正義に過ち無し
「……これは酷い」
男目がけて車に乗って突っ込んでくる二人を見て思わず彼は笑いが漏れてしまった。今更さっきと同じことをしても意味は無いか。設置していたビーコンで使える魔術はせいぜいあと一、二回。この辺りにはないことは確認済みなことも考えればそろそろ潮時か。であれば、
「また会おう」
ピンを抜いた手榴弾を投げるとルッチは突然後ろを向いた。
何か分からない家接たちはお構いなしに彼に接近するが、そこで手榴弾は時限を迎えて爆発する。
視界が突如真っ白になり何も見えなくなったがそれでも運転する手は動かさない。直線距離に彼がいることは分かっていたので視界が元に戻るまでアクセルからは手を離さなかった。
「サイドゥン、どうなってる?全然何も見えなくて」
「端的に言えば逃げられたね。さっきの投げたものの中身はどうやら閃光弾みたいだ」
ゆっくりと速度を落として車を止めて後ろを見る。確かにそこには彼の姿は無く、後を追わせないようにするために魔力の痕跡すら完全に消している。すでにサイドゥンの魔眼で見通せる範囲にも彼の魔力を感じることはできないみたいでここから離れることも計画に入れていたんだなと思う。
サイドゥンは彼が消えたら消えたで良いと思っているらしく助手席に座りながら再び出発するのを待っている。
「きっと私たちが来る場所に先回りしただけだろう。なんせ彼の目的は時間稼ぎだ。つまり、足を止めている時間などないということなんだよ。それに私たちの前に現れたということはこの先にこの大陸を隠している魔術の起点の一つがあるはずだ。だから運転、頼んだよ家接くん」
僕はさっそくアクセルを踏むとガタガタになった道を避けながら目的の場所へと進んでいく。しばらく進んでいくとサイドゥンが何かを見つけたようで、彼女が示した方向を見るとそこには大きな岩が鎮座していた。
「あそこに何かあるってこと?」
「私の眼がおかしくなっていなかったらね。でも魔力を持った人の反応は無いな。一応警戒しながら進もう」
近くで車を止めてその岩の周りを見渡す。一周しようとしたところで不自然に空けられたような隙間を見つけることができた。サイドゥンにそのことを知らせると、ちょうど彼女の見たという魔力はここから反応しているらしい。
「なら僕が先に入ってくる」
「いや、私も一緒に行くよ。君だけで罠に引っかかったとして私じゃ運転も連絡もままならない。生憎使い魔も今回の旅には連れてきていないからね」
そういうことならと僕は彼女をエスコートしながら中に入る。地面があまり良くないということもあって杖で歩くには危ない。慎重になって入った中だったがそこは思っていたよりも危険はなさそうだ。
入口すぐにあるのはチカチカとセンサーのように点滅を繰り返す謎の設置物。だがそこには魔力を感じない。そしてもう一つが魔法陣の中心に置かれたビーコン。起動しっぱなしということもあってか魔法陣は弱弱しい光を放っており、中心にはビーコンの他にも魔石が置かれている。きっとこれによって長時間人がいなくても魔術を起動できていたのだろう。
「これまた随分と丹精込めて魔力を注いだ魔石だね。こんなことに使われるなんて本当にもったいないくらいには上質な石だっただろうに」
なぜか物惜しそうに魔石を眺めるサイドゥン。今日はそんなことをしに来たんじゃないんだ。すぐに僕はその魔石を魔法陣から取り上げる。さっきまで弱弱しく光っていた魔法陣は急激に色を失って洞窟内を照らしていた光がゆっくりと消える。僕はそれに取って代わるように形態のフラッシュをつけて照らした。洞窟内をよく見ると入り口には囲うようにして何かが刻まれている。突然その魔法陣が光り始めるとその魔法陣もろとも周囲を崩壊させていった。
「待って入り口が!」
僕が慌てた時にはもう手遅れで、ボロボロと入り口が連鎖的に崩れていきあっという間に僕たちは洞窟の中に閉じ込められてしまった。
「……どうした家接くん。急に黙り込んで。悪い知らせでもあるのかい?」
「大ありです。今この瞬間に唯一の洞窟の入り口が塞がれました」
「それは面白いな。こうも相手の時間稼ぎの手に引っかかっていてきっとあの男も驚いているはずだ」
「なにを呑気なことを言っているんですか。早くここから出る方法を考えましょう」
だがしばらく考えてみたがいい方法が思いつかない。 サイドゥンの魔弾で破壊しようものなら全部が崩れて本当に終わってしまう。かと言って僕にそんな火力を求めた魔術は無いし、入口を塞いでいる岩をどけるのも危険が伴う。
だがそんなことを言っている暇は無い。携帯で中を照らすことができる時間も限られている。もしこのまま電池が切れるまで何もしなければ外に出たとて乾燥地帯に何の装備も無い二人が取り残されるだけだ。彼女は今のところ何の動きもなく、座るのにちょうど良い岩の上に座って杖に手をかけている。
「うん、そろそろ何か手を打たないといけない時間だね。そうだ家接くん。君はどのくらいその先祖返りの力を操れるんだい?」
「急にどうしたんです。……数か月前に一度意識を乗っ取られたことがあって。そのせいかたぶん自分でも無意識のうちに力を制限している気がする。あの子、ロビンソンを見て感じた。きっと本来の風の精の力はこんなものじゃない」
言い過ぎかもしれないが、彼を見てからだとあの力は大気を掌握するくらいの力が本来あると言われても驚かないくらいのポテンシャルはきっと元から備わっている。きっと、こんな未熟な人間にその力が備わっているだけなんだ。
サイドゥンは僕の手を握った。ゆっくりと顔を上げる彼女は少しだけ笑っていて手を握り返すと優しい声で囁く。
「なら、とにかく全力で上昇気流を作り出して。人が飛んで行ってしまうくらいの全力で」
「でもどうs」
「あとは私に任せてよ」
口を塞いだ彼女の自信に満ちた言葉に何も言うことはできない。
とにかく全力で。その言葉に従って僕は先祖返りの力を解放して自分の出せる限界で風を生み出す。するとまるで吹き荒れる嵐のような突風が洞窟内を循環して立つのすら難しいほどに体に風が吹きつける。僕は何とか彼女を見るともう準備はできたようで魔弾は間髪入れずに射出される。元々まっすぐ上に飛ばすはずだったはずの魔弾はあまりにも強い風によって起動がずれる。しかしその程度は問題じゃない。魔弾によって抉り取られた場所には人が余裕をもって入れるほどの隙間が外に向かって伸びている。さきほどから空気の逃げ場を失っていた風はやっと正しく向かう場所を定めたように外に向かって風が吹きあれた。そのまま立つことすら難しくなって足は宙を踏んでいく。勢いに任せて飛ばされた二人は、岩の洞窟から追い出されて宙を舞う。
「うわぁ!」
「捕まってサイドゥン!」
楽しそうな彼女とは裏腹に僕は焦っていた飛ばされた衝撃で握っていたはずの手は彼女から離れていてこれだけの上空に飛ばされたとあってはきっとこのまま堕ちれば彼女は血まみれになって死んでしまう。
伸ばした手はなんとか彼女の手を取ろうとするがあと一歩のところで届かない。だが幸いなことに彼女が落ちているその真下にはさっきの洞窟から溢れんばかりの風が吹いていた。
「掴んで!」
やっとのことで彼女のことを掴むことができた僕はそのまま地面に落ちるがせっきと同じ要領で地面から風を吹かせる。とっさのことだったので多少の軽減にはならなかったが抱えていたサイドゥンには怪我は無かったようだったので良かった。
「ありがとう家接」
「僕の方が頑丈だからね。立てる?」
僕は彼女の手を握るとそのまま立ち上がらせる。飛んで行ってしまっていた杖を拾って彼女に渡し、近くに停まっていた車を確認しに行く。車に乗りながら確認すると電波が戻っていた。
「さて、これからどうしようか」
「いったん戻るのも手かな?」
「そうだね。だけど私の視界に、もうすでに見えている人影があるんだ。それもこっちに迫っている」
「それってつまり」
「ああ、あれは多分Ⅱだね」
逃避行をまた始めなければならないみたいだ。




