歩く道は人に非ず
心を休める暇など与えないかのようにすでに攻撃は第二射の準備が成されている。
急いでサイドゥンを起こしながら車を出ると車道の真ん中に一人の男が立っていた。まるで最初から僕達がここを通ることを知っていたかのようで「また会ったね」と言いながらゆっくりとその足をこちらへと近づける。しかし皆まで話さずとも状況を理解したサイドゥンは近づく彼に対して一発の小さな魔弾を照射する。それは地面に当たってはじけると小さな焦げ跡を彼の前に作り出す。
「申し訳ないが、私の体は君に対して拒絶反応を示している。少々早い幕引きだがお引き取り願おうかな。残念ながらここはマジックショーの舞台では無いのでね」
だが彼はそんなことを言われようとも一切引く気はないらしい。その証拠として彼女が示した線を目前にしても歩みを止めようとはしない。ゆっくりと歩く中で男は彼女に理由を尋ねた。
「それは少々残念だな。しかし、どうしてこの場がマジックショーの舞台だなんて面白いたとえをしたのかな」
ここまで来ると本当に道化だな、と彼女は小さく呟く。次の瞬間には彼女はほとんど大破したように見えるウルラの遺体が載っている車に向かい杖でコンコンとゆっくりと叩く。すると彼女は迷い泣く自らの杖を明後日の方向へと向けたかと思うとあの強烈な魔弾を炸裂させた。
視界が歪んだかと思うとだんだんとぼやけたものがはっきりしてくる。周りを見ると車は何故か元通りになっていて、中では意識を失ったのか苦悶の表情のまま運転席に倒れているウルラの姿もあった。
「ウルラ!」
僕は急いで彼女の容態を確認しに行く。この様子なら大丈夫。やっぱり気を失っているだけみたいだ。
念のためにさっきいた魔術協会に連絡をして応援を呼ぶ。とりあえず彼女を後部座席に寝かせておいて僕もサイドゥンの加勢に向かった。すでに戦闘は始まろうとしていて男が魔術をサイドゥンに向けて放とうとしているにも関わらず当の彼女は魔術を起動するわけでもなければ何かの予備動作を行っているわけでもない。ただ立ち尽くして彼の攻撃を待っているかのようにすら見える。そんな彼女を見て僕は思わず声をかける。
「何してるのサイドゥン」
「まぁ見ていてくれ。きっと必ず動きが止まるから」
そう言うと彼女は男に向かって自信満々に呼びかけた。その宣言通り、サイドゥンの言葉を聞いた途端に男の動きが止まる。そして突然溢れるほどの笑い声をあげたかと思うと彼女の顔を見て奇妙な事を言い始めた。
「魔術協会の脳筋というのは君のことかな?実はあの魔術もイギリスで出会った老人に喰らってね。もしかしたらと思って聞いてみたんだ。これって実は君が得意とする魔術なんじゃないか?」
さっき使った魔術を見たことに加えてあの老獪の放った言葉。それを合わせて考えれば彼女が男の言った天才なのだろう。だがその言葉を聞いたサイドゥンは怒りを露わにしながら杖を男に向け始める。
「言っておくが、私は断じて脳筋などではない。そこを履き違えるなら容赦はしないぞ」
そう言って忠告をしたにすぎないのにも関わらず彼女はそのまま男に向かって魔弾を放った。男は彼女の逆鱗に触れたことをやっと理解して攻撃を躱す。さっきまで男のいた場所は塵屑となって何も残らない。
「おっと怖い怖い。彼の話しっぷりからして貶してないと思うけどね」
二射目。さきほどよりも精密性が上がって速度も上がっている。しかしその攻撃は彼には届かない。
「しつこいぞ。私が嫌だと言っているんだ。それ以上もそれ以下も無い」
普段の温厚な彼女からは到底感じることのできない攻撃的な面。サイドゥンの気持ちを逆撫ではしているが、徐々に追い詰められているのは男の方。一体どんな手を用意しているのだろうか。ここまで速度のある遠距離戦には僕じゃ参加することができない。できるのはせいぜいあの男をサイドゥンの周りに近寄らせないくらいだろう。
男はどうにもここを通すつもりが無いのかいくらサイドゥンが攻撃を仕掛けてもそれを躱しているだけで攻撃らしき攻撃を仕掛けてこない。男は悠々とした態度でいるが、これだけ時間が経ったんだ。ウルラの怪我を見てもらうために援軍が来る。状況は刻一刻と悪くなっているにもか関わらず男の態度は変わらない。
「一体何がしたいのかな。このままだといずれ力押しされるだけだと思うけどね」
「ならそうすればいいじゃないか。それができていないから君たちはこうして私の前に立っている」
ウルラが安全な場所に連れていかれたということもあってより男に集中できるようになった。こうなれば彼の言う通りさっさと突破すればいい。
「それなら遠慮なくそうさせてもらうよ」
彼女は目を開けると魔弾を放つだけなのにわざわざ詠唱を始めた。
「白き眼に映る星。流る命は……やはり飽きた。魔弾、掃射」
いくつもの魔弾が男に向かって飛ぶ。それが躱されて一斉に地面にぶつかると炸裂し土煙が起こった。そのタイミングを見計らって僕は霧を発生させると同時にサイドゥンの体を抱えてそのままとにかく後方へと走る。そして近くの家屋の裏に入って彼が着いてきていないことを確認すると彼女の足をゆっくりと地面につける。
「ありがとう。あのままいれば頭に血が昇って取り返しのつかないことになっていたかもしれない。それにしても、やはり先祖返りの力は凄いね」
「気にしないでください。どっちにしても目的地に行けないのは困るので」
近くにはちょうど乗り捨てられた車がある。エンジンはかかったままであり、まるで乗ってくれと言っているかのよう。
「結局、乗ることになるのか……」
「やはり君はそういう運命だったんだね。きっと向かう先にはあの男が必ずいるはずだが十中八九あの魔術を使ってくるはず。そうなればさっきのウルラという少女と同じ状態になるかもしれないがそこは私の秘策で切り抜けよう」
僕はとりあえずウルラの見よう見まねで運転してみる。自分の足の力加減で車が動く感覚は慣れるものなんかではないがなんとか行けそう。
「さすがに早いな」
そう彼女が言うように、わざわざ遠回りをしたというのに男は道路の真ん中で僕たちを待ち構えている。そしてこれもまた以前と同じように魔術をこちらに向かって放とうとしている。
「気にするな。行くぞ!」
僕は踏み込める最大限のアクセルを踏んで男に向かって突進する。そう、これは全く悪くない。車道に立っている男が悪いのだ。




