135話『未来に名前をつける』
「会社名だけど……これまで会社も生活も、普通に回ってたんだよ」
僕は画面を見ながら自然と、そんな言葉が出る。
「大きな不満があったわけじゃない。ちゃんと回ってたし、生活に困っていたわけでもない。でも……ずっと退屈だった。」
詩織が少し意外そうな顔をする。
「退屈……?」
「刺激が欲しいって意味じゃない。……自分が生きてる実感が薄い感じ」
ディアが静かに言う。
「ゲートに入って、変わった」
「うん。コユキやディアに会って、生活の一部はそんなに変わってないのに――中身が変わった」
詩織が、言葉を選ぶみたいに小さく言う。
「……じゃあ、今が“ここから”って感じなんですね」
「たぶんそう。というか……“本番”って感じがする」
コユキがすぐ刺す。
「その年齢で本番って、遅い」
「いいだろ……いつでも“本番はこれから”、って言うじゃん」
僕は少しだけ笑ってから、口に出した。
「僕も、もう42だし。“晩年こそ本番”みたいな名前を英語に文字ったものでもいいんじゃないかって、ちょっと思った」
詩織が即座に反応する。
「晩年……って、おじいちゃんのイメージです」
「だよね」
コユキも頷く。
「人間の晩年って、たしかに“終盤”感ある」
ディアが、それを少しだけ整える。
「でも秀人の場合、終盤っていうより“第二幕”よ」
「第二幕……」
僕は頷いた。
「晩年って言葉は、年齢じゃなくて“今まで積んだものが効く段階”って意味にして使ったんだけどね」
「じゃあ、セカンドステージ」
詩織が言う。悪くない。でも、少しだけ綺麗すぎる気もする。
「悪くない」
コユキが次を出す。
「ネクストアクト」
それも意味は近い。ただ、僕の中ではまだ少し借り物っぽかった。
「ラストアクトは?」
「縁起悪いだろ」
「コユキ合同会社」
「却下」
コユキが即答した。
ディアが笑う。
「そこは否定早いのね」
少しだけ言葉が行き来して、最後にコユキが言った。
「じゃあ、“晩年”じゃなく“晩成”の方がいい」
僕が顔を上げる。
「晩成?」
「遅咲き、じゃない。積んだ分だけ強いって意味。で、アーク。方舟でも、弧でも、架け橋でもいい」
ディアがすぐ反応する。
「……晩成アーク。いいですね」
僕も、言葉の響きを頭の中で転がしてみる。
晩成アーク。
硬すぎず、軽すぎず、意味も乗る。
「じゃあ決めよう。晩成アーク合同会社」
詩織が、最後に小さく笑いながら言う。
「……でも、晩年はやめてくださいね」
「努力する」
コユキが、すぐに返す。
「努力なんだ」
ちょうど会社名の話がまとまりかけた時、インターフォンが鳴った。
玄関に出ると、やけに重い箱が届いていた。
持ち上げた瞬間、腕が止まる。
「……これ何?」
リビングに運び込むと、コユキが当然みたいに答えた。
「チタンの塊」
詩織が目を丸くする。
「え、金属……?」
僕も普通に驚いていた。
「……いつの間に」
「発注は済ませてたから」
「済ませてたのか……」
箱を影に沈めて、その足で94階へ向かった。
レグリスがいつもの丁寧な所作で現れた。
相変わらず無駄がない。メイド風の立ち姿なのに、空気はもっと機能的だ。
「お待ちしておりました」
僕はチタンの箱を示した。
「スキル封じ首輪。これで1000個、作れる?」
レグリスは顔色ひとつ変えない。
「数量は問題ありません。今日中にはできあがります」
相変わらず、こういう話への反応がぶれない。
僕は続けた。
「あともう一つ。洗脳とか催眠系を防ぐ装備、作れないかな」
レグリスが少しだけ目を細める。
「帰還者であれば可能です。一般人は魔力を保持できず、蓄えた魔力が切れます」
「回数制にできる?」
「可能です」
ディアがすぐに口を挟む。
「“消耗”が見えた方がいいわね」
レグリスが頷く。
「視覚化、ですか」
「青い宝石にして、発動ごとに色が変わるとか」
そこからは早かった。
一回目で青から黄。
二回目で黄から赤。
三回目で色を失って、割れる。
偽物と判別するため、魔力をもつ帰還者が触るとうっすら光る。一般人が触っても反応しない。
「それでいこう」
「承知しました」
レグリスは一礼した。
話が早い。こういう時、このチームは本当に強い。
そのあと、訓練。
僕は動きを確認して、詩織は自分の課題を口にした。
「近い距離で、目を逸らさないのを続けたいです」
「了解。じゃあそこだけ見る」
僕は手を出しすぎない。事故ラインだけ止める。
ディアが小さく言う。
「今日の詩織、悪くない」
押しつけじゃない、その一言だけで、詩織の表情が少しだけ明るくなる。
夜。
ソファでスマホを見ていたら、後ろから声がした。
「……それ、ナナさんのチャンネルですよね」
さすがに飛び上がるほどじゃない。
でも、ちょっと気まずい。
女子高生帰還者のナナと、うさぎ型モンスターのもっちん。二人の掛け合いが売りの『みみモン日記』だ。
「たまたま」
「また見てる」
コユキが即座に刺す。
「勉強だよ。世論の温度を見るのも仕事」
「趣味でしょ」
「半分は」
詩織が、少しだけ笑った。
「……面白いですよね。あの二人」
その言い方が、妙に“普通”で。
普通に同じ動画の話ができることが、なんだか少しだけ温かかった。
こういう、別に大げさじゃない話を共有できるのは、悪くない。
たぶん、生活ってこういうものでできていく。
日曜が終わる。
また明日から午前中は仕事だ。けれど、今日は“先の形”が少しだけ現実になった気がした。




