は無意識のうちに、腰の『備前長光』の柄に手をかけていた。

 静寂。

 店内に流れる弦楽器の音が、遠くへ霞む。

(……なんだ、この男は)

 包丁の動線に、一切の無駄がない。呼吸、重心、筋肉の弛緩と収縮。そのすべてが『人をる』ための最適解に極まっている。

 それだけではない。男の背後に、うっすらとだが、底知れぬ赤黒い闘気オーラが揺らめいているのが見えた。

 血の匂い。

 何十、何百……いや、何千という命をほふってきた者だけが纏う、純粋な『死』の気配。修羅の領域に身を置く者同士だけが感知できる、絶対的な危険信号。

 龍魔呂の手が止まり、ゆっくりとこちらを見据えた。

 暗く、静かな瞳。彼もまた、拙者の内に秘められた神速の剣気に気づいたのだろう。

 空間が、軋みを上げた。

 もしどちらかが瞬きを一つすれば、その瞬間に互いの首が飛ぶ――そんな極限の緊張状態。

 カチッ。

 不意に、龍魔呂が懐から真鍮製の小さなオイルライターを取り出し、火を点けた。

 赤い燐光が彼の口元を照らし、ふう、と『まるぼろ』の煙が吐き出される。

「……あんたが、噂の新しい用心棒か」

 張り詰めていた赤黒い殺気が、幻だったかのように霧散した。

 龍魔呂はいつもの「腕の良い無愛想な料理人」の顔に戻り、カウンター越しに大皿をコトンと置いた。

「よく来たな。俺は龍魔呂。歓迎するよ。……まあ、まずは食ってくれ。村の連中のご自慢の具材だ」

「……うむ。かたじけない」

 拙者もまた、静かに刀の柄から手を離し、カウンターの丸椅子に腰を下ろした。

 どうやら、この村には本当に『化け物』しか棲んでいないらしい。武者震いと、呆れが同時に押し寄せてくる。

「わあぁぁぁ! おでんです! おでんですぅ!!」

「お肉! お魚! パンの耳じゃない本物のご馳走ですぅぅぅ!」

 緊張感など微塵も感じ取っていなかったリリスとリーザが、歓声を上げて大皿に群がった。

 大皿には、琥珀色に透き通った熱々の出汁だしが張られ、そこに大ぶりの具材がゴロゴロと煮込まれていた。

 拙者も箸を取り、最も目を引く『月見大根』なる丸い大根を摘み上げる。

「ほう……」

 箸が、全く抵抗なく大根に沈み込んだ。

 そのまま口へと運ぶ。

 ――美味い。

 思わず、拙者の目が大きく見開かれた。

 口に入れた瞬間、大根がトロリと溶け、太陽芋酒いもざけをベースに鰹と昆布の風味が効いた極上の出汁が、滝のように溢れ出したのだ。

「すいません龍魔呂さーん! ご飯大盛り、おかわり三杯目お願いしまーす!」

「牛すじ! ロックバイソンの牛すじ、トロトロですぅ! 歯がいりません!」

 隣では、リリスがどんぶり飯を駆け込み、リーザが肉を頬張りながら天を仰いで泣いていた。

 拙者も続いて、凶暴な魚であった『ピラダイ』のつみれを口に運ぶ。

 川のヌシの身を丁寧に叩き、薬味を混ぜ込んだそれは、魚の野性味と極上の旨味が凝縮されており、酒のさかなとしてこの上ない一品だった。

「……龍魔呂殿。酒はあるか。一番強いやつを頼む」

「ああ。芋酒の原酒がある。ロックでいいか?」

 龍魔呂が、氷の入った硝子のグラスを差し出す。

 拙者はそれを受け取り、一息に煽った。喉を焼くような強烈なアルコールが、極上のおでんの出汁と混ざり合い、至福の時を奏でる。

(……これほどの料理人が、なぜこのような村に)

 あの凄まじい剣呑な気配。ただの料理人であるはずがない。

 だが、彼がこのポポロ村で包丁を握っているのも、また事実。そして、この飯が途方もなく美味いということも。

「おいコラ! 俺のピラダイつみれを食ったの誰っスか!」

「アホ! 早い者勝ちや! 算盤でドツいたろか!」

「あーっ、キャルルちゃん、お豆腐崩さないでくださいよぉ!」

 イグニス、ニャングル、そして村長キャルルまでもが加わり、小料理屋の中は宴会騒ぎの熱気に包まれていた。

 カオス極まる魔境の村。

 だが、この飯と酒があれば、どんな厄介事でも引き受ける価値はありそうだ。

 拙者は満足げに煙管を吹かし、二杯目の芋酒をゆっくりと傾けた。

 ……翌日、この平和な宴を一変させる『傲慢な闖入者』がやって来ることなど、この時の拙者たちはまだ知る由もなかったのである。

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