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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第九章:盤上は世界へ、扉は奪還へ

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154話『地上の設立、空中の試練』

木曜の朝は、少し遅く始まった。


昨日まで出社の日が続いていたから、身体がまだ6時に起きようとする。

でも今日は7時半でいい。そう決めていた。


たった1時間半なのに、朝の空気がずいぶん違う。

急かされていないだけで、人はこんなに静かに起きられるのかと思った。


寝室を出て、二階から階段を降りる。

リビングには、もう全員いた。


昨夜のうちに「明日からは7時半起きにする」と伝えてあったから、誰も驚いた顔はしない。


「おはようございます」


詩織が言って、それから少しだけ笑う。


「私も今日は、少しゆっくり起きました」


「いいね。そういう日があっていい」


「はい。……ちょっとだけ、身体が軽いです」


ディアが、コーヒーを置きながら言う。


「無理に早起きする理由もないものね。今日からは、必要な時間に必要なことをする朝よ」


コユキがソファの背から口を挟む。


「つまり、もう“会社に合わせる朝”じゃないってこと」


「言い方」


「だいたい合ってるでしょ」


合ってる。

そういうところが、ほんとに腹立たしいくらい合ってる。


朝食の席で、今日の予定をざっと合わせる。


「僕は午前中、法務局。昼から新大阪ゲート行く」


言いながら、一昨日の海のことを少し思い出す。

54階の海戦。海の上を走って、クラーケンを抜けて、気づけばレベルは65になっていた。


「一昨日ので、65になったし。今日はその続き」


詩織は少し目を丸くしてから、自分の予定を続けた。


「私は午前中、94階で訓練して……午後はハローワークに行ってきます」


「ハローワーク?」


思わず聞き返すと、詩織は当然みたいな顔で答えた。


「はい。今日から晩成アークで働くことになりますし……」


「それ、ボクの指示」


コユキが真顔で言う。


「ハローワークで手続きして、こっちで入社手続きする」


「晩成アークの人事かよ」


「実質、人事」


真顔だった。

真顔なのが余計に面白い。


ディアがくすっと笑う。


「段取りが揃ってきたわね」


ほんとにそうだった。

僕が考えるより先に、役割と流れが固まり始めている。良いことなんだけど、少しだけ先回りされすぎている気もする。


支度をして、谷町四丁目へ向かう。


法務局。

今日、会社設立の登記を出す。


大げさな気分になるかと思っていたけど、実際は逆だった。

手続きの場に近づくほど、気持ちは静かになる。やることが具体になると、人は変な感傷を持ち込みにくい。


窓口で番号を取って、順番を待つ。

呼ばれて、席に着いて、僕は言った。


「合同会社設立登記の申請です」


声にすると、拍子抜けするくらい普通の言葉だった。


提出する書類を一式、窓口へ渡していく。


合同会社設立登記申請書。

定款。

決定書。

資本金の払込みがあったことを証する書面。

印鑑届書。


全部、影の中にいるコユキとユキ丸が整えた。僕がやったのは、確認して判断して、最後に責任を持って出すことだけだ。


「登録免許税は、こちらになります」


最低金額の6万円。

資本金は300万円で払込済み。口座の動きも証明も揃っている。


淡々と、でも確実に処理が進んでいく。


紙を出して、受理されて、それで会社が一つ生まれる。

事務作業のはずなのに、手触りだけは妙に静かで重かった。


終わって席を立つ時、肩の力が少しだけ抜けた。

まだ何も始まっていないのに、一つだけ線を越えた感じがある。


法務局を出て、近くで軽く蕎麦を食べた。


口に入れているのに、頭は午後へ切り替わっていく。

こういう日は、食事も休憩というより“次に備える時間”になる。


(新大阪ゲート……55階。一昨日の54階が海だったなら、次は何が来る)


蕎麦茶を飲んでいた時、ディアの念話が落ちてきた。


『油断しないでね』


『うん』


短く返す。


こういう日ほど、派手な何かが来る。

経験則なのか、スキルのせいなのかは分からない。

でも、こういう勘はだいたい外れない。


新大阪ゲートへ。


警備に挨拶をして、慣れた手順で中に入る。

現実の入口を抜けると、空気が一段変わる。


そして、55階。


最初に見えたのは、夜空だった。


「……は?」


思わず、間の抜けた声が出る。


足元は浮遊石。

空中に、無数の回廊と足場が浮かんでいる。

崩れた橋、門柱、アーチ。神殿の残骸みたいな構造物が、断片のまま漂っていた。


下は奈落。

上は、星空なのか曇天なのか分からない虚空。


絶景なのに、怖い。

綺麗なものほど、落ちた時の高さを意識させる。


「なにこれ……」


影からコユキが出て、ブレスレットからディアも現れる。


「落ちたら死ぬやつね」


「そういう確認を改めてしなくていいよ」


僕は黒猫仮面をつける。

スーラも外側へ出て、黒いつなぎみたいに身体を覆った。


視界の端から端まで、“渡る”ことを前提に作られた階層だった。


「この浮いてる足場を渡って、転送陣を探す感じかな」


「たぶんね。で、途中で落としに来る」


ディアの言い方が、嫌なくらい当たりそうだった。


自力で自由に飛べるスキルはない。

だからこそ、落下死の緊張が最初から最後まで付きまとう。


移動手段を頭の中で棚卸しする。


重圧跳躍(グラヴィティフレア)

風流操作(エア・ルーメ)

風操術(エア・ハンドリング)

跳躍強化(ジャンプブースト)

反重力脚(グラビティ・ステップ)

岩槍隆起(アース・ランス)

飛翔補助(スカイ・アシスト)


(似たようなの、増えたな……)


積み上げが生存率になる。そういう階層だ。

似た系統のスキルが何本もあるのは無駄じゃない。生存率は、選択肢の数で上がる。


「渡れる?」


ディアが聞く。


「渡れる。……渡れるけど、こういうのって怖いんだよな」


跳躍強化(ジャンプブースト)で蹴って、飛翔補助(スカイ・アシスト)で空中を安定させる。

着地。

次の足場。

またジャンプ。


無理ではない。

むしろ、今の僕なら安定して進める。


でも進めるからこそ、不安が増す。

モンスターも罠もない。何も仕掛けてこない。


「嫌だな、この静けさ」


「同感」


コユキの返事も短い。


足場をいくつか越えたところで、遠くに光が瞬いた。


翡翠緑。

それと、紅金。


「……なにか光った」


目を凝らしながら、慎重に近づく。


そこにいたのは、小さなモンスターが二匹だけだった。


テンか、フェレットに近い体型。

でも耳は狐みたいに少し長くて、背には一対の半透明の翼がある。羽毛の下に、光膜みたいな紋様が揺れていた。額には“門”を思わせる文様。


片方は翡翠緑。

もう片方は紅金。


「二匹だけ……?」


それだけで、嫌な確信が生まれる。

この階層で“二匹しかいない”なら、たぶんボスだ。


反射で解析眼(アナライズ・サイト)を使う。


視界の奥で、情報が層になって流れた。


――翡翠緑の個体。


 毛並みは、エメラルドを薄く溶かしたみたいな緑。

 羽は透明な薄翅に、緑の光脈が走っている。

 瞳は淡い金緑。

 額の紋様は、白銀寄りの薄光。

 羽ばたくたび、空間に緑の輪紋が残る。


種族:双界門獣ツイン・ゲート

名称:エメル


確認スキル

双界跳躍(ツイン・シフト)

対となる個体のいる地点への瞬間移動。任意の接触対象を同伴可能。移動距離が遠いほどクールタイムが長い。


位相感応(フェイズ・サーチ)

対となる個体の位置・状態・危険度を常時感知する。距離や遮蔽物の影響を受けにくい。


対界同調(ペア・レゾナンス)

対となる個体が同時に近距離で行動する時、互いのスピード・反応・魔力精度が上昇する。


門紋衝波(ゲート・バースト)

二体の間に浮かぶ門紋を共鳴させ、対象を弾き飛ばし、体勢と魔力の流れを乱す。


双門裂断(ツイン・リッパー)

二体の位置を結ぶ空間に断裂面を生成。外傷だけでなく、魔力の流れごと切り裂く。


翼翔(ウィング・フライト)

羽を用いて空中を飛行し、滑空・急上昇・急制動まで可能にするスキル。

翼を持たない者は使用できず、羽の状態によって飛行精度と機動力が左右される。


飛翔補助(スカイ・アシスト)

飛行安定補助。常時発動。


精霊導読スピリット・リーディング

周囲の魔力の揺らぎ、気配の粒を読む。


言語理解ランゲージ・コンプリヘンド

相手の言葉の意味を理解できる。


癒光循環(ヒールライト)


清界祓浄(ピュア・リリース)

毒・麻痺・混乱・幻惑など、対象に付着した負の状態異常を祓い、正常な状態へ引き戻す。


――紅金の個体。


 毛並みは、赤銅色に近い金。

 羽は朱を含んだ金の薄翅。

 瞳は深い琥珀から赤金。

 額の紋様は、黒に近い深い赤。

 羽ばたくたび、火花みたいな粒子が短く散る。


種族:双界門獣ツイン・ゲート

名称:グレン


確認スキル

双界跳躍(ツイン・シフト)

対となる個体のいる地点への瞬間移動。任意の接触対象を同伴可能。移動距離が遠いほどクールタイムが長い。


位相感応(フェイズ・サーチ)


対界同調(ペア・レゾナンス)


門紋衝波(ゲート・バースト)


双門裂断(ツイン・リッパー)


翼翔(ウィング・フライト)


飛翔補助(スカイ・アシスト)


精霊導読スピリット・リーディング


言語理解ランゲージ・コンプリヘンド


雷迅放射ライトニング・ドライブ

雷を体内に溜めて解放。自己加速、雷撃射出。


纏火操輪フレイム・マニピュレート

火を纏い操る。


炎弾連射(フレイム・バースト)


僕は息を一つだけ浅く吸った。


共通スキルが多い。

しかも、明らかに“対になる”形で組まれている。紅金側が攻撃寄り、翡翠緑側が支援寄り。


「……なるほど。単体で見るなってことか」


「二体で一つ、ね」


ディアが低く言う。


「紅金が攻撃、翡翠緑が支援と回復。しかも位置感応と同調付き。削っても戻される」


視線を二匹から切らないまま、続ける。


「単体撃破、させないつもりだ」


「じゃあ、連携を剥がすしかないね」


「そうなる」


言い終わるのと、向こうが羽を開くのは、ほとんど同時だった。


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