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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第九章:盤上は世界へ、扉は奪還へ

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156話『手狭になる家』

帰還ゲートの前で、ディアが口を開いた。


「このまま外に出るのは、ちょっとまずいわね」


「……だよな」


55階のボスだった二匹を、そのまま新大阪ゲートの外へ連れて出る。

さすがに目立ちすぎる。慣れてきた自分の感覚の方がおかしく、客観的にはだいぶ異常だ。


ディアは迷わなかった。


「ひとまず、あなたたちもコユキと一緒に、秀人の影に入ってなさい」


翡翠緑のエメルと、紅金のグレンがこちらを見る。

言葉は理解している。だから、説明が短くて済むのが助かる。


コユキが三本の尻尾を揺らして、少しだけ偉そうに言った。


「大丈夫。ボクの近くにいれば平気」


その声に、二匹は小さく頷いた。


ディアが軽く指を払う。

次の瞬間、エメルとグレンの足元の影がやわらかく広がって、そのまま二匹を沈めていく。


溶ける、というより、夜の水面に落ちる感じだった。

最後に羽の光膜だけがふわりと残って、翡翠緑と紅金の輪紋が一瞬だけ揺れて消える。


「……綺麗だな」


「見た目は、ね」


ディアがさらっと言う。


「中身はだいぶ厄介よ」


「それは戦ってよく分かった」


僕は小さく息を吐いて、帰還ゲートへ足を向けた。


外へ出ると、まだ16時前だった。


感覚では、もっと長く戦っていた気がする。

少なくとも、夕方を越えているくらいの疲労感はある。


でも、現実の時計はそうじゃない。

集中していた時間って、たぶん一番あてにならない。緊張が強いほど、時間は伸びたり縮んだりする。


「……帰ろう」


それだけ言って、僕は新大阪ゲートを後にした。


家に帰ると、ユキ丸のホログラムがいつものように浮いた。


【おかえりなさい】


「ただいま」


その声に重なるように、詩織もリビングの方から出てくる。


「おかえりなさい」


ハローワーク帰りで、少しだけ疲れた顔をしている。

それでも、前みたいな張りつめ方はない。表情はずっと柔らかかった。


僕も短く返す。


「ただいま」


それだけの会話なのに、ちゃんと生活の温度がある。


今は、そういうのが少しだけありがたかった。


リビングへ入って、鞄を下ろす。


そのタイミングで、影が揺れた。

まずコユキが出てくる。三本の尻尾をいつもより少しだけ高く上げている。機嫌がいい時の分かりやすいやつだ。


さらに、その影の奥がもう一度揺れる。


翡翠緑と紅金の二匹がするりと姿を現した。


詩織が、素で目を丸くする。


「……この子たちは……?」


「55階のボスだったモンスター」


僕が答えると、コユキがすかさず胸を張った。


「分け合って、ボクに弟子入りした」


「弟子入りって言い方でいいのか、それ」


「いいの。エメルとグレンは弟子」


二匹とも、まんざらでもない顔をしているのがすごい。

胸を張る、というほど大げさじゃないけど、尾がふわっと揺れて、羽の光膜に薄い紋様が残る。


詩織がその場にしゃがみ込んで、まじまじと二匹を見る。


「テンとかフェレットっぽいですけど……耳は狐みたいに少し長いんですね」


怖がるより先に、観察したい気持ちが勝っているのが分かった。


エメルが首を傾げる。

グレンは少しだけ鼻を鳴らした。


「色も綺麗……」


詩織が、今度はエメルからグレンへ視線を移す。


「額の紋様も、羽も……かっこいいです」


その言葉に反応するみたいに、エメルの周囲に翡翠緑の輪紋がふわっと残る。

グレンの方は、紅金の細かい火花みたいな粒子が一瞬だけ散った。


「……ちなみに、その二匹、言葉は理解してるから」


僕がさらっと言うと、詩織が二段階目の驚きを見せた。


「えっ……!?」


エメルがまた首を傾げる。

グレンは“当然だけど?”みたいな顔で鼻を鳴らした。


分かっていて、その反応を楽しんでいる。かなり賢い。


「ほら、分かってる。可愛い顔して、性格はわりと図太いよ」


「弟子だからね」


コユキが偉そうに言う。

その理屈はよく分からないけど、妙に説得力があるのが腹立たしい。


「すごい……」


詩織は少しだけ身を引いたあと、でもすぐにまた近づいた。

怖がるより先に、好奇心が勝ったらしい。


ひとまず、お茶を淹れて小休憩になった。


大ごとをやって帰ってきたはずなのに、湯気の立つお茶があるだけで、空気はちゃんと日常へ戻る。

こういう切り替えができる場所は、たぶん思っている以上に強い。


詩織がマグカップを両手で持ちながら、ハローワークの話をした。


「手続き自体は、問題なく終わりました。……ただ、少しだけ」


「少しだけ?」


「受付の方に、速水えりなって気づかれました」


「少しじゃ済まないな、それ」


思わずそう返すと、詩織が困ったみたいに笑う。


「静かにしてくださったので助かりましたけど……やっぱり、まだ見つかる時は見つかるんだなって」


コユキが、人事っぽい顔のまま言う。


「だから最初の外仕事はボクが選ぶ」


「ほんとに人事なんだな」


「人事で、師匠で、上司」


「盛るな」


「盛ってない」


盛ってないのが怖い。


お茶を飲みながら、ふと思い出した。


「そういえば、双界跳躍(ツイン・シフト)って、同伴できるんだよな」


エメルとグレンの耳がぴくっと動く。

聞かれた意味は理解している。


「ちょっと試してみたい」


二匹が顔を見合わせて、それから小さく頷いた。


実験は分かりやすい形にした。


まず、エメルを二階へ移動させる。

単独移動。軽い。翡翠緑の紋が一瞬だけ浮いて、すっと消えた。


一階に残ったグレンが、僕の手首に前足を触れさせる。


「じゃあ、お願い」


次の瞬間、目の前の空間に門紋みたいな裂け目が入ったイメージがした。


重力が、一瞬だけ抜ける。


落ちる感じではない。

むしろ“自分がいた位置”だけが、急に意味を失う感覚だ。足場の記憶が切れて、次の瞬間にはもう別の場所の空気と匂いが身体に入ってくる。


二階。


「……っ、おお」


僕は思わず周囲を見回した。

さっきまで一階のリビングにいたのに、もう二階の廊下の匂いだ。

一階と二階ではルームフレグランスの香りを変えている。


「……これ、やばいな」


思わずそのまま言った。


戦闘だけじゃない。救助、搬送、退避、奇襲、いろいろ使い道が一気に頭へ浮かぶ。


コユキが階段の下からドヤ顔をしていた。


「ボクが見込んだ弟子たち」


「お前、人事と師匠とスカウトを全部やるな」


「秀人の契約モンスターだから」


その理屈の意味はよく分からないけど、本人が満足そうなのでたぶんそれでいいんだろう。


詩織が少し笑った。


「本当に、色々やってますね」


「最近のコユキ、会社なら肩書きが増えすぎて名刺に収まらないよ」


「名刺いらない」


その返しまで早かった。


そのまま94階へ移動して、二匹のスキル検証をした。


双界跳躍(ツイン・シフト)の距離。連続使用の間隔。

門紋衝波(ゲート・バースト)の範囲。

対界同調(ペア・レゾナンス)が最大限に乗る条件。


検証していくほど、二匹の価値が分かる。

しかも、使い方次第で一気に“生活側”へも効いてくる。


検証が一通り終わった後、自宅へ戻り僕は少し離れた場所から全体を見た。


翡翠緑のエメルと紅金のグレン。

白銀のコユキ。

肩で笑うミニチュアのディア。

詩織とスーラとユキ丸まで含めると、もうだいぶ賑やかだ。


「……94階は広いし便利だけど」


ソファに座りながら、小さく息を吐く。


「自宅の方が、そろそろ手狭だな」


コユキの三本の尻尾が、楽しそうに揺れた。


「やっと気づいた?」


気づいてはいた。

ただ、認めた瞬間に次のタスクが増えるから、少しだけ見ないふりをしていただけだ。


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