表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第八章:割れる言葉、繋ぐ言葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

131/153

128話『責任を背負う席』

5月19日、金曜日の朝。

目覚ましより少し早く目が覚めて、しばらく天井を見ていた。


静かだ。

静かなのに、家の中はもう動いてる気がする。そういう日が増えた。


二階を出て、階段を降りる。

リビングに落ちた瞬間、匂いが先に来た。


視界の先には、今日もいつもの顔ぶれ。


ただ、詩織だけが、今日だけ少し違う。

“今日は特別な日だ”と、自分に言い聞かせているのが分かる顔だった。

政府施設に一緒に行くことへの緊張が伝わってくる。


「……おはようございます」


詩織が丁寧に言って、僕は軽く頷いた。


「おはよう。……眠れてる?」


「……はい」


嘘じゃない。でも、安心でもない間がある返事。


コユキが、タイミングを見計らったみたいに言った。


「重要報告。中国の帰還者管理局からDM来た」


スプーンが止まる。


「……中国?」


「うん。しかもね」


コユキが、わざと一拍置いた。


「冒頭が“Shuna様”じゃない。“時任秀人様”」


詩織の表情が、一段落ちた。

さっきまで頑張って整えてた表情が、ほんの少しだけ割れる。


「……え……他国に、バレたってことですか……?」


その反応だけで分かった。

“バレる”が、そのまま“終わる”に繋がる世界で生きてきた顔だった。


コユキは淡々と頷く。


「そういうことね」


……で、僕はというと、驚きより先に、思考の方が勝手に並び始める。


大国なら当然だ。調べる。

むしろ遅いくらいだ。


「ユキ丸。返信、短く」


ユキ丸が帽子を外して、ホログラムに文面を出す。

僕はそこに、必要な言葉だけ置いた。


「ご連絡ありがとうございます。Shunaです。

今後の連絡は日本政府を通してお願いします。

ご連絡いただいた件も日本政府へ共有しておきます」


余計な感情を足さない。余計な説明もしない。

窓口を政府にする。それだけだ。


詩織が、僕を見ていた。

さっきの焦りの目じゃない。“どうして動じないんですか”の目。


「……すごい……」


「慣れだよ」


口に出してから、少しだけ昔の記憶がよぎる。


米国の大手IT企業。

突然、規約違反だと言われて、サービスにAPIを使うなと通知が来た日があった。

あれに比べれば――実害がない分、まだマシだ。


……そう思えてしまう自分が、少しだけ寂しい。

乗り越えるほど、焦ることは減る。けれど、ワクワクまで一緒に薄くなっていく。


出社。

会社は、今日も普通に回っていた。

僕も普通に回した。退職が決まってても、仕事は仕事として終わらせる。


10時、新大阪の客先訪問。

戻って引き継ぎ。昼は社内のコンビニ飯。


そして、13時過ぎ会社を出て淀屋橋へ向かった。


13時50分。

施設前で詩織と合流した。


「宿題、覚えてる?」


説教じゃなく、業務連絡の言い方で言う。


「隣で聞いて、僕の答えと自分の答えの差を認識。正解探しじゃなくて、“差の理由”を考える」


詩織は、整った返事を返した。


「はい。覚えています」


影からコユキが刺す。


『“考える”。今日はそれ。強くなる為には大事』


「……はい」


詩織が小さく頷く。

まだ固い。けれど、逃げてはいない。


耳の奥に、ディアの声だけ落ちた。


『表情、固いわね。詩織。大丈夫、死なないわ』


(慰め方が雑……)


13時55分。

政府施設の受付を抜けて、会議室へ通される。

扉の向こうには、九条さんと柊さん。すでに座っている――はずだった。


入った瞬間、二人の目が詩織に止まる。

柊さんが一拍遅れて瞬きをして、九条さんは眉だけを動かした。


「……連れてきたんだな」


ぼそっと、九条さん。


「はい」


短く返すと、九条さんはそれ以上追及しない。


詩織が、そこで呼吸を整えて挨拶する。

速水えりなの声に切り替わる。その切り替え方が、やっぱり上手い。


「九条さん、ご無沙汰しております」


九条さんが、短く頷く。


「……久しぶりだな」


柊さんは、丁寧に頭を下げた。


「先日は電話で少し。柊です。よろしくお願いします」


詩織も丁寧に返す。


「速水えりなです。よろしくお願いいたします」


整ってる。

整ってるのに、肩だけは固い。身体は正直だ。


僕は先に切り出した。


「このまま、彼女を同席させてもいいですか」


九条さんの目が細くなる。


「……何かあった時、お前が責任取るならな」


詩織が、反射で動きかける。


「……すみません。私、出ま――」


止める。


「いいです。出なくて」


詩織が固まる。

“迷惑を避ける”方向へ身体が動いてしまう癖。見えてしまう。


僕は九条さんを見る。


「……八代さんに、私が言った言葉の意趣返しですね」


九条さんが、口の端だけで笑う。


「そういうことだ」


僕は即答した。


「はい。何かあったら、私が責任を取ります」


詩織の瞳が揺れた。

“責任を取る”を、言葉じゃなく重さとして受け取った顔だった。

まだ、そこに慣れていないのだと思う。


九条さんが、軽く言う。


「お前ならそう言う。責任の取り方を知ってるから、そこに抵抗がない」


「仕事がそういう仕事なので」


言い切ると、詩織は小さく息を飲んだ。

凍る、まではいかない。でも、“世界が違う”を肌で理解した顔。


九条さんが、机の上の資料を整えた。


「じゃあまず。速水えりなの件。話せる範囲で教えてくれ」


僕は簡潔に、経緯だけを置いた。

SOSが来たこと。会って話したこと。引退の発表が出たこと。今は“匿っている”こと。


柊さんのペンが動く。迷いがない。


九条さんが、短くまとめる。


「……要するに、お前が助けて、受け皿になった。そういう理解でいいな」


「はい」


柊さんが顔を上げ、詩織の方を向いた。


「今後、どうする予定ですか」


詩織が固まる。

“正解を言わなきゃいけない”という癖が、顔に出る。言葉が喉の手前で詰まる。


僕は、席を守るための言葉を置く。


「速水さん。思うことを、そのまま言ってください。何かあっても、何とかなるものなので大丈夫です」


詩織が、ゆっくり頷いた。

その頷きはまだ小さい。でも、逃げてない。


「……しばらくは、時任さんのところでお世話になろうと思っています。そして、精神的にも、帰還者としても……強くなりたいと考えています」


九条さんが眉を上げる。


「時任を、師匠にでもしたのか」


僕は少しだけ笑って返した。


「速水さんが弟子ですか。……あながち間違ってないです」


柊さんが小さく瞬く。


「時任さんの……弟子……」


詩織の肩がまた少し硬くなる。

“どう見られるか”が先に来る視座と、“責任を被る”で席を作る視座。

今日の宿題は、もう始まっている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ