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晩年こそ本番。42歳会社員、喋る猫と現代ダンジョン攻略──ここからが本番だ  作者: 七乃白 志優
第八章:割れる言葉、繋ぐ言葉

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124話『小さな同行者と、午後のゲート』

会社を出て、電車に揺られて、家に戻る。

玄関を開けると、家の匂いがした。

それだけで、会社のスイッチが落ちる。


「おかえりなさい」


早見さんの声。


「ただいま」


今日は、あえて聞かない。

“94階じゃないの?”とか、そういうのは。今は“生活”の返事でいい気がする。


リビングに入って、足が止まった。

段ボールが二つ。見慣れないサイズ。見慣れない存在感。


「……これ、なに?」


誰にともなく落とした言葉に、影がすっと動いた。


「首輪」


コユキが、ひょいと影から出てくる。


「スキルを封じるやつ。4サイズ、10個ずつ」


「……いつ準備したの?」


コユキは悪びれず、当然みたいに言う。


「出社中。94階でディアとレグリスが作って、材料運んだり完成品を持ってきたりは詩織。箱詰めはユキ丸も手伝った」


「……待て。コユキ、お前、影の中で一緒に出社してたよな」


「うん」


コユキはさらっと頷く。


「外出中も、レグリスとユキ丸と連携ばっちり」


“ばっちり”で片付けるな。

……でも、もう驚ききれない自分がいるのも悔しい。


コユキが追撃するみたいに尻尾を揺らした。


「あとで、運送会社の人が取りに来る」


「……そこまで段取り済み?」


「済み」


即答。怖い。

さらに、コユキが何でもない顔で言った。


「それと。秀人、金曜の午後、空いてるよね」


「……空いてるけど」


「14時。淀屋橋の政府施設」


「行くのはいいけど、なんでそうなった。僕、その話は何も聞いてないんだけど」


コユキが、ちょっとだけ“してやったり”の顔をする。


「ユキ丸がね。首輪の納品にあたって、秀人のフリして柊とメールしてた。そこで金曜訪問が決まった」


「……えっ?」


声が、素で出た。


ユキ丸は帽子の縁をちょこんと持ち上げて、ホログラムを浮かべる。

そこには、件名と日時だけが綺麗に整理された“予定”が表示されていた。


――優秀なAIというより、秘書だ。しかも勝手に予定を確定させるタイプの。


「ユキ丸えらい!」


コユキが手放しで褒める。


「褒めてる場合じゃないだろ……!」


ツッコむのも、ちょっと疲れた。

でも、変な話――会社でやってることと、構造は同じだ。


実務は現場が回して、調整は別の誰かが押さえて、僕は“知らないうちに”責任の位置に立つ。

違うのは、ここには稟議も承認印もないってだけ。


(……何だかな。ほんとに)


そう思っているうちに、インターフォンが鳴った。

運送会社だ。


段ボールを2つ、伝票と照らして受け渡す。

受領のサインをして、ドアが閉まる。


静かになったリビングで、僕は一度だけ息を吐いた。


「今日はこのあと、小型ゲートに行く。撮影も兼ねて」


僕が言うと、コユキが耳をぴくっと動かす。


「撮影?」


早見さんが、少しだけ身を乗り出した。


「……私も、行きたいです」


言い方は控えめ。でも、目が逃げてない。

“頼るだけ”じゃなく、自分から一歩出ようとしている感じがある。


「最初から誘うつもりだった」


それを言うと、早見さんの口元がほんの少しだけほどけた。

“素”に近い笑顔。短いのに、刺さる。


――刺さるな。棚に上げろ。今は段取り。


問題は、どうやって早見さんを一緒に連れて入るかだ。

担当の小型ゲートで、僕が誰かと二人で入るところは、できれば見られたくない。


「ディア、相談なんだけど」


僕がブレスレットに指を当てると、ふわり、とミニチュアのディアが出てきた。

出てきた時点で、だいたい察してる顔だ。


「なに?」


「影の中ってさ……人が入っても、大丈夫?」


ディアの目が細くなる。


「……影の中は、暗い。孤独が濃い。人には長時間おすすめしないわ」


胸の奥に、これまでの早見さんの“息の浅さ”が引っかかる。

たしかに、今の彼女に“暗箱”はきつい。


「認識阻害で押し切るのが無難かな……」


「小型ゲートまで、三十分くらいだったわよね」


「だいたいそれくらい」


「それなら、影や認識阻害よりも——もっと綺麗にやれる」


ディアの口元が、ほんの少しだけ上がる。嫌な予感がするやつだ。


「……何か方法あるの?」


「詩織を、私と同じくらい小さくして。カバンに入れて持っていく」


一拍、頭が止まった。


「そんなことできるのかよ」


「できるようになったわ」


「いつの間に」


「一昨日、レグリスの変形原理を聞いたの。昨日、他の生物にも応用できるスキルにしたわ」


「……あの時、質量保存の法則がどこ行ったのか真顔で考えたんだけど」


ディアが呆れた目で僕を見る。


「スキルとモンスターに、こっちの世界の法則を当てはめようとするのが間違い」


「……ですよね」


「ただし、最大で4時間。時間が来れば元に戻るし、さすがにそれは隠しきれないわ。更に小さくなっている間は私の魔力がずっと消費し続けられる。だから時間は守る」


4時間。制約。逆に言えば、ゲート入口をすり抜ける用途には十分だ。


ディアは視線をリビングの方へ投げた。


「で、詩織。どうする。やる?」


早見さんは迷わなかった。小さく頷く動きが、今はちゃんと“自分の意思”だ。


「はい。一緒にゲートに行けるなら……ぜひ」


「よし。準備ができて、家を出る直前にかけるわ」


(……いや待て。体が小さくなるんだぞ?もうちょい迷おう?普通、そこで一回”えっ”ってなるだろ)


支度を整えて、玄関先。


靴紐を結び直す僕の横で、ディアがふわりと浮く。早見さんは背筋を伸ばしたまま、静かに息を吸った。


「詩織、いくわよ」


「はい」


ディアが指先を軽く掲げる。魔力が、薄い膜みたいに空気を撫でた。


縮小化身(ミニチュアライズ)


——一瞬。


詩織さんの輪郭が、ふっと“引き算”される。立っていた場所に、別のサイズの世界ができたみたいに。


ミニディアがだいたい25センチくらいだったはずだから――ワンサイズ小さい。

子どもの手の上で遊ぶ、あの着せ替え人形の服がそのまま着られそうなサイズ。


……元アイドルが、フィギュアみたいな大きさで、ちゃんと瞬きしてる。

背徳感と倫理観がまとめて殴ってきて、脳が処理落ちしかけた。


(やばい……背徳感が……)


早見さんが何か言っている。

口は動いてるのに、声が届かない。


コユキが横で、冷静に言った。


「声、小さすぎて聞こえないね」


「だよな……」


ディアが少しだけ眉を寄せる。


「不便ね。繋ぐわ」


指先で魔力を弾くみたいにして、ディアが回線を引く。

本当に、ディアは何でもありだな……と改めて思う。


『……声、聞こえますか』


頭の中に、詩織さんの声が落ちてきた。


『聞こえた。大丈夫?』


『よかったです……周りが、すごく大きくて。少し怖い世界ですね』


一瞬、20メートル級のレグリスが並ぶ光景が頭をよぎって、背筋がぞわっとする。


「……確かに、それは怖いな」


ディアが現実に戻すみたいに言う。


「時間もないし行きましょ。レベルも上がってる。多少の揺れでどうこうなる子じゃないわ」


「多少って言い方が怖いんだよ」


言いながらも、僕は手を差し出す。

早見さんを、恐る恐る掌に乗せる。


軽い。軽すぎる。

軽いのに、潰れそうで責任だけが重い。


そして……倫理観が一瞬でざわつく。


(……これは、だいぶ倫理観が試されるな)


僕はカバンの中を整えて、早見さんを“安全な位置”に収める。

入れる時、ふとカバンの中の匂いが気になったけど――今さらどうにもできない。


『……ごめん。ちょっと揺れる』


『大丈夫です。訓練だと思えば』


ポジティブが過ぎて、逆に怖い。


カバンの中で安定した気配。

僕は肩紐を掛け直して、玄関の鍵を閉めた。


「よし。行くぞ」


コユキが影に溶けながら、ぼそっと言った。


「そのバッグ、今日一日いちばん大事に扱って」


「……言われなくても分かってる」


そう返して、僕は肩紐の位置をもう一度だけ確かめた。


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