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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
10章 Ⅳに誘って

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211/212

今生の別れ

「くそっ! いつになったら終わるんだ」


「さすがにしんどくなってきた」


 あれからどれだけ戦っただろうか。常に同じ出力の攻撃が360度絶え間なく続くのは精神的にも体力的にもキツい。加えて相手は言葉を発することのない人形。戦いと言っていいのかすら怪しい。木の葉を纏うⅣはは何度壊されようと周囲に散らばる素材を用いて何度でも蘇る。


「どうやら周囲の草木に存在している魔力を吸い取りながら存在を保つようにしているみたい。おかげで周りだけどんどん開けてきてるし」


 エマが言ったようにもともと開けていた場所で交戦していたが、その範囲は少しづつ広がっている気がする。そして、Ⅳはこちらが疲弊し始めていることをいいことに無鉄砲な戦い方を始めていた。


「マズい、家接!」


 戦いが長い間拮抗状態にあったこともあり、Ⅳの人形がおかしな動きをするのに反応が少し遅れる。スヴィンの声は家接にはっきりと届かない。家接が振り返った時にはすでに背中につきそうなほど人形は迫っていた。


「間に合わないっ……」


 全員が手一杯の状況を狙った状況を見極めていたと言うほかないが、それでも最後まで雪広は諦めない。振り返ったとはいえ背後から頭を狙われた攻撃を受けた家接は脳が揺さぶられてそのまま意識を失ってしまう。軽々と家接を抱えたⅣの人形は予め告げていた通りこの場から離脱しようとする。


 その間も攻撃が止む気配は全くなく、一向に近寄ることができない。かろうじて飛び出すことに成功したエマと雪広が連れ去ろうとするⅣの前に立ちはだかった。


「家接を返してもらうわよ」


「せっかく切り札を出してもらったところ悪いけど、その子だけは連れていかれるわけにはいかないなぁ。どうせ連れていったら殺す気でしょ? いち友人としてそれは許容できないね」


「そういうわけだよⅣ。私としてもその子が連れていかれるのは御免被る。……もし私の計画の邪魔をするっていうなら、同じNo.0の幹部だとしても許容できない」


 立ち止まるⅣの人形。その顔は木の葉と土で歪に作り上げられ、傾げた首は今にも取れてしまいそうでボロボロと何かが崩れ落ちている。人形は意思を持っているのかもこちらの会話を聞き取り理解することができるのかも分からない。


 ただ、その原動力となっているのは間違いなく家接を連れ去ることであってそのためなら自分の体が魔力で維持できなくなり瓦解することすら些事であるかのようにその一つ一つの行動には躊躇いがない。


 だからエマと雪広、Ⅸを前にしても恐れるものなどその人形には存在するはずもなく、攻撃の手を緩めるなどという選択肢はない。というよりも初めから脳という器官を持ち合わせていない今のⅣの人形では考えること自体がそもそも不可能な話だ。


「……どうやら聞こえてすらいないみたいだ。二人とも、倒す準備はできてるね?」


「当然。欠片も残さないつもりよ」


「同僚のよしみ……なんてものは無いから、好きにやっちゃおう」


 やっぱり言葉は通じない。強行突破するために三人の立つ方にまっすぐ向かってくる。さっそくエマが鞘から抜くモーションを行うと何も無かった彼女の手には氷で形作られた剣が形成されていく。片手の塞がった方ではないところへと振るうと、対応するように蔦がそれを受け止める。


 だがエマの方が何枚も上手だ。すぐに用済みだと剣から手を離して空を掴む。彼女の動きに合わせて再び作られた剣は空いていたⅣの腕を斬り落とす……には至らなかった。


「そんな卑怯なことしてくるんだ」


 振り上げる直前、Ⅳは片手で抱えていたはずの家接を彼女の剣の軌道に突き出した。攻撃を止めることができたエマだったがその剣先は家接の首筋に触れており、あと一歩遅ければそのまま彼の首が飛んでいたことになる。


 だが、それは同時に人形が隙を見せることにほかならない。雪広はその殺意を隠す必要が無くなり、手のひらを合わせて待っていた。


「八方印、北東。くびきり」


 Ⅳの首が刎ね飛ばされ、家接が支えていた体が崩れ落ちる。エマが意識を失った家接を受け取ると、気づけばその背後にいたⅨが人形の核となっていたものを杖で突いて破壊した。


「これで一件落着。まったく、人騒がせだねⅣは相変わらず」


 Ⅳという存在はNo.0の中でもどうやら疎まれているみたいだ。それでもあり方を変えないということはそれがⅣなりの信念ということだ。そんな気持ちの悪い信念なんて消えてしまえばいいのに。雪広は隠しきれない嫌悪感を砕けたⅣの砕けた核に向けた。


 攻撃もやんで5人はやっと終わったと力尽きた様子でその場にへたり込む。見渡すと先の方まで植物の魔力と生命力を使ったようで、ひたすらに荒野が広がっている。ひび割れた地面には植物の気配など微塵も感じ取ることはできない。


「家接、大丈夫?」


 意識は無いが息はあるし、しばらくすれば目が覚めるはずだ。Ⅴという脅威も去ったと言っていたし、これで万事解決した。色々とあった疑念も取り払われて、後のことはⅨに任せよう。雪広は意識がまだ戻らない家接をⅨへと引き渡した。


「ありがとう。それじゃあまた再会を願って。これは私からのささやかなお礼だよ」


 そう言ってⅨは持っていた杖を雪広の額に当てると、彼女の意志に関わらずその瞼がどっと重くなっていく。そのまま倒れて意識を失った雪広の姿を見ても誰一人気に留めない。雪広にしたことを順々に行うと最後には誰も目を開ける者はいなくなる。


 かろうじて抵抗の意思を示したのはスヴィンだったが、Ⅸは一瞬躊躇っただけですぐに他の人と同じように額に杖を当てた。


「ごめんねスヴィン。でもこれが最後だから」


 バタバタと倒れた後の人影に立つは一人の魔術師のみ。Ⅸは周りに倒れる人たちの姿を見て目を伏せた。これ以上彼らを見ていても、彼女がこの場を去るまでに目覚めることは恐らくない。


「……なんだ、もう終わってるんだ」


「そうだね。でもなんかもう、疲れちゃったかも」


 家接を木にもたれさせると、Ⅸは持っていた杖を手放して荒野となった地面に体を預ける。一人、また一人と消えていくその姿はもう一人の来訪者によってなされたこと。最後の一人になった家接を前にして来訪者はⅨに確かめた。


「一応確認しておくけど、本当にいいんだね?」


「……何が?」


「気にしないで。後はこっちでやっておくから。そっちもあまり気負いし過ぎないんだよ」


 来訪者は指で弧を描くと現れた歪みに倒れた家接を放り投げて自分もその中に入ると、ワープホールのように歪みを閉じた。Ⅸの心境を推し量ることのできなかった来訪者は、歪みの先で静かに思い悩んだ。


 だがそれも長くは考えない。というより、深く考えたところで意味なんて無い。


「これはお前との約束を守るためなんだから。騙したなんて言わないでよ、ミストガン」


 伏せられた目の奥に浮かぶ彼の顔にはもやがかかっている。もう何年会っていないのか自分でも分からない。自分が会ったのがどこの誰で、いつの彼だったのかなんて今となっては些細なことだが。


 それよりも気がかりなのはⅨだ。彼女の話でいつも出てくるのはスヴィンだった。


 そんな彼に記憶の操作なんて本当はしたくないはず。だからこそ彼女に掛けられる言葉が思い浮かばなかった。自分にはそんな思いを寄せることができる人なんてもういないから。


「こんな時に思っていいのかは分からないけど、幸運を祈るよ」


 眠りを妨げるものは捨ててきた。彼の時は止まり、記憶は留まり、意識は凍り付いた。


 されど、世界はその運行を止めることはないままに摩耗と欠損を繰り返す。その穴を埋めるのはいつも時という劣化のみ。だがそれは決して損害ではない。堅実なる進歩だ。自らの足を進めるための礎だ。


 そうでなければ人は進むことができなくなり、やがて自らの怠惰に朽ちていく。


 Ⅻはその日を以って観測することをやめ、世界の干渉を解いた。時の止まった家接の側でひっそりと休みながら、その時が訪れるのをこの目で拝むために。


 ――――――――――――――――――――


 …………………………目が覚めた時に見た天井がこんなにも悲しく、苦しいと思うことがあるんだと、雪広はその瞼を開けた瞬間に感じ取った。


 ベッドの横には文庫本を手にしながら椅子に座って雪広が目覚めるのを待っていたカラ爺の姿があり、向けられた視線に気が付くとそんな本のことなんて忘れたかのように慌てながらナースコールを押した。


「雪広ちゃん、大丈夫?」


「……大丈夫。もしかして私、倒れちゃったりした?」


「いや……そんなところかな。ちょっとだけそのことで雪広ちゃんには伝えておかないといけないことがある」


 カラ爺から聞いた話でやっと少しだけ納得できた気がした。ぼんやりと自分の中で何かが足りない感覚が目覚めてから付き纏っているその正体が。


「でも、その内容は教えてくれないんでしょ?」


「…………残念ながらね。だからこれは提案なんだけど、一度魔狩師を休業しないかい?」


 カラ爺がそんなことを冗談半分で言うはずがないことは分かっていた。でもどうしても雪広は素直に頷くことができずに、唇を噛む。


「私にはもう仕事は任せられないってわけ?」


「そんなことはも言ってないよ。これは雪広ちゃんだけに言うつもりじゃないから。マイクラストくんやメイニーちゃんにもしばらく……具体的には一年間休職してもらうつもりだよ」


「記憶喪失になったことは分かったけど、それでどうして魔狩師を休業するなんて話になるの? そんなに私の記憶が無くなってることは問題なの?」


 必死に訴える雪広の言葉を聞いて、カラ爺はやはり彼女の言葉を聞き入れるわけにはいかないと強く心に決める。なぜならそんなことを過去の雪広なら決して口にしなかったはずだからだ。


 経緯は分からないが、彼らが記憶喪失のまま家接との全てを失った状態で日常に戻るのをカラ爺は素直に許すことができなかった。雪広たちの間に築かれた絆がこんな形で崩されたのもだが、それ以上に紛れもない彼女の口からそんなことは言って欲しくなかった。


 それなら然るべき時が来るまでは待ってもらった方が良いとカラ爺は考えた。長い説得の末、彼女はその話を渋々飲んだ。


 全員を納得させるだけの話を十分にすることが出来たのかと言われれば決してそんなことは無いだろう。だがそれは同時に彼らの事を諦めたことにはならない。三人の魔術学園への編入学の手続きを済ませるとすぐにカラ爺はとある場所に連絡を繋いだ。


「そっちから連絡をしてくるなんて珍しいですね」


「……どうも。元気にしてるかな? 頂主殿」


「やめてください。未だに慣れないんですから。私だってまだ着任してから数年です。あなたにそう呼ばれると居心地が良くない」


「そうかい? とても良い響きだと思うけどね。真面目な君には良く似合う。ケリンくんがなった時の想像をするのよりは安心して見てられるよ」


「あいつと一緒にしないでください。……それより、今日はそんな事を話すためにわざわざ電話を掛けてきた訳じゃないですよね?」


 もちろん彼もこんな世間話をするために電話が掛かってきたとは思っていない。本題に入る前の小話はこれくらいでいいだろうという彼の言葉を聞き、カラ爺はさっそく呼び出した理由を伝えた。


「そっちにまで情報が渡っているか分からないが、ⅣとⅠの件については聞いているかな」


「もちろん話は入ってきていますよ。なんでも、来年の終わりにこの時計塔でⅠとⅣの決着がつくというみたいで、にわかには信じていませんが元Ⅷの書き残したものだと言われてしまうとこちらも警戒をせざるを得ない」


 やっぱり話は聞き及んでいるか。あくまで確認に過ぎないことだったので、カラ爺は一番聞いておきたかったことをなんでもないことのように尋ねた。


「やっぱり聞いてるよね。それなら良かった。ところで、Ⅸについて何か情報を持っていたりしないかな」


 電話口の相手は書類を捲っていた手を止めて電話口に意識を傾ける。聞き逃してはいけないような単語がそこに並んでいて、慎重に言葉を選ばなくてはならないという男の態度がそれだけではっきりと感じ取ることができる。


「話が変わるとも言わずにそんなことを聞いてくるなんて、よっぽど切羽詰まっているんですか?」


「分かってはいけど、この程度じゃ吐いてはくれないよね」


 苦笑いするカラ爺に対し、むしろ気を引き締めた頂主。何の脈略もなく語られたその言葉には心当たりがある。ケリンからの報告の中にあったスイスへと向かった魔術師たちの存在、そしてその国で結成された新興組織”スフィアの僕”。


 彼らからの定期連絡が途絶えたことは記録科からも入っている。新興組織であることを鑑みても、Ⅸと関係のあるスヴィンとう少年がその組織長であることを考慮して設立を許可した点もある。リスクとリターンを天秤にかけた結果、今回はどうやら天秤ごと破壊されたみたいだが。


「あなたの口からⅨという言葉が出てくるとは思わなかったので」


「隠さなくても良いよ。僕の仲間がすでに一人行方不明になっているんだ。それにⅨによるものかな、症状を見ればだいたいどんな魔術なのかは判断がつく」


「…………。それは申し訳ありません。魔術科の導主からの報告で今はⅤを追うのに人手を割いているのが現実であり、より脅威だと思われる存在に注力しなければならないですから」


「もちろん、僕は別に君を責めたくてそんなことを言っているんじゃないんだ。ただ、僕としては仲間を失ったことに深い憤りを感じているし、君たちにとっても四大精霊の先祖返りの一人を敵の手に渡らせるというのがどれほどの事かは分かっているはずだ」


 これに関してはカラ爺も反省している。それほどの存在を雪広ちゃんたちと同じように扱ったのは彼自身だ。だから彼を責めるのは筋違いだと分かっている。


 だが、魔術科導主の言葉が無ければこんなことにならなかったと、どうしても頭で考えてしまう。


「なんでもない。今の話は聞かなかったことにして欲しい。…………見苦しいところを見せたね」


「いえ、そんなことないです。またいつでもNo.0についての情報を必要とするなら電話をしてください」


 電話が切られ、受話器を置く。こんな気持ちになったのは久しぶりだ。


「雪広ちゃんたちが魔術学園に行ってからは、僕も動かないとね。もうきっと、待ってはくれないから」


 やっと顔を上げたカラ爺は家を出ると、自然とその足を蝋火会へと向けていた。

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