148話『終わりじゃなく、区切り』
昼前から94階へ移動する。
訓練は長く引っ張らなかった。
今日は結果だけで十分だった。
詩織のレベルを確認する。
「……31」
来た時が14だったから、17も上がっている。
順調に伸びてる。かなり伸びてる。
「上がってるな」
「……はい」
「かなり」
「……自分でも、少し驚いてます」
詩織は驚いた顔をしなかった。
むしろ、やることをやっていたらこうなった、みたいな顔で、それが少しだけ照れくさそうだった。
「ルミエルも、かなり育ってるわよ」
ディアが言う。
契約モンスターの方も順調に伸びている。
レベルも詩織に連動して上がっているし、スキルも増えている。攻撃も支援も、最初に会った頃とは別物だ。
一般的な契約モンスターは、こうしてレベルアップや成長で新しいスキルを覚えていく。
その点、コユキはやっぱり特殊だ。レベルで積むというより、模写捕食で奪って広げていく。
同じ契約モンスターでも、伸び方がまるで違う。今さらだけど、その差は見ていて面白い。
「うん、悪くない」
コユキが短く言う。
その一言に、詩織が少しだけ姿勢を正した。
コユキやディアに褒められると、詩織はまだ少しだけ真面目に受け取りすぎる。
昼の訓練を切り上げて、夕方前には94階から戻った。身支度を整える。
送別会は18時半から梅田。
その前に、難波へ寄ってオフィスの本契約を進める。
まだ法人登記前なので、契約者は個人名。
6月1日以降、法人契約へ切り替える前提で進める。
鍵の管理。
セキュリティ。
入退館のルール。
郵便物の扱い。
共同受付と、会議室予約の運用。
一つずつ確認していく。
「6月1日から使用可能です」
「分かりました」
会社を辞めるのに、まったくゆっくりはできない。
でも、不思議と嫌じゃなかった。
ずっと同じ場所で回してきた日々が、少し遅れて別の形の刺激を返してきている気がする。
今まで積んだものが、ようやく別の場所で繋がり始めた、そんな感覚だった。
「メールのやり取り、すごくスムーズでしたよ」
不動産屋が何気なく言う。
僕は少しだけ視線を逸らした。
実際に窓口の文面を整えていたのはユキ丸で、裏ではレグリスが相談役をやっていた。
僕が現実で動く前に、ゲート側で分業体制が完成しているの、本当に強すぎる。
「……分業体制が強すぎるな」
小さく呟くと、コユキが影の中から得意げに言った。
『今さら?』
夜。
送別会は、15人前後だった。
今のプロジェクトの全員じゃない。
むしろ、過去に一緒だった中堅とかベテランが中心だ。若手が少ないのが、かえって今の自分の立ち位置をよく表していた。
竹島さんが乾杯の音頭を取る。
会が始まると、あちこちから声が飛んでくる。
「時任さんなら、辞めてもどこでもやれそうですね」
「前のプロジェクトではほんとお世話になりました」
「もっと一緒にやりたかったです」
笑って受ける。
「そんな大したことしてないよ」
「いや、してますって」
「してないよ。だいぶ記憶が美化されてる」
そんな返しをしながらも、内心では少しだけ照れる。
承認欲求が満たされる、という感じではなかった。
それより、仕事が残した縁を感じる、という方が近い。
時間を使って、ちゃんと何かを渡せていたんだな、と分かるのが少し嬉しい。
酒は飲む。
でも、飲みすぎない。
そこはいつも通りだ。
しばらくして、締めの挨拶を振られた。
「時任さん、最後お願いします」
「わかりました」
そう言って立ち上がると、場が少し静かになる。
長くはしない。
「今日はありがとうございます」
一度、全体を見渡す。
「最後なので、三本締めでいきたいと思います」
今日は、一本締めではない。驚きから軽く笑いが起きる。
でも、意味はちゃんと添えた。
「一本目は、みなさんの健康と活躍」
「二本目は、会社の発展」
「三本目は……僕のこれからの無事と成功を願って」
一拍置いて、手を上げる。
「お手を拝借――よーぉ!」
パパパン、パパパン、パパパン、パン。
「よっ!」
パパパン、パパパン、パパパン、パン。
「もう一丁!」
パパパン、パパパン、パパパン、パン。
「ありがとうございました」
拍手が起きて、会がほどける。
解散して一人になった時、不思議と“終わり”という感じはしなかった。
区切りだ、と思う。
晩成アークという箱の中に、次の本番が少しずつ入っていく。
そんな感覚のまま、僕は駅へ向かった。




