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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
3章 消したい邪心、消えない純心

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抜かりない攻勢

 多くの人々の悲鳴が絶え間なく聞こえてくる。彼らにとってこれは、どこからともなく起きた人災であって、阿鼻叫喚するしかない。


「こうなれば仕方ありません。ここで迎撃します」


 彼女は再びグローブを嵌めると、放たれた魔術が直撃して被害を生み出した場所へと一目散に向かっていく。


 二人もそれに続いて車から降りると、魔力の方向を探る。こうも一方的な攻撃はさすがのカラ爺といっても簡単に対処することはできない。


「魔術を放ってる人、被害のこと何も考えてないんじゃ無いの?」


「僕もそう思う」


「どうやら相手は魔術の秘匿をする気が一切ないみたいだ。やっかいだね。とりあえず僕が敵の位置を探知するから、いつでも転送できるように雪広ちゃんは準備しておいて」


「分かったわ」


 敵は今もこちらを見ているのかいないのか。さっきのが威嚇射撃だったのかは分からないが、結局あれ以降に攻撃を仕掛けてくることは無かった。湯中の方も避難誘導を済ませられたみたいで、車の方に戻ってくる。


「これは、逃げられたね」


 魔力を感じなくなったとカラ爺が諦めるように札を剥がしてしまう。いつの間にか周りはサイレンの音が鳴り響いていて、何台もの救急車や消防車が駆けつけていた。


「幸いですが、怪我人はいなかったみたいです」


 あれだけ甚大な被害を出したというのに、死傷者がいなくて本当に良かった。彼女はさっきまで忙しなく色々なところに電話を掛けたり誘導をしたりしていたが、今は落ち着いてこちらの話も聞いていられるくらいには余裕ができていた。


「すみません、こちらの見立てが甘すぎました」


「そんなことないよ。見えない敵にあんな固定砲台を撃たれたら、誰だって最初から来ると思ってなかった対処はできない」


 警戒は怠ってはいなかったが、それが十全では無かったことを反省する。常に死角を突いてくるようなその攻撃は、”見えない”というたった一つの状態によって最強に至っていた。


 だが今回の事で何も分からなかったわけじゃない。相手は少なくとも単独犯じゃないことが分かった。魔力の瓶がある以上、これからは不意をついて近づかれたとしても問題はない。問題は、今回のように遠くから長距離攻撃をしてくることだ。


 警視庁に戻って再び男に写真を渡した。そしてしばらくしてから同じような瓶を彼女は男から受け取った。


「言っとくが、これは別に万能薬じゃねえんだ。一度に効力を発揮できるのは三つまで。つまり作れてあと一つだ。もう少し考えてくれよ」


 そう念を押して彼は扉を閉めた。そんなの分かってます、と少し怒った様子で誰にも聞こえないような声量で湯中は呟く。


「あの方たちは一緒に追跡とかはしないんですか」


 つい自分の思ったことを口にしてしまって、家接は聞かない方が良かった気がすると後悔する。だけど、彼女は別にどうといったことはないといった様子で答えた。


「まぁ、向き不向きというやつです。私は見た目はそんなにですが、動く方が向いているので。魔術が戦闘向きというのもありますね」


 戦闘向きの魔術。確かに男の魔術は聞いていた魔術の内容だとあまり戦闘には結びつかない。


「それに、僕たちはあくまでNo.0と繋がりがあるかもしれないということで協力してもらってるだけだからそこまで頼み込むことはできないよ」


 カラ爺は彼女の答えに付け加えるように言った。四人は仕切り直すために再び車で調査を行う。相手が何を使って探知しているのか分からないので、いっそのこと最初から蜘蛛の巣を張っておくことにするのだ。


 日が沈んで夜、暗闇を照らすのは月の光と街の明かり。僕と湯中さんは車で街の中を車で移動し続ける。本日三度目の調査、さすがに少し疲労が溜まってきているがそれは相手も同じ条件。ここで捕まえることができるならそうしておきたい。


「ごめんなさい、足手まといで」


 車内でそんなことを家接が湯中に言っていると、隣に座っていた彼女は流していた音楽を止めた。


「卑屈は人を伸ばさないですよ」


「あ、ごめんなさい」


「いいんです。あなたはきっと先祖返りをネックにしているんでしょうから」


 自分の中でずっと喉に引っかかっているもの。それをズバリと当てられて家接は言葉に詰まった。図星だと顔に出ている家接に彼女は気づいて、フォローするように言う。


「人に迷惑をかけたくないと思うのであれば、今のうちに思いっきり迷惑をかけて学んでしまえばいいんですよ。成長してからかける迷惑は、自分一人だけのものじゃなくなりますからね」


「そうですね。……分かりました」


 考えれば、結局のところいつも僕は安全圏にいるんだ。役に立ちたいという気持ちが無いわけじゃないが結果としてそういう場にはいつも僕はいない。きっと彼女は自分にリミッターをかけるなと言いたいんだと思う。自由に出し入れすることはまだできない先祖返りの力を今のうちに制御できるようにということかもしれない。それなら、その言葉に甘えることにしよう。


「じゃあ、少し迷惑かけてもいいですか?」


 運転中の湯中さんにそう言うと、彼女は快く返事をした。


「もちろんよ。私なんかでよければいつでもあなたの迷惑を受け止めますから」


 自分の言葉が伝わったようで安心した彼女はまた音楽をかけるとそのまま車の速度を上げて、夜の街に紛れていく。


 そんな彼らから離れた警視庁の屋上、カラ爺と雪広は風が吹きあれるその場所で眼下の街を眺めている二人は着々と準備を進めている。カラ爺の手にはいくつもの札があり、雪広はスマホで位置を何度もシミュレーションしていた。


「…………そろそろ行ける?」


「もちろん、あぁ、いや。うん。大丈夫だ」


「本当に大丈夫なわけ? ここからは時間が勝負なんだから速攻で頼むわよカラ爺」


「当然、念入りに対策をしてきたつもりさ」


 今回カラ爺が作成を行った魔力探知の結界には、さきほど湯中さんが仲間に頼んで作成してもらった瓶を触媒にしている。対スナイパーの結界を貼ることは最優先だが、そのスナイパーに最も親和性のある魔術ということもあり、恐らく一瞬で探知され、こちらの居場所が把握されてしまうだろう。そのため速攻で結界を完成させて相手に術式を破壊されないようにしなければならない。


「それじゃあ行くよ」


「うん。四方印、南」


 彼女が口にした瞬間、カラ爺の体は空間の歪に飲み込まれて消えていく。その出口である転移した先でカラ爺はすぐに札を地面に投げると、着地するよりも前に彼の足元には雪広の魔術が展開されておりすぐに別の場所へと転移する。


 そうしてそれを何度も繰り返した末に彼は再び雪広のもとに戻ってきた。その間わずか30秒。何も文句の付け所の無い結界の設置だった。


「っ、はぁっ、はぁっ!」


 雪広は一瞬で大量の魔力を消費し、無事にカラ爺が戻って来たことを確認するとその場に力尽きたように倒れる。あまり綺麗な星は見えないが、きっちりと仕事を終わらせてみる夜空なら満足だ。


 一仕事という大役を終わらせた雪広を他所にカラ爺はといえば、そんな彼女に感謝しながら結界を完成にまで導かなければならない。あくまでさっきは探知の範囲を設定しただけであり、ここから術式の展開が必要だ。


「照らす明かりは我が眼。見える彼方は彼の足跡。月の導きに届け」


 術式を展開すると同時に、準備しておいた結界用の札を自身の四方に貼る。どうやら無事に成功したようだ。ゲームのように標的がハイライトで表示されればいいがそんな便利な機能は無い。その代わりに術者本人にのみ対象の方向がはっきりと知覚されるようになる。


「そっちにいるのか」


 袖の中にしまっていたこの街の地図を開くとさっきの瓶を中心に置いた。瓶はまるでその魔力を追跡するように地図上を移動し始めた。すぐにカラ爺は湯中に連絡をする。


 電話に出たのは家接だった。だが今はそんなことはどうでもいい。彼らの居場所を知らせられるのであればそれで。


「もしもし」


「場所が分かったよ」


「本当ですか?!」


「あぁ。まだ相手は動いていない。場所は、東京スカイツリーだ」


 スピーカーをオンにしていたのでその声は湯中にも聞こえていた。すぐに彼女はハンドルを握ってUターンを開始する。


「すみません、反対方向にいます。時間がかかるので空咲さんは身の安全を優先してください」


「もちろんそのつもりだ。ここで動けなくなってしまった子もいるからね」


 カラ爺からの電話を切ると、それから彼女はサイレンも出すことなくスピードを上げた。


「僕も敵にこちらの動きが気取られないように仕掛けますね」


「うん、お願いするね。私はそういうの全然得意じゃないから」


 家接は先祖返りの力を解放すると周囲に霧を展開していく。そこまで濃いものじゃないけれど十分すぎるほどの魔力を込めたので敵からこちらの位置が悟られることはないはずだ。


 質よりも量、それを重視した霧は今の家接が出せる最大領域まで展開すると、さすがに疲労感が溜まってくる。一気に視界が悪くなった中をライトを照らしながらなんとか進めるがこちらはすでに位置を把握している。


「もうすぐ着きます。出る準備を」


「はい」


 短剣はある。雪広に渡されたホルスターもちゃんと装備できている。家接は、いつでも出る準備を整えた。


「行きます」


 スカイツリーの前に車を堂々と止めると、そのまま乗り捨てるようにして湯中は車を出てグローブをはめた。家接もそれに倣うようにして車を出るとすでに人は誰もいなくなった建物の中に入っていく彼女に着いていった。

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