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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第九章:盤上は世界へ、扉は奪還へ

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155話『翡翠緑と紅金』

先に仕掛けたのは僕だった。


跳躍強化(ジャンプブースト)重圧跳躍(グラヴィティフレア)を重ね、最短の島を蹴る。

黒い刃を黒想鋳具アーマメント・フォージで片手に鋳ながら、まずはグレンを斬りに行く。


攻撃役から落とす。

本来は、回復役を潰すのが定石だ。


でも、その“定石の逆”を、最初から読まれていた。


グレンの姿が、ふっと揺らぐ。


「消え――」


次の瞬間、足元の浮遊石が消えた。


……双界跳躍(ツイン・シフト)か。


僕が降り立つはずだった足場が、背後の、いつの間にかエメルがいる小島へ、グレンごと移っている。

視界がひっくり返る。下は奈落だ。


「っ!」


胃が浮く。

でも、飛翔補助(スカイ・アシスト)で姿勢を保ち、近場の浮遊物を反重力脚(グラビティ・ステップ)で蹴る。


スーラが一気に広がった。

僕の身体を“足場側へ引っかける”。


「助かった!」


「まだよ!」


ディアの声。


二匹が同時に羽を開いた。


翡翠緑と紅金の間に、門紋が浮かぶ。

空間の真ん中に、嫌な“意味”だけが先に立つ。


門紋衝波(ゲート・バースト)か!」


衝撃波が、音より先に来た。


空気が押されるんじゃない。

自分の体勢と、体内の魔力の流れごと乱される感覚。踏ん張りどころがずれる。


続けて、その二匹を結ぶ空間そのものが裂けた。


双門裂断(ツイン・リッパー)


線じゃない。面だ。

見えない断裂面が、足場と足場の間に斜めに走る。


反射で時間視界(クロノサイト)を開く。


世界がわずかに沈み、裂断面の輪郭だけが、遅れて見えた。

踏み込んだら終わる位置。魔力ごと持っていかれる。


「近づかせる気、ないな……!」


「厄介」


コユキの輪郭が、ふっと揺れた。


「じゃあ、ずらす」


次の瞬間、コユキの影が揺れて、コユキの残像が四方へ走った。


光幻身(イメージエコー)だ。


グレンが紅金の火花を散らした。


連射された炎弾が、まるで弾幕みたいに回廊を埋める。

しかも、その炎の軌道に雷が混ざる。雷迅放射ライトニング・ドライブで加速まで重ねている。


「うわ、器用だな!」


悪態と同時に、僕は影移動(シャドウ・シフト)で足場の影へ跳ぶ。

火線を外しつつ、空いた上段へ位置を取る。


そこへエメルが緑の輪紋を残しながら滑り込んだ。

回復役のくせに近い。近いのに、間合いの作り方が雑じゃない。


精霊導読スピリット・リーディングでこちらの魔力の揺れまで読んでいるんだと、すぐに分かる。


「読まれてるな……!」


「なら、読んでも意味ない揺らし方する」


コユキが唸るように言って、空中で爪を振った。


重力撹乱(グラビティ・シェイク)だった。


空間の重さが、ほんの一瞬だけ歪む。


二匹の羽ばたきの同期が外れる。

グレンの踏み込みと、エメルの支援のリズムがずれた。


「今!」


それだけで十分だった。


僕は空間斬糸(スペース・スレッド)を一気に展開する。


浮遊石と回廊の縁、崩れたアーチ、門柱の影。

そこに極細の魔力糸を張り巡らせる。見えない斬撃網だ。


グレンがそれに触れ、踏み込みを一拍狂わせた。


その一拍に、黒い槍を黒想鋳具アーマメント・フォージで即時生成。

投げるんじゃない。手元で伸ばす。


突き込む。


浅い。

でも通った。


「浅いけど、入った……!」


その瞬間、グレンが消える。


双界跳躍(ツイン・シフト)でエメルの側へ退避。

そして、翡翠緑の光。


「やっぱり、そう来るか」


癒光循環(ヒールライト)で傷が塞がっていく。


「削っても戻る!」


「うん。最悪」


コユキが舌打ち混じりに言う。


しかも状態異常を乗せても、エメル側が清界祓浄(ピュア・リリース)で剥がしてくる。

本当に、二体で完成していた。


そこからは消耗戦だった。


――一時間。

まだ決まらない。


落下死の恐怖がずっと足元にある。

魔力は削れる。

相手は回復と瞬間移動で立て直す。


「右、足場!」


ディアの声。


崩れた回廊の端が、裂ける。

そこを飛び越えた瞬間、グレンが雷光を纏って加速する。


雷迅放射ライトニング・ドライブ


早い。

でも、真正面で受ける必要はない。


スーラを前腕側に厚く寄せる。

突っ込んできたグレンの爪を受け、同時にスーラが刃の表面だけを溶かす。


武器になる部分だけ削る。

その感触の鈍りを利用して、僕は肘で押し返し、黒い短刃を逆手に鋳造。


返す。


そこへエメルが割り込んでくる。

回復役の動きじゃない。支援と牽制を両方やってくるのが厄介だった。


「ほんと、面倒な二匹だな!」


「それは同意」


二時間近く経った頃――ようやく大きく崩せた。


コユキがグレンの肩口を爪で深く引っかく。


「取った」


そのままコユキが爪を舐めた。


模写捕食(ミミック・イーター)


でも、数秒あとに返ってきた声は、少しだけ不満そうだった。


「……二個だけ」


「何が取れた?」


纏火操輪フレイム・マニピュレート言語理解ランゲージ・コンプリヘンドだけ」


コユキが細く息を吐く。


「あの子たちの“対”として組まれてるスキルは、取れない」


その時、コユキの目つきが変わった。


「秀人、ちょっと待って」


次の瞬間、コユキが前に出た。


白銀の毛並みが逆立つ。


威圧波(ドレッド・ウェイブ)


空気が沈む。


エメルもグレンも、びくっと身体を震わせる。


「ねえ、言葉わかるよね」


二匹が動かない。


「もう分かってるでしょ。このままじゃ、勝ち切れない」


三本の尻尾が、ゆっくり揺れる。


「このまま消されるの、嫌じゃない?」


紅金のグレンが小さく威嚇する。

でも一歩は出てこない。翡翠緑のエメルも動かない。


そこで、コユキが少しだけ笑った。

知的で、容赦がなくて、でもどこか救いも残す顔だった。


「ボクと契約して、仲間にならない?」


空中に、静かな間が落ちる。


エメルとグレンが、互いの顔を見合わせる。


二体で一つ。

片方だけでは決められない。そういう迷い方だった。


少し長い沈黙のあと、翡翠緑のエメルが先に羽を閉じる。

紅金のグレンも、それに続いた。


「……受けるのか」


「たぶんね」


ディアが、小さく笑う。


コユキが前脚を出す。

二匹が、そこへ額を寄せるように近づいた。


魂縛契約(ソウル・バインド)


光が走る。


契約成立の瞬間、空気が変わった。

敵としての輪郭が消え、階層そのものが“攻略完了”の判定に切り替わる。


遠くで、転送陣と帰還ゲートが現れた。


“倒した”のと同じ扱いになったんだと、すぐに分かった。


「仕様としては綺麗ね」


ディアが言う。

ディアは、声で注意を促すことはあっても手を出すことはなかった。


僕はようやく大きく息を吐いた。


「何とか勝てたな……」


「ぎりぎりだけどね」


コユキの足元に、翡翠緑と紅金の二匹が並ぶ。

ボスだったのに、今は妙に小さく見えた。


それでも、その存在感は強い。

翡翠緑×紅金。二体で一つ。かなり良い。


「編集、大変そう」


僕が言うと、ディアがスマホを軽く持ち上げる。


「でも最高の絵は撮れたわ」


コユキが、少しだけ得意そうに言った。


「カットしないといけない箇所多い。でも、映像としても強い」


「じゃあ、頼むよ」


僕は帰還ゲートへ向かいながら、小さく笑った。


55階、攻略完了。

しかも、ただ倒したんじゃない。仲間が増えた。


階層を一つ越えた、で済ませるには大きすぎる収穫だった。


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