表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第八章:割れる言葉、繋ぐ言葉

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

130/153

127話『三つのお願いと、ほどける距離』

さらに別のモンスター。

雪面を“滑る”んじゃなく、“走る”ように移動する中型の鬼――雪走鬼(スノー・レイス)というらしい。

足場を崩してくるのが嫌らしい。


一度バランスを崩した瞬間、ミニディアが叫ぶ。


「右!岩陰!」


体が勝手に動く。岩陰に滑り込む。

そこから逆に、相手の突進を利用して仕留める。


仕留める瞬間、コユキが影から出てきた。そして、捕食。

でも、すぐに影の中へ戻った。


仕留めたあと、足元の感覚が変わった。

雪の沈み、滑り――それが“補正”される。


踏雪歩法(スノートレッド)、雪・氷上での移動ペナルティ軽減』


コユキが影の中から説明する。


(……これは当たりだな)


時間は流れて、気づけば19時半過ぎ。

52階、クリア。


生きて帰る。

それが、この階での一番の成果だと、息を吐いて認めた。


新大阪ゲートから戻って、駅の空気を吸った瞬間に思った。

――寒さが、まだ骨に残ってる。


家に着いたのは、21時の少し前。

鍵を回して玄関を開けても、いつもの「おかえりなさい」がない。


「……珍しいな」


独り言にしかならない声が、廊下に落ちる。


靴を揃えてリビングの灯りを確認した、そのタイミングで――

ブレスレットからミニディアが出てくる。


「おかえり」


「ただいま。……早見さんは?」


「いるわよ。いま94階。訓練を終えたところ。声かけたから、もう少しで戻る」


安心と同時に、いつもと違うことへの、少しの寂しさも混ざる。


「了解。……先にシャワー行く。雪山、体の芯まで冷えた」


「うん。早く温めて。――その間に、こっちは夕食の準備しておく」


ミニディアはふわりと浮いたまま、すとん、と本体サイズに戻る。

そのままキッチンへ向かって、袖をまくった。


「温いの、作っておくから」


——シャワーを浴びて、ようやく身体の温度が戻る。

髪を拭きながらリビングへ出ると、匂いが先に来た。

出汁と、焼き目と、甘い香りが少し。


テーブルには、もう夕食が並んでいる。

ディアの仕事が早い。スーラも、きっとどこかで手伝ったのだろう。


2階から足音がして、少し遅れて早見さんが降りてきた。


「……遅くなりました」


その声に、返事が二つ重なる。


「おかえり」

「……おかえりなさい」


声が重なった。


被った、と思った瞬間。

早見さんが一拍だけ固まって、視線を落とす。

耳まで赤くなるほどじゃない。……でも、分かるくらいには照れていた。


僕は咳払いで空気を整えて、皿の方へ視線を逃がした。


影の端が動いて、コユキがひょいと出てくる。


「ボクも食べる。秀人、雪山の顔してる」


「……雪山の顔ってなんだよ」


「疲れてる顔」


「それは、正しい……」


スーラがテーブルの端でぷるん、と揺れて、なぜか同意しているみたいに見えた。


食べる。

温かいものが腹に落ちて、ようやく今日が終わる気がする。


食後、ユキ丸が帽子を外した。

淡いホログラムが立ち上がり、今日の“まとめ”が几帳面に並ぶ。


世界のゲート関連の動き。国内の声明。SNSの動き。

僕はそれをざっと目で追って、指先でスクロール――は、しない。

ユキ丸が勝手にページを送る。もうそれが普通になってきているのが怖い。


「……助かる」


ユキ丸のほっぺの薄ピンクが、少しだけ明るくなる。


その時、早見さんが小さく息を吸った。

テーブルの上で両手を揃えて、まっすぐ僕を見る。


「……三つ、お願いがあります」


改まった言い方に、僕の手が一瞬だけ止まった。


(お願い?なんだろう)


顔を上げると、早見さんは逃げずにこちらを見ている。


「……うん。聞くよ」


早見さんが、小さく息を吸って、一つ目を口にした。


「居候で……申し訳ないので。家賃、払わせてください」


「いや、それは——」


反射で断りかけて、止めた。

逆の立場なら分かる。タダで住まわせてもらって、食事まで出される生活は――居心地が悪い。

しかも、“タダより怖いものはない”とも言う。払うことで、自分の居場所を“借り物じゃない”形にしたいんだろうな、と思った。


「……いくら、考えてます?」


早見さんは一拍迷ってから、現実的な数字を出した。


「10万円……は、どうでしょう」


僕は一拍置いて、先に確認だけ入れた。


「……大丈夫ですか。お金」


早見さんは、すぐ頷く。


「はい。しばらく暮らしていける分の貯金はあります」


僕は少しだけ考えて、頷く。


「分かりました。6月から10万で。家賃だけでなく食費も込みでね」


早見さんの肩が、ほんの少し落ちた。


二つ目。


「明日の……政府施設。同行させてください」


言い終えてから、早見さんは一拍置いて、理由も添えた。


「担当が違うのは分かっています。でも……帰還者管理庁に、一度顔を出しておきたいんです。逃げてるみたいに見えるのが、嫌で」


ただの外出じゃない。僕が政府とやり合う場所だ。内密な話も多い。


……でも。

94階で一緒に訓練してる時点で、今さらな気もする。


問題は別だ。

早見さんは、言われたことを正確にこなしてきた人に見える。“正解”を探す癖がある。

僕は逆に、決めて、動かして、責任を背負う側として生きてきた。


視座が、根本から違う。

だからこそ、言葉の圧で固まる可能性はある。


それでも――これからも一緒にいる可能性が高いのなら早い方がいい。


「……分かりました。来てください」


早見さんが目を見開く。


「いいんですか」


「いいです。ただし、宿題」


「……宿題?」


「隣で聞いて、“自分ならどう答えるか”を考えて。僕の答えと違ったら、何が違うかも後で話してください。正解は要りません。……考える癖の方が大事だから」


会社で部下を連れて行って、横で学ばせるのと同じだ。

結局、伸びる人は聞いて理解し、“見て盗める人”だ。


早見さんは、ゆっくり頷いた。


「……やります」


三つ目だけ、言葉が一瞬引っかかったみたいに遅れた。


「もう一つ……お願いです」


早見さんが目を逸らす。指先が、膝の上で小さく握られてほどけた。

視線は逸らしたのに、声は崩れない。――“崩したくない”が混じっている。


「早見さん、じゃなくて……詩織、って呼んでほしいです」


呼び方は、境界線を変える。

だからこそ、その一歩は軽くない。


僕は一拍置いて、息だけ整えてから言った。


「……詩織さん」


言った瞬間、詩織さんが小さく瞬いた。

それから、ほんの少しだけ口元が揺れる。笑いそうで、笑わない。


「……ありがとうございます。でも……“さん”は、まだ遠いです」


“遠い”って言葉が、胸に落ちる。

僕は軽く咳払いして、視線を外してから――ちゃんと戻した。


「……じゃあ。詩織」


詩織が息を吸って、小さく頷く。


「……はい」


間が一秒、余る。

その沈黙だけが、妙に熱を持った。


詩織が続けて、恐る恐る言った。


「……あの。時任さん、じゃなくて……秀人さんって呼んでもいいですか」


僕は答える前に、危うくディアのほうを見そうになって――やめた。


「……好きに呼んでいいよ」


詩織が、また小さく息を吐く。

それが、肩の力が抜けた音に聞こえた。


「……秀人さん」


その瞬間、空気がほんの少し甘くなる。

コユキがすぐ刺す。


「……今、空気が甘い」


「うるさいわね」


ディアが言って、でもその声は荒れていない。

ただ、何も言わずに僕を見ていた。

責めるでもなく、譲るでもなく――その中間で、ちゃんと揺れている目だった。


寝る支度をして、ベッドに沈む。


灯りを落とした、その時。


今日も、ブレスレットが熱を持って、ミニディアがするりと現れた。

そして――昨日と同じみたいに、何も言わず本体に戻って、背中へぴたり。


「……こうさせて」


声は軽く装ってる。けど、触れた瞬間に分かる。

言葉にできないまま抱えてるものが、まだ胸の奥に渦のまま残ってる。


僕は前日と同じように――言葉を探すのをやめた。

向き直って、腕の中に収める。力じゃなく、逃げ道を塞がない程度の“確かさ”で。


ディアの肩が、わずかにほどける。

その反応だけで十分だった。


詩織との距離感も、明日のことも、考えないといけないことが頭の中でいくらでも続く。

でも今は、忘れることにする。


この時間だけは、ディアだけ。

そう決めて、目を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ