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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
幕間 忘却者と戯れの学園

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212/212

くだらない理想郷

 眠っていた世界が目覚めようとしている。鍵の在り処を探すため、そして隔絶された魔術世界への扉を開き隠された真実を大っぴらに明らかにするためのNo.0の動きは順調に進んでいる。


 街を歩けば、電光掲示板に映るニュースには魔術という聞きなれた単語が流れる。見上げる人々の間を避けながら進む姿はむしろ少数派だ。アメリカの祭典以来「魔術」は世界的に注目されるようになっていた。とあるアイドルの生放送によって流出したその映像によって話題となった魔術というものは電子の海の中で圧倒的な拡散力が仇となり止めることのできない知識の伝播が行われた。


 家接たちがⅠの手掛かりを探しにイギリスへと向かってから数日でそれは全世界を巻き込んだものとなっている。秘匿など何の意味も持たない。暗示をかけようとも、一度流れた情報がそのまま海を流れ続け回収することができないように、全人類の知識に魔術というものがインストールされてしまった。


 神の寄る辺こそかろうじてあったこの世界にはもう、魔術師の隠れることのできる場所はもうない。


「こんな世界が来るなんてね」


 たった一つ救いがあるとすれば、魔術を知ろうとも魔力をほとんど持たない普通の人にとって魔術は使おうとしても使えないものだということ。もしそれが可能になっていたらと思うと、想像するだけでも恐ろしい。


 カラ爺の赴く足は魔狩師協会の本部へと向かっている。今から行われる話し合いとやらに参加しなければならないからだ。その道中に、見慣れない顔がいるのに気が付いてこっそりと後ろから這い寄る。


「…………譲、後ろから人をつけるとは感心しないな。いつからそんなに性格が悪くなったんだ?」


「久佐、気づいてるならすぐに振り返らないと。と言うか珍しいね久佐が外に出てくるなんて」


「俺は引きこもりかなんかか? この間仕事も一緒にしたところだし、会議にも出たところだぞ。それに、今回ばかりは本部嫌いじゃあ済まされなさそうだからな」


 久佐が顎をくいっ、とやる先には時代に似つかわしくない電気屋の窓に置かれているテレビに映ったニュースが見えた。陰陽師や妖についてのコーナーだった。社会現象になりかけている魔術との関連について、専門家のような口ぶりで語る人の顔は見たことも無い。


 それだけで適当な事を言っていると分かるが、こんなのは何もテレビだけじゃ無い。あらゆるメディアの中でそれはトレンドとなり、身近に無かったはずのものを身近に感じてしまうという事が起っていた。


 自然と気づかない間に、そのテレビの話が聞こえてくると体の魔力を抑えるようにして歩いて行く。どこのだれが気づくわけでも無いのにそんなことをするのはどうしてかな。そんなことはカラ爺に聞かれたって分からない。


「はぁ、全くなんで俺まで連れてこられるんだ」


 以前本部に来たときにもそんな事を言っていたような気がするが、蛍火も例外ではなく今回の会議は魔狩師全員にとってとても重要な会議だ。以前と同じように最前列の老人こと現魔狩師協会の会長である涌谷十三が会議を取り仕切った。


「さて、全員集まったな。では会議を始める」


 淡々と始まった会議、気の引き締まる思いをしながら老人は今日の議題について語った。


 てっきり昨今の魔術に対する世間の認識についての話を続けるものだとばかり思っていたカラ爺は、違う議題になることは考えていなかったため椅子に座り直して話に耳を傾ける。


「議題だが…………今回は少々経路が違っている。雪野白という女性について、魔狩師協会は総出でその情報の捜索を行うことに決定した」


 蛍火も、カラ爺も一瞬目を見開いたがすぐに深呼吸をして息を整える。何かの聞き間違いだ。そんなはずはないと冷静になって考えるが、老人の口から次々に出てくる彼女の名前を聞いてそれが確かなことだと理解した。


「世界には大きな魔術組織がいくらかあることは皆が知っている通りだが、同様にNo.0の幹部もまたその魔術組織がある場所に配置が行われ、全部で12の幹部がいるとされている」


 ここまでは全員に共有されている情報と同じ。カラ爺はこの先で語られることにはほとんど確信を持っているものの、蛍火は急に話が変わり困惑するしかない。ただ、確信のあるカラ爺もその事実は嘘であって欲しいと心の底では願っていた。


「日本にはⅠという数字を受けた人物がいると情報が以前からあったが、その正体は雪広総一郎であるということが判明しており、該当の人物は中国での目撃を最後に行方不明となっている……それで良かったかな?」


 突然視線が向けられ、カラ爺は慌てて二つ返事をしてしまう。


「オーストラリアの一件があったり、アメリカでの祭典があったりとNo.0の幹部は次々に減っている。これだけであれば喜ばしいことだが、唯一喜ぶことのできない点がある。…………それこそが現在残っているNo.0の幹部の中に、日本人が未だにいるということだ」


 やはり思っていた通りだ。カラ爺の嫌な予感はここで確実なものとなった。だんだんと体から血の気が引いていくのが分かる。それは、隣にいる蛍火久佐も同じだった。


「つまり、今回総出で捜索することになった雪野白はNo.0のⅣを賜っている。最も目撃例が多く、最も人を苦しめ殺してきた要注意人物だ。日本人であることが分かった以上、我々で責任を持って処罰を下さなければならん。この会議が終わり次第、魔狩師協会と協定を結んでいる組織と連携し、雪野白という女性の情報を全て洗い出せ。話は以上だ。最後に空咲譲、蛍火久佐は残るように。解散」


 他の面々が足早に部屋から出て行くのに対して、二人だけは椅子に座ったまま射貫くような視線を受けて動けなくなる。老人は部屋に三人だけが残ったことを確認すると、ゆっくりと立ち上がり開いている扉を閉め、鍵を掛けた。


 背後から触れられているかのように魔力の圧を感じ取り、その表情すら読み取ることができずに静かに彼が座るのを待つ。時間だけが過ぎ、額に汗が滲み始める。準備を整えたように老人は語るべき真実を問いただした。


「では聞こう。君たち二人は、雪野白とどういう関係なのかを」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 窓の外を眺めて見える景色は壮大であり、波一つ立っていない水平線は圧巻だ。


 目覚めていつも拝むその光景には毎度のことながら驚かされる。こんなことがいつまで許されるのかは自分たちですら分かっていない。ただし、きっと自分たちからやめようと言い出すことはないだろうな、という説明できない自信だけはあった。


「おはようございます」


「おはようメルト。相変わらず起きるのが早い」


「……それはお互い様でしょう。今日の朝食は何が良いですか?」


「そうだなぁ、それじゃあフィッシュ&チップスを頼むよ」


「冗談は頭だけにしてください。はい、準備できましたよ」


 容赦ない言葉を叩きつけたメルトは、机の上にスティック状の食べ物と水の入ったコップを置いた。それを二人はあまり美味しくなさそうにしながら食べていく。


「やっぱり美味しくないね、ここのご飯は」


「いったい南極に何を期待しているんですか? だいたい、ここに連れてきたのは貴方だと言うのに」


 不満を漏らす彼女に答えるメルトの顔はとうに呆れている。見える景色はいつまで経っても変わらない。半年も前からここでの生活を続けている彼女らだが、その理由は”世界に紛れる”ためだった。そのために自らの身の安全も、No.0のⅡという肩書きをも捨てて彼女の隣に立っている。


「そこまで言うなら、南極から出ようか」


「ごほっ、ごほっ! ちょっと何を言ってるんですか?!」


「でも今、南極にいるのが嫌みたいに言ったよね」


「それはそうですけど……」


 メルトは咳き込んだ呼吸を落ち着かせるためにゆっくりと息を吐きながら手にしていたスティック状の食べ物を置くと何を言っているのか分からないといった様子で元Ⅱである彼女を見つめた。


「私の顔に何かついてる? 用があるならちゃんと名前で呼ぶんだよ」


 もの言いたげな彼女の顔に気が付いて揶揄うように言う。すると何かが吹っ切れたようにメルトは彼女を呼んだ。


「リアリス。そう言ったからには応える理由があるはずです。もう逃げられませんからね」


「なぁに。ただ、その時が来たってだけだよ。もうかくれんぼはお終い。ここからは私たちもゲームに参加しないと。賭けたチップが無駄になる前にさ」


 メルトにはリアリスの言っていることはよく分からないが、外に出られるならそれでもいい。ここでの生活が終わると思うと、目の前にある食事もどこか満足できる代物に変わった気がする。とにかく今はただ、あの水平線の向こうへこの足を着けたい。


「そうと決まれば、早速ここを発つ準備をしてくるんだ。私は君のことをずっと待っておけるほど暇じゃないからね」


「本当にどの口が言ってるんですか。それに、そうは言ってもあなたが私を待つのは分かっているんですからね」


 そう言って彼女は自分の部屋に籠って身支度を整え始める。リアリスこそああは言ったが、いざとなれば彼女は一人でも頑張れば大陸に着くことはできるはずだ。それを口にしないのは彼女がその力を嫌っているからだろう。


「さて、私もそろそろ準備を始めないと、メルトが準備を終わらせてきた時に怒られてしまう」


 彼女の予想通りメルトは準備を進めているリアリスがいる部屋の前で大きなため息をついた。それはいつも通りの光景であり、呆れた声音の彼女はただ分かりきっていた光景を眺めているだけだ。


「まったく。だから言ったじゃないですか」


 しばらくしてパンパンに荷物を詰めたリュックを背負ったリアリスが部屋から出てくると、最低限の荷物しか背負っていないメルトと自分のものを見比べる。


「どうやら私は色々とため込むタイプみたいだ」


「今見比べたものを正直に言ってくれるならその荷物を握り潰さずに済みますけど、どうしますか?」


「冗談だよ冗談。旅には笑いあり涙ありって言うだろう?」


「その涙は悲しみとは限らないですよね?」


「まぁ、それもそうだね。ところで、そろそろ大陸との巡回船が出発する時間が迫っているよ?」


 時計を見ると、さっき彼女が言っていた時間はもう10分を切っている。港まで走っていけば間に合うだろうか。慌てた様子でメルトはリアリスの手を引いて玄関へと駆け出した。


「そういうことはもっと早く言ってください! 間に合わなくなるかもしれないじゃないですかっ」


「だけどほら、この荷物だからね。急いで走ると危ない」


 彼女は今度こそ自分の背負っている荷物をポンポンと叩いて走れないことを強調すると、本当に仕方がないと言った様子でメルトは杖を持つとそれを船のある方へと振るった。


 それに呼応して魔術が起動すると、氷の大地の上を覆いかぶさるようにして水のベールのような膜が張られる。それは一瞬にして凍てつく冷気によって凍結されると、彼女は助走をつけて走りながらスノーボードの要領で水で形を保っている台に乗ると形が整えられた凍った氷を滑っていく。


「リアリス。着いてきてください」


「もしかして、私も滑るなんて言うつもりじゃないだろうね」


「何を当たり前のことを言ってるんですか。それ以外に間に合う方法なんてありませんよ」


 メルトの声はどんどんと遠ざかっていく。その間にも彼女は目の前の道を舗装するようにして水の膜で氷を覆うことで次々と研磨したかのような表面の氷の道ができていた。


 リアリスは彼女のように足場を作れるわけじゃない。荷物を一杯にしたリュック置くと、そのまま勢いをつけて氷の道に走り込んでカーリングの要領で滑っていく。必死に荷物がどこかにいかないようにと両手で抑えたままがっちりと抱えると、メルトの背中が見えてきた。


 だが彼女の荷物は大きすぎてそれなりに重さがあったこともあり、勢い止まらず船に直撃しそうになった。このままだと荷物もあれだが、それを必死に抱えているリアリスが吹っ飛んで海に落ちるだろう。南極の海になんて落ちれば即刻低体温症で死んでもおかしくない。


「なんでもう少し考えられないんですか…………」


 メルトは滑らかな氷の道の終わりで彼女を待ち構えるように立つと、抜いた杖を握って振るう。すると彼女はその道の先にあるまっさらな大陸、氷の大地に向かって大きな波を起こしたメルトごと飲み込みそうな浮世絵にでも出てきそうなくらいにきれいな曲線を描いた波。


 それを今度は一瞬にして凍結させてみせた。なんとかリアリスと荷物が飛んでくる前に間に合うと、その曲線になぞらえるようにして彼女は回ると勢いが多少そがれた状態で荷物ごと体を地面にぶつけた。


「いっっっっっったい!」


「自業自得です。早く乗りますよ。そんなことしている場合じゃないんですから。気づかれないでいってしまったら私たち、本当にここで凍死するんですから」


 体中を硬い氷に打ち付けたリアリスは痛みに訴えるが荷物だけを先に持ってメルトは行ってしまう。


 本当にこんな調子で大丈夫なのだろうか。彼女の心には一抹の不安がよぎるが、元Ⅱであるリアリスとは元来こんな人物だ。


 楽しむことをモットーとする彼女は、それを理由にできるならどんな犠牲も厭わない。今はただ、彼女の隣にいて、彼女を守っていることこそがリアリスにできる元Ⅱとしての贖罪だ。


「あとはただただ、Ⅶに出会わないことを祈るだけだね」


 そんな危険を冒してでも南極を出る理由が彼女にはあった。


――第一部、完。—―

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