絶氷の彩倶琉
エレベーターで展望回廊まで向かう。本当なら階段で行きたかったが、それを探している時間はもったいない。扉が開いた瞬間に相手に襲われるかもしれないという状況は二人の警戒を絶やさせない。互いに出口の両端に立って姿を隠すようにしながら扉が開くのを待った。
扉が開いた瞬間、月明かりだけが照らしていた部屋に光が差し込む。相手は自分の位置が悟られないようにと照らしていたライトを撃ち抜いて暗闇に引きずり込む。
「ずいぶんと挑発的なお出迎えですね」
「エレベーターに乗ってくる方がそんなこと言うのってどうなんだ」
電気の一切ない暗闇の中で街の光に照らされる人影が一つ。相手は構えていた狙撃銃を立てて立ち上がった。羽織ったマントが長い髪と共に靡く。フードの下から見えるのは小柄な体から想像できるような幼い顔だが見た目以上に気の強そうな印象だ。
「女性ですか」
「なに、男女差別?」
「そういう意味ではないです。女性を痛めつけるのはあんまり得意じゃないので」
「女が男ぶるな。なんで勝てる前提なのさ」
彼女は背丈の半分以上の長さを持つ狙撃銃を手放すと地面に向かってそれが傾き鈍い金属音が響く。彼女はそのマントで隠れた右側のホルスターから小型の銃を取り出して容赦なく引き金を引いた。その際、左側にも銃が見え隠れしたのを家接は確認する。
「そこ」
家接の方に向かって引いた銃を避けようと家接はエレベーターの入り口から離れるように躱した。家接が彼女から目を逸らさないようにしていると聞こえてきたのは何かが壊れるような音。
ドンッ!
湯中は弾丸の向かった先を見てすぐに理解する。彼女が狙っていたのはそもそも家接ではなくエレベーターのボタンだったのだと。これですぐには地上に戻ることができなくなってしまった。しかし裏を返せば彼女もまた、この部屋に残されたということであって自ら二対一を選んだということだ。
風が吹いて彼女の髪が前方に流れる。家接と湯中からすればそれは向かい風になっていて、炎の魔術を使う家接からすればとても不利な状況。それにこんなところで気軽に霧を起こそうものなら間違えて落ちるかもしれない。
そうなると頼りになるのはこの短剣と、雪広から渡された拳銃。余裕の表情の相手はまだ何かを隠していそうで油断ならない。二人が最優先にするべきことはどれだけ平静を保つことができるかということだ。
「確認しておきたいことがあります」
湯中は狙撃銃を片脇に抱えたままの彼女に尋ねる。戦いに飢えているわけでは無いが、どうせ戦うことになるのに話し合いで解決しようとする姿勢には飽き飽きしながらも一応はと答えた。
「なに? 投降してくれるかの確認? それならもちろんノーだよ。そんなことは天地がひっくり返っても起きない」
「そんなことはなから確認するつもりはありません。あなたは、No.0のメンバーですか?」
「…………そうだよ。それがどうかしたの」
少しだけ答えるか悩んだが、遅かれ早かれ分かることを隠す必要なんかないなと打ち明けてみせた。その証明とでも言うかのように、彼女の腰に繋がれていた懐中時計をマントから出して見せる。
そんなことだろうと分かっていた湯中は質問をして時間を稼いでいる間にグローブに編まれた術式を少しづつ起動していて、最高出力のタイミングで攻撃をしかけようと画策していた。もちろんそれを許したのは彼女もまた、湯中同様に反撃の機会を伺っていたからだ。互いに相手を出し抜こうとしているのには変わらない。
「纏、鉛の器」
家接と視線が重なった。彼が静かに頷いたのを確認して湯中は前に出て攻撃を開始した。家接はそれを見守るわけもなく相手に気づかれないように暗闇に紛れながら動き出す。
少女は湯中が走り出したのを見て左の腰にあったホルスターからも拳銃を取り出す。こちらは自動拳銃で、家接に動きをさせないために狙いを定めることなく引き金を引いた。まさに彼女の予想通りの動きをした家接は回り込むことができず迂闊に手を出せない。
そして気づかれないように足にかけていた狙撃銃を足で宙に浮かせると、空になった自動拳銃を家接に向かって投げ狙撃銃を構えた。向かってくる湯中に狙いを定め終わる前に彼女は勘で撃つ。
当然だが超至近距離で狙撃銃の弾丸を避ける手段を湯中が持ち合わせているはずもなく、その銃弾はいとも簡単に彼女の左肩を貫いた。跳ねるように体は衝撃を受け鮮血は水しぶきのように散る。
「—――っ!」
少女に向かっていた湯中の動きは止まり、左肩を必死に抑えながら嗚咽交じりにただ痛みこらえるしかない。どくどくと心臓の鼓動と共に流れ出る血液は闇夜の中でも艶やかに煌めいている。
狙撃銃を降ろして湯中に近づくのを家接が止めようとするが銃口が彼女に向いていて下手なことができない。彼も借りてきた銃を彼女に向けるが、その扱いは雲泥の差。この距離ですら試し撃ちもしたことのない家接は自信があるわけもなく彼女もそれがお飾りに過ぎないと見抜いていた。
一方で肩を撃ち抜かれた湯中は思考を巡らせる。直前まで狙撃銃なんて足元に無かったということは、彼女の魔術の可能性は高い。だとするならもっと慎重に行動するべきだった。初めから銃火器を扱う相手だとは分かっていた。それを踏まえて近接戦に持ち込んでこれでは自分はここに何をしにきたというのか。
心の中では冷静になっているつもりだが、失った血と同様に彼女の思考力は著しく低下している。何よりの証拠として彼女は血が出続けている自らの体の心配よりも、彼女をどのようにして倒せるのかに思考がシフトしていた。
「当たらないと高を括ったね」
「—―、まだ、やれる」
「それだけやられてまだやるつもり? お願いだから諦めて」
彼女から流れ出た血を足に付けると、筆のようにして倒れる彼女の前で陣を描く。それを邪魔する力も残っていない湯中はただそれを見ているしかない。それが完成するとゆっくりと彼女に近づく。
「でも特別に、私の秘密を教えてあげる」
苦しみに喘いでいる彼女の耳元にそっと口を近づけた彼女は微笑みながら少女は秘密の告白をする。
「私はⅠ直属の手下。相手が悪かったってことだよ」
そう言って描いた陣に向かって持っているライフルの銃口を向ける。元々術式が刻み込まれていたのか、淡い光がそこから漏れ始めると彼女は引き金を引く。
「縛れ、縛れ、その血を以ってその魂を縛れ。許しは請うな、諂いもするな。死を許さず、死を近づけず、死を隠せ。よってここに我が願いは果たされた。宵月の沈む刻にて彼を放たん」
彼女から流れ出る血が地面に流れていくことなく、自らの足跡を辿るように傷口へと帰っていく。気づけば彼女は気を失っていた。向けていたライフルをゆっくりと離すと、次はお前だと示すように家接にその銃口を向けた。
「何をした」
「黙って見ていた君には全く関係ないよ」
「関係ある」
「ないね」
言葉の問答は終わらないが家接はすでに先祖返りの力を解放していた。霧を一帯に撒き散らしながらこちらの場所を悟らせないようにすると、すぐに彼女のもとに向かう。
彼女が延命措置を行ったのは見て取れたがそれでも出血がひどい。とりあえず彼女の着ていた上着を脱がせて出血箇所に巻き付けていく。あとはこの縛りをどうにかしないと。
「どうせ、その女の子のところに行ってるんでしょ」
霧で見えていないはずの彼女は場所は分かっていないはずだがほとんど山勘でこちらに向かって発砲し始める。その弾丸は耳元をかすめていき、血が滴る。ライフルを放って運だとしても確実に仕留めに来ていると今の一瞬で理解できた。
急がないと次は本当に命を奪われかねないと家接は焦りを感じ始める。逆に風が吹けば炎の魔術で一帯を燃やせるようになるので楽だが、そんな簡単に都合の良い状態はできあがらない。それに、下手に動くことは相手に情報を与えることに繋がる。
一切会話の無いまま沈黙だけが続き、息遣いは霧に紛れて相手には届かない。動きの無い中で家接はさっき彼女が行っていた手順を思い出す。そういえば確か地面に陣を書いていた気がする。
ゆっくりと文字を追うように地面を探していくと彼女の目の前に魔法陣が描かれている。きっとこれだ。霧の中から見つけられるほどではないが、ほんのりとその魔法陣は術式が起動していることを示すように光っている。
家接はすぐにそれを足で消すと彼女についていた拘束がゆっくりと剥がれ落ちて、それに支えられていた血は再び地面に垂れていく。だがもう止血の処理は済ませていた。
「あとは」
このままだと僕が戦えたとしても彼女が狙われてしまう。危険ではあるが、彼女のもとを離れ携帯で雪広に電話を繋ごうとするが、一向に出る気配がない。さっきまで屋上にいたはずだから出れないはずはないのに。そしてその疑問の答えは思い出したかのように呟いた少女の言葉で解決されることになる。
「そうだ。私の居場所を割り出した奴ならきっと今頃、別の相手とやってるよ」
「そういうことですか。…………それならあなたを倒してすぐに合流します」
戦う準備はできたと、霧を晴らして手にした短剣に炎を纏わせていく。ゆっくりと自分に向かうように揺らめく炎は風向きが変わっていないことを知らせる。
「そうこないと」
家接がやる気になったのを見て表情が昂っていく彼女は銃を向けると、挨拶代わりに一発ぶち込んだ。
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「あなたがたですか、私たちの計画を邪魔しようとする人たちは」
「誰だ」
警戒を怠っていなかったはずだというのに突如として背後から現れた存在にカラ爺はすぐに臨戦態勢を整えた。雪広は自分の仕事を終えて力を出しきっているため、ここは自分だけで対処しなければならない。
だが、驕りでは無いが家接のように焦ったりはしない。大抵の相手に互角でやり合えるとカラ爺は自負している。一呼吸置くだけですぐに彼は落ち着くことができた。
「そう怒らないでください。私たちはあのアパートにいる地縛霊について手出しをしていただかないで欲しいというお願いをしに来たにすぎません。あ、今は一人でしたね」
「残念ながら、それは無理な相談だよ」
あくまでも毅然とした態度で応対をするカラ爺。だけども一瞬の気も抜けない。目の前の背の高いマントを羽織った背の高い男は終始余裕の笑みを見せている。互いに力量が分かっているはずなのにその笑みを浮かべることができるのは自身の魔術に自信があるのかそれとも…………。
「そうですか。……困りましたね」
「お引き取り願おうかな。僕たちは今とても忙しいんだ」
「残念ですが、無理な相談です。なので一つ私から提案が」
フードを取って現れた狐のような糸目の男が一言。
「あなたたちには死んでもらう、というのはいかがでしょうか」
その言葉に反射的に朝霧を出そうとしたが、彼が冗談半分で言っていることに遅れて気づく。だがそれはつまり一瞬の隙を生んだことになる。気づけばカラ爺の目の前には男の姿が…………ない。迫っていたのをこの目で見たが消えている。
「四方印、北」
倒れていて相手に見向きもされていなかった雪広が魔術を使ってあの相手をこの場から強制的に退場させていた。既に限界だっただろうに魔術を使ったか雪広は今度こそ起き上がることすらできずにその場に倒れ込んだ。
「雪広ちゃん大丈夫?」
「うん。それよりあの人なんかヤバい気配がする。すぐに逃げた方が」
「そうですよね。逃げた方が良いですよね?」
カラ爺が振り向きざまに蹴り上げるのを「危ないですね」と危なげもなく声に出しながら避ける男。雪広はそんな近くに転移させた覚えはないと驚いたが、すぐにその原因を理解した。というよりもその考えられる原因が少なすぎた結果自然とそこに辿り着いたという方が正しい。
「あなた、空間魔術の使い手でしたか」
どうやら逃げるという選択肢は、最初から存在しなかったみたいだ。胡散臭い笑みは今もこちらを見つめていた。




