微睡みの泡沫
自分の存在がふわふわと宙に浮いているような気がする。
こんな姿になってもここにいるのは、きっと自分の中で心残りがあるからなんだろうなと俯瞰してみると時々思う。
自分が死んでから地縛霊? になってから早5年。いい加減に成仏してくれないかと自分を責め立てたりした時もあったけど、結局報われないのでいつからかそんなことを考えるのも諦めた。
誰もきっとこの部屋になんか来ないんだ。自分が死んでから時間が経ってるのに取り立てどころか大家さんも見にこない。人の死んだ場所なんて見たくもないのかな。それとも、ここは私の知らない世界なのかな。
「私って、そんなに価値のない人間だったのかな」
自分で分かっているはずなのに、なんでこんなにガッカリするんだろう。そう思っていたから、扉が開いた時には大いに歓喜した。だけどその扉の向こうから見えたのは知らない三人組。誰だろう。
最初に訪れた大きな喜びとは裏腹に、少しの不安と恐怖が頭の中で巡る。様子を見てから姿を見せようと彼女は決めると窓の外から三人のことを眺めた。
まるで刑事みたい。 彼らの所作は事件が起きた現場の調査を行う人たちのようで、部屋の隅々をくまなく調べていく。
観察を続けていると突如、背後から何かが飛び込んでくる音がして夢原は慌ててそれを避ける。飛来した物体は減速することなく私の部屋に突っ込むと、ガラスを突き破って彼らに襲いかかろうとしていた。
「危ないっ!」
男の子が叫ぶ声を掻き消すようにガラスの割れる音が響く。そのまま彼らが部屋から逃げようとしたので私は追いかけようとすると、背後から何か嫌な感覚が取り憑くように襲いかかる。
「なに、これ.....!」
自分の意思で体が動かない。一瞬だが死んでいるのに金縛りのようなものに彼女は遭う。なんとか自分の体に力を込めると姿を消すことができた。これは死んでから唯一手にすることができた力で、その足取りで逃げ出した人たちのところに向かった。
「私を、助けて。お願い!」
だけど最後まで言い切る前に私は姿を消さざるを得なくなった。なぜなら、後ろから私をつけ狙うようにまた何かが迫ってくるのを感じたからだった。
「これっていったいなんなの?」
このままここに居続けたら今度こそ私が私じゃなくなってしまうような気がしたので、やむを得ずその場を離れる。きっと、また来てくれるよね?
そんなことを彼らに期待しながら、今は自分のこの身を守るために彼女は逃げることを選択した。
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「やっぱり、狙いは地縛霊となった夢原さんということになるのかな」
「そうでしょうね。死者の魂を用いた魔術及び儀式は世界中にたくさんありますし、もちろん日本にも古来からのものがいくつか伝承されているはずです」
手始めに湯中さんの運転する車で近場を調べることにする。恐らく、前回すでにカラ爺の運転している車は目撃されていると踏んで、車種を変えて運転をした。
「夢中さんが地縛霊である以上、さっき示した範囲を超えての現界は彼女の体が拒否するはずです。もしあの部屋を狙ったのがNo.0の人間だとするなら、少なくともここから離れているということはないはずです」
しらみつぶしを行うように彼女は路地の間を蛇のように曲がりながら進んでいく。だが一向に男から受け取ったガラス瓶は反応を示さない。それよりも確度は低いかもしれないが魔力探知を各々が行うが、それには誰も魔力らしいものを感じ取ることはない。
「確か、一定の距離まで来ないと反応しないんですよね」
「そのはず、です」
しばらく車を走らせてはみたものの、思うような成果を得ることができなかった。なので休憩のために一度、夢原さんの住んでいたアパートの近くにあるコンビニに停めて湯中は車のサイドブレーキを引く。
「一度休憩しましょう。夜になれば自ずと運び屋たちの活動は活発になるので」
「そうだね」
そうして湯中さんが車から降りようとした時だった。どこからともなく接近する魔力の気配に全員が気づく。そしてその魔力が向かう先は、彼女が運転している車。つまり自分たちに向かって一直線に向かってくる。
「皆さん、伏せて!」
そう叫ぶのと同時に湯中は車外に飛び出ると、その魔力の塊に向かって跳躍。空中でその魔力を受け止めると車に直撃する軌道を避けながら地面に足をついた。
「纏、空の器」
ポケットに入ったグローブを瞬時に嵌めており、片手を突き出す。凡そ、飛んでくるその物体の速度からして片手で受け止められるとは到底考えられないが、彼女の魔術によってそれを可能にしていく。
左拳を突きだした状態でしばらく拮抗する力。湯中はその間にも飛んできたものがなんであるかをゆっくりと確認した。
「これは……矢? いや、弾丸?」
拳に込めた魔力とのぶつかり合いで火花のようなものが散ってはっきりとは見えない。地面に片足がめり込んでいくのを感じて、このまま押されると思った彼女は右足を軸にしながらタイミングよく左手でその矢を握ると、そのまま飛んできた方に向かって手を離した。遠心力がかかったその矢は威力を失うことなく射出した方向に飛び続けている。
「追いますよ。あの矢の先に術者がいる」
エンジンを切らないでいたのが幸いして、彼女はアクセルを踏むとすぐに発車できた。こういうときの警察とは良いもので、覆面パトカーとなったそれはサイレンを鳴らしながら大通りを高速で抜けていく。
「光った」
ガラス瓶を持っていた雪広が呟く。相手へと近づいている証拠だ。
そういうことか。彼女が活動できるであろう範囲の外からこちらの様子を伺っていたから、さっきまで探知に全く引っかからなかったんだ。
「もうすぐ敵のところまで着くよ。二人とも戦う準備は大丈夫かな。僕たちがいるとはいえ、乱戦にならないとは限らないから」
カラ爺が家接と雪広に心の準備を尋ねた時だった。飛んで行ったものが衝突する音がした。これは……空?
ガラスのように割れた空の亀裂がどんどん広がって崩れ落ちる。現れたのは一隻の飛行艇で、跳ね返されることを全く想定していなかったのか、恐らく予備として何重にも張ったはずの障壁がを自らの攻撃によって簡単に突き破ってしまい、飛行船の片翼を完全に撃ち落としていた。
「撃ち抜かれたのに、浮いているね」
「あの飛行艇、さっきの魔術を放った人の他にも何人か乗船しているみたいですね。少なくともここからでは追撃することはできません」
「今からヘリの使用許可は……」
「さすがに無理です。最低でも数時間はかかります」
そこは国家機関。手続きを怠るような例外行為を簡単には許すことはできない。
「仕方がありません。ここは一時撤退しましょう」
そう言って湯中は高速を降りて車を停めると、空を飛んでいる飛行艇の写真を何枚か取るとそれを携帯で送信する。
「これで」
「まずい。急いで車を出して」
カラ爺が深刻な顔で言うのと、こちらに向かって先ほどと同じ攻撃が放たれたのは同時だった。空にはなんの変化もない。だけど四人は肌で感じる、魔力を帯びた何かがこちらに向かってきているのを。
「急いで!」
「はいっ」
彼女は慌てて車を出す。数秒後、背後で爆発音と共に建物が倒壊していく音がした。肝が冷えたと同時に、戦慄した。燃え盛る炎と人々の叫びが絶えなく伝播していく。
「もしもし、今すぐに救急と消防を手配してください」
湯中さんは冷静に対処しつつも、彼女の額には汗が流れていた。




