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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第八章:割れる言葉、繋ぐ言葉

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125話『撮影と攻略、そのあとに残る温度』

移動中、僕の意識は半分、カバンに残る。

歩く揺れひとつで、心臓が反応するのが我ながら面倒だ。


『……揺れ、大丈夫?』


『すごい揺れです。でも、大丈夫です。これも訓練になります』


……強いな、この人。


(訓練って便利な言葉だな)


僕は小さく息を吐いて、駅へ向かった。


担当の小型ゲートに着く。

警備の人に会釈して、手続きの導線を抜けた。


ゲートの前。

カバンの中から、念話が小さく落ちる。


『……ここ、入るんですね』


ファスナーの隙間から覗いているようだ。


『入る。すぐ戻すから、今はそのまま』


『はい』


小型ゲートをくぐった瞬間、空気が変わる。

湿り気のある風。小川の音。光が柔らかい。

“絵になる階層”だ、と一瞬で分かる。


影の端が揺れて、コユキがすっと出てきた。

ブレスレットから、ミニディアも現れる。


「よし。まず――出す」


僕はカバンを開けて、そっと手を差し入れた。


……軽い。


(何回言うんだって話だけど……やっぱり倫理観がざわつく)


手のひらの上で、小さな早見さんが瞬きしている。

“フィギュアみたいなサイズ”なのに、ちゃんと生きてる。


コユキが横でぼそっと言う。


「慣れるまで、変な顔しそう」


「しない」


「してる」


ディアが一度だけ息を吐いて、指先を早見さんへ向けた。


「戻すわよ。……はい、力抜いて」


光が薄く回って――早見さんが元の大きさに戻る。


「大丈夫そうね」


「はい。……凄い経験でした」


言いながら、早見さんがこちらを見る。

目が合って、僕が先に逸らした。


(落ち着け。今日は“撮影”だ)


少し離れて、着替えを済ませる。

無地の黒い服に、黒いズボン。黒猫の仮面。

“誰だか分からない”を徹底する。


戻ってきた瞬間――空気が一拍だけ変わった。


コユキが、目を細める。


「……出た。仕事モード」


「言い方」


「だって、別人だもん」


そして、早見さん。


視線が、仮面に吸い寄せられて――次に、僕の手元に落ちた。

怖がる、じゃない。確かめるみたいな目。


「……その姿、やっぱり……」


言いかけて、早見さんは飲み込む。

でも、飲み込んだあとに残る息が、少しだけ熱い。


僕は、そこを拾わない。

代わりに、確認だけ投げる。


「詩織さん、今のクリア階って何階です?」


「10階です。二つ目のスキルを取ってから……止めてました」


「了解。ここは17階。モンスターも一段違う。無理はしないで」


ディアがふわりと詩織さんの横へ寄る。


「この3日でレベルも上がってるし、私がずっと見てる。安心して」


「……はい」


「よし。まずは撮影だ」


小川の近く。

水面が光って、緑が映える。確かに“絵”がいい。


コユキが、急に監督の顔になった。


「ここ、抜けがいい。もう半歩右」


「はいはい……」


「ポーズ、雑。視聴者は“強さ”だけじゃなく“余裕”も好き」


「急に要求多いな」


「監督だから」


「誰が認めた」


「ボク」


……認める権限、猫が持ってるのおかしいだろ。


ミニディアは空中でスマホを構える。

滑るように位置を変えるのが、やたらプロい。


「スタッフは映らない。秀人と背景。あと余計なものは映さない」


「了解」


素材は短く、無駄なく。

“長編”じゃなく“証拠”を作る。


奥の方で、モンスターが五体出た。

数を見せたいんじゃない。手数を見せる。


黒想鋳具アーマメント・フォージ

黒い棒が、手の中に馴染む。


「……行く」


空間斬糸(スペース・スレッド)

線が走って、一体目の足元が崩れた。


二体目、三体目。

派手じゃない。短い。終わる。


残りも、棒で落とす。

余計な動きはしない。


コユキが即座に言った。


「はい、カット。今の、いい。次、休憩っぽいのも撮る」


「休憩っぽいの?」


「飲む。座る。余裕。――強者感はそこで出る」


早見さんがくすっと笑った。


「……映画の撮影みたいですね」


「だろ」


言いながら、ちょっとだけ楽しいのが悔しい。


素材確認のあと、コユキが言った。


「17階だけで一本作れる。素材、十分」


「なら――せっかくだし」


僕は仮面のまま、早見さんに言った。


「18階。早見さんがクリアしてみよう。サポートはする」


詩織さんが一瞬、目を見開く。

でも、逃げない。


「……はい」


短い返事。

怖いのを自覚して、それでも選ぶ。


18階。

空気が少しだけ重い。音が減って、距離が近く感じる。


早見さんは、まず呼吸を整える。


「怖い、って思ったら……距離をおいて状況説明に変換します」


(いいやり方だ)


ルミエルの薄い光が肩に溶ける。

護光域ガーディアン・ヘイローが、干渉を“薄める”。


早見さんは“守り”を逃げに使わない。

盾を前に置いて、一歩踏み込む。


怖さで固まりかける瞬間が何度かあった。

でも、そのたびに口に出して、状況を整理していく。


「距離、近い。視線、逸らしたい。……でも、足は止めない」


僕は“助けたい”を飲み込んで、声だけで支える。


「いい。今のまま。焦らない。呼吸を戻してから次」


結果。

18階クリア。


戻ってきた早見さんの目が、少しだけ変わっていた。

守られる目じゃない。選んだ目だ。


帰り道。もう一度だけ縮小。


縮小化身(ミニチュアライズ)


バッグの中で、小さな早見さんがいる。


『……揺れ、平気です』


『無理はするな』


『無理じゃなくて……慣れます』


その返しが、ちょっとだけ可笑しくて。

だけど可笑しいだけじゃなくて、ちゃんと前に進んでるのが分かる。


家に着いて、分業。


コユキとユキ丸は編集。ユキ丸は帽子を外すたびにホログラムでタイムラインを組む。

ディアとスーラと早見さんはキッチン。


湯気の向こうで、笑い声が一瞬だけ聞こえた。

早見さんの声が混ざっていた気がして、胸の奥が少しだけ軽くなる。


(……よかった)


そして、僕はシャワー。

終えてリビングに戻ると、早見さんが少し迷ってから言った。


「……シャワー、お借りしてもいいですか」


一瞬だけ空気が止まる。


「もちろん。どうぞ」


それだけで済む話のはずなのに、生活の距離が近いってだけで、勝手に心拍が上がる。

……疲れてるせいだ、と自分に言い聞かせる。


食後。

ユキ丸が帽子を外すと、いつもの淡いホログラムが立ち上がって、そこに【投稿完了】の文字が浮いた。


「……上げた。今日はここまで」


僕が言うと、コユキが短く頷く。


「次。世界情報、拾う?」


「頼む。帰還者とゲート関連をまとめて欲しい。明後日、金曜の14時に淀屋橋だ。行く前に一通り目を通したい」


「了解。ユキ丸、働く」


ユキ丸のほっぺの薄ピンクが、ちょっとだけ明るくなった。返事みたいに。


――で、夜。


寝ようとしてベッドに入った瞬間、ブレスレットが小さく熱を持つ。

ミニサイズのディアがすり抜けるように出てきて、次の瞬間には本体サイズに戻っていた。


何も言わず、背中にぴたり。

抱きしめる強さじゃないのに、離れない温度だけが伝わってくる。


「……こうさせて」


声が軽いふりをしているのが、逆に分かった。

嫉妬とか、不安とか、罪悪感とか。混ざって、うまく言葉にできないやつ。


僕は何も言わずに向き直って、腕の中へ引き寄せた。

言葉で言うより、“ここにいる”を渡す。


腕の中で、ディアが小さく息を呑む。

次の瞬間、ゆっくり落ち着いていく。


今日は、それで十分だった。


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