一から彼を育てましょう
「魔狩師になるということはそう難しいことはない」
なんていう雪広の言葉は嘘とまでは言わずとも、家接からすれば簡単ではないということは確かである。そもそも、前提として彼女が魔狩師としての資格を有したのは特例措置であり、一般の試験を通過して得たものではないのだ。
つまり、家接に先輩面をして語る彼女が一体何を知っているんだろうというのが内心こっそりと抱いていたカラ爺の感想であった。とはいえ決して彼女を馬鹿にしているわけではない。雪広は魔術師としてはとても優秀であり、その心構えを教えるために前に立つというのはとても正しいことだからだ。
「まぁ、まず家接くんは自分の力に気づくというところから始めないとお話にならないわね。自身の内側に流れてる魔力を感じない? それを感じれないと魔術なんて使えもしないわよ」
ただ、最初の数分を眺めていたカラ爺は雪広には人にものを教える才能は無いということがはっきりと分かった。なぜなら、彼女は自分ができることは他の人にもできるはずだと信じている節があるためときどき平気で無理難題を人に押し付けることがある。
それはなにも魔術に限った話ではなく料理の時にもおなじような事があった。目玉焼きくらいしか焼けないカラ爺の料理の腕を信じられないといった目で見たことで彼を料理恐怖症に陥らせたこともある。今となってはその言葉があったおかげで人並みに料理はできるようになっているが。
カラ爺もいつまでも見ているわけにはいかないのでしばらくして自分の部屋へと引き籠もるようにして姿を隠す。
「そもそも、僕にそんな力があるとは思えないよ。記憶に無い時のことは聞いたけど実感も湧かないし魔力なんて言われても分からない」
「いいえ、絶対に分かるはずよ。先祖返りのせいかもしれないけどあなたには常人よりも魔力の量が多いの、それこそ私なんかよりもね。これで魔術が使えないなんていうのは考えられない。もしそれでも魔術が使えないなんて言うんだったら、それはただ単に自分が魔術を使えるということにビビっているだけよ」
圧倒的感覚派の雪広にとってものを教えるということはおそらく最も不得意とする分野だ。だが、それでも彼女は自分が教える事を諦めてカラ爺に助けを求めるなんてことをするつもりはない。
そう思いながら小一時間ほど続いた雪広の指導だったが、特に成果を見出すこともなく時間だけが過ぎていく。ここで初めて雪広は観念すると、地下室に引き籠もっているカラ爺を叩き出した。
「ど、どうしたの急に」
今日も今日とてなにやら分からない札を作成しているカラ爺は、突然後ろから肩を叩かれたことで驚きながら振り返る。雪広が何かを言いたそうにしてこちらを見ているので作業を辞めて地下室から出た。話の内容は当然家接に関することであり、自分でも思った以上の成果を出せないことに雪広は思い悩んでいた。
「ああ、家接くんのことね」
地下室から出て一人縁側に取り残されている家接を見てカラ爺は彼の隣に座ると、彼を挟むようにして雪広も座り込む。
「それで、家接くんは雪広ちゃんに何を教わったのかな?」
「自分の力を感じるのが初歩だって言われました。でも、そんなの全然感じないんです。なんなら前回の先祖返りの時だって僕はその違和感を感じ取れなかったので」
「うーん。でもまぁ、雪広ちゃんの言っていることはなにも間違っているっていうわけじゃないんだよ。普通魔狩師になるような素質を持っている人間は基本的に一般の人よりも魔力の量が多く、そして同時にその魔力に敏感なものだ。そして、その違和感に気づき研鑽を積んで自分の能力を開花させた人が魔狩師になる」
カラ爺の説明はなんとなく分かる。つまりはプロと呼ばれているような人達と同じように魔狩師もまた、一つのセンスと努力が求められるものだということだ。
「…………ただ、君の場合は少々特殊だからね。元々何の素養もない身に先祖返りの力だけが備わっていた。才能だけは人一倍備わっているというのにそれを扱うセンスだけが全くないみたいな、そんな変な事になっている」
しかしこうなると普通の教え方ではどうにもならないかもしれない。本部になら教えられる人がいるかもしれないけど、どうしようか。さすがに行くしかないかなぁ、でも行きたくないしなぁ。
流石に自分の行きたくないという気持ちと家接くんの気持ちを天秤にかけるわけにはいかない。カラ爺はさっそく本部へと向かう準備を進めることを決める。
「勘違いしないでほしいのは、君には魔狩師になれる可能性が十二分以上にあるということ。魔狩師の中でも先祖返りの力を兼ね備えている人は存在するし、まだ諦めるには早い。だからちょっとだけ僕に着いてきてほしいな」
「はいっ、分かりました。もう少しだけ頑張ってみます」
頑張っている人のためならと、重い腰はすんなりと上がるしあんなにも行きたくないと思った魔狩師協会の本部を目の前にしても嫌な気持ちはすっと薄れていった。
「ここが魔狩師協会の本部ですか?」
「そう、魔狩師になるは絶対に避けて通ることのできない関所。それがここ。君にはまたいずれここには来てもらうことになるからね覚えておいて損はないかな」
雪広はあんな辛気臭いところなんかに行きたくないと、ふらふらと外に出て行ってしまったため二人でここまでくることになった。この本部は特殊な結界内に構築された虚構の空間。そのため専用の鍵を用いて空間を繋がないと外からは決してここに訪れることはできない。逆に言えば鍵があればドアのある場所という条件付きでどこからでも来訪することができる。二人は家の鍵穴に差して来たため、時間はかかっていない。
二人が本部に入るや否や、カラ爺は知り合いと顔を合わせた。
「あ、ユズ~。久しぶりじゃん。どしたの、協会嫌いは治った?」
「柚葉じゃないか。残念だけど、治ってないよ。少し用事があっただけだ」
カラ爺と親し気に話す女性は、とても彼と近しい年齢には見えない。こちらの存在に気が付いて顔を寄せてくるが、まるで年齢が分からないのと女性慣れしてないせいで緊張する。
「大丈夫?めちゃくちゃ固まってるけど」
「家接くん、この子は白井柚葉。君と同じ高校生だよ」
「違う違う。私もう大学生なんだから」
そう言って胸を張る彼女はすでに僕なんかよりも大人に見える。自信から現れる貫禄なのか、全く子供っぽく見えない。そんな彼女を見てカラ爺も過ぎ去った時間を思い馳せながら彼女の頭を撫でる。
「え、そうだったの?いやぁ、成長したね」
「ちょっと、頭撫でるな~! 今絶対バカにしたでしょ。私だってもうあいつには負けないし、もう子供なんかじゃないんだからっ!」
「雪広が聞いたらきっと鼻で笑ってうだろうね」
「うわっ、思い出しただけで腹立ってきた!」
二人の仲睦まじい会話を聞いているあたり、どうやら家接の推測は間違っていただけで、彼女はちゃんと見た目と年齢はあっているみたいだ。でも、なんでこんなにも睦まじく話をすることのできる人がいるのに協会嫌いなんて言われていたんだろうか。その答えも見つからないままカラ爺はここに来た目的の人物を探す。
「あ、そうだ。酒花くんはいる?」
「あぁ~。確かさっき見たような。たぶんそこらへんにいると思うよ。あいつに用でもあるの?」
「うん、ちょっと体質というかそこらへんで聞いてみたいことがあってね」
彼女は再び家接のほうを覗く。覗き込まれる相貌に圧倒されて動けないでいると、納得したように頷いた。今ので何が分かったんだろう。
「なるほどねそういうこと。それなら私は専門外だから手を引こうかな。それじゃ、あいつによろしく」
「分かったよ。またね」
そう言って手を振った彼女はまた荷物を抱えるとどこかに行ってしまった。その姿が見えなくなってから家接はカラ爺に彼女の事を聞く。
「さっき人とはどういう関係なんですか?」
「あの子は、雪広ちゃんと同じ魔術学校の出でね。成績の一、二を争っていた仲なんだ。それからもなんだかんだ競い合ってる、いわゆる腐れ縁ってやつかな」
「そうなんですね」
彼女にもそんな間柄の人がいるなんて、少し意外だったな。
「それは置いておいて、今日の予定は少し違うよ。さっき彼女にも言ったけど今日は酒くんに会いに来たんだ。彼が君と同じ先祖返りでありながら魔狩師っていう珍しい肩書きの持ち主だからね」
それを聞いて家接は嬉しさと同時に少しだけ不安になった。自分と同じ境遇の存在に出会えることはただただ嬉しいはずなのに、もしその人に会ってしまえば自分は失敗することすら許されなくなるんじゃないかという心配に駆られた。
彼を探すために歩き出したカラ爺に家接はすぐについていくことができず、立ち止まっているのに気づいたカラ爺が振り返る。
「どうしたんだい?」
「いや、なんでもないです」
すぐに追いついた家接の表情は晴れていない。何かあるなと感じたカラ爺はすぐに歩みを止めて家接の心配をした。
「もしかして、怖いのかい?」
「そんなことは…………」
「あるんだね。でも安心して、そこまで気負う必要なんて全く無いよ。魔術に生まれて一度も触れたことが無いんだ。時間がかかっても大丈夫。誰も君を責めたりなんかしないから」
そう言ってカラ爺は近くのベンチに家接を座らせると、一人どこかにふらりと歩いて行ってしまう。しばらくしてから現れたのは、青い髪をした青年だった。なんとなくだが言われずとも彼がカラ爺の言っていた酒花さんだというのは理解できた。だけどカラ爺はどこかに行ったきり帰ってこない。その青年は座っている家接に「隣いい?」と声を掛けると腰かけた。
「君が家接くんだよね」
晴れ渡るようなその笑顔に向けられた質問は、僕の心を締め付けた。




