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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第八章:割れる言葉、繋ぐ言葉

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143話『保留という名前の夜』

息を整えていると、レグリスが現れた。


相変わらず無駄のないメイド所作で、こちらへ歩いてくる。

手元には、小さなケース。


「試作品が完成しました」


「ああ……ネックレスの」


開かれたケースの中には、青い石を中核にしたペンダントが入っていた。

静かな光沢。触れると、石の奥がうっすらと光る。


「帰還者が触れた場合のみ、魔力に反応します。精神干渉に対して三段階の防御を行い、発動ごとに色が変化します」


言っていることは分かる。

すごいものなんだろうとも思う。


でも、今日は頭の奥を滑るみたいに、うまく入ってこなかった。

本来なら、もっと素直に気持ちが上がる場面のはずなのに。


「……すごいな」


それだけ言うのが、やっとだった。


「ありがとう。確認はまた改めてする」


「承知しました」


レグリスはそれ以上聞かず、静かに下がった。

ユキ丸と情報が共有されている。察してくれたんだと思う。


自宅に戻る。


先にシャワーを浴びた。


熱い湯が肩に落ちて、ようやく身体の緊張が少しずつ剥がれていく。

戦闘の熱と、会話の棘が、別々のまま残っていたのに、少しずつ同じ湯の中へほどけていく感じがした。


着替えてリビングへ戻ると、ディアが料理を並べていた。


会話は少ない。

でも、湯気の立つ皿と、ちゃんと温かい匂いがあるだけで、少しだけ気持ちが戻る。


温かいものがあるだけで、人は少し日常に戻れる。


しばらくして、ディアが静かに聞いた。


「少しは、気持ち整理できた?」


僕は正直に答える。


「……うん。少し落ち着いた。ありがとう」


「よかった」


それだけで十分だった。


食後、少しだけ間が空いたところで、コユキが真正面から聞いてきた。


「で。詩織のこと、どうするの」


誤魔化さずに答える。


「冷たい言い方かもしれないけど……性格が合わないなら、無理して一緒にいる必要はないと思ってる」


自分で言っていて、少しだけ苦かった。


「ただ、このまま終わるのは後味が悪い」


離れた方がいいこともある。

でも、離れるとしても、相手の尊厳を傷つけない形で終わらせるべきだと思う。

仕事でも私生活でも、そこを雑にすると、最後まで自分に残る。


ディアが、カップを置いてから言った。


「迎えに行くのは、正しさじゃないわ。気持ちよ」


その言い方が、妙に刺さる。


「……うん」


コユキは淡々としていた。


「じゃあ、今から探す?」


僕は少しだけ間を置いてから頷いた。


「……探す。ただ、今日は休む。明日、ちゃんと行く」


今日の僕は、もう“ちゃんとした言葉”を出せる状態じゃない。

それで追っても、たぶんまた傷つける。


だから今日は保留にする。

逃げじゃなく、保留だと自分に言い聞かせる。


ベッドに入っても、なかなか眠れない。


詩織がいなくなった。

それだけで、空間の輪郭まで少し違って見える。


ブレスレットが、小さく光る。


ディアが現れた。

ベッドの端に腰を下ろして、少しだけこちらへ寄る。


「……私もね、正直、気持ちは複雑なの」


珍しく、最初から本音に近い声だった。


「詩織がいると、嫉妬することもあった。だから、出ていって……少しだけ、ほっとした部分もあるわ」


そこで一度、言葉を切る。


「でも、嫌いじゃないのよ。頑張ってるところを見ると、応援したくもなるし」


そこでディアは小さく笑った。


「気持ちの整理って、難しいわね」


「難しいね」


少しだけ沈黙が落ちる。


僕はディアを見る。

そのまま髪に触れて、静かに引き寄せた。


「こういう時ほど、ディアが彼女でよかったと思う」


口にすると、少しだけくすぐったい。

でも、今日はちゃんと言っておきたかった。


「何があっても、僕の中で一番がディアとコユキなのは変わらない。これからも、たぶんずっと」


ディアが、少しだけ目を細めた。

照れてるのか、安心してるのか、その両方かもしれない。


「それ、今のタイミングで言うの、ずるいわね」


「本音だよ」


「……知ってる」


そのまま、ディアがこちらへ少し身を寄せる。

甘やかすみたいに、でも静かに。


今夜は答えを出さない。

明日、探す。


それだけを決めて、僕は目を閉じた。


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