害悪なる淑女
強敵と思われた手練れの魔術師たちだったが、数の差を埋めきることはできず彼らは敗北を喫した。Ⅸが逃げ切るための時間もある程度稼いだうえに自分たちもⅤから逃げることのできる道を作った。十分にやることができたはずだ。
家接たちがされたように全員が縄で拘束されると、所持していた武器は全て雪広がどこか遠くに転移させられてしまう。身ぐるみを剥がされた状態の部下であろう者たちは有無も言わずにそこに座っている。
「妙に静かじゃないか?」
「確かに。でも仕事に忠実っていうことならこれだけ静かなのはむしろ納得だけどね」
捕まった者たちはしばらくの間物音すら立てていなかったというのに、何かの糸が切れたように突然声をあげて苦しみ始めた。何が起きているのか分からず、マイクラストはその苦しんでいる人の内の一人の肩を揺すった。だが、数十秒もしない内にその男は限界を迎えたようでだらりと体から力が抜けていく。
「おい、起きろ。おいっ!」
マイクラストがどれだけ揺すろうと返事はない。人形のように精気だけが吸い取られているようなそんな感じ。拘束されていた彼らは既に屍の山と化し、拭いきることのできない既視感を体現した人物は笑みを湛えながら姿を見せる。
「やっぱり、みんなみんな栄養になって死んじゃった時の方が幸せそうな顔してる。みんなもそう思うよね?」
どこに行っても現れるその存在に苛立ちと侮蔑が織り交ざったような視線を送るマイクラスト。本体でないことをいいことに、好き勝手言う彼女に怒りをぶつけたとしてもどうにもならないもどかしさは筆舌に尽くしがたい。
「Ⅳがなんでここにいるんだ」
「え~? 私がどこにいるかなんて気にする必要、ある?」
「あるに決まってるだろ。僕はお前の存在を目に焼き付けて消し去るまで追いかけるのをやめる気はない」
「そんなぁ/// 私の事、そんなに好きなんだ」
「このっ!」
Ⅳのふざけた態度にマイクラストは堪忍袋の緒が切れ、手を出してしまう。今はⅤから逃げることが先決。そんなことすら言う暇も与えないほどに彼はため込んでいたその怒りを全て人形にぶつけた。
「仕方ない。雪広、メイニー。マイクラストを援護しよう。スヴィンたちはこのまま東に抜けて、こっちはいざとなったら雪広の魔術があるから」
「でもいいのか。そんな囮みたいな役割」
「気にしないで。私たちの宿敵みたいなものだから。戦うことになるのが後になるか、先になるかだけの話よ」
そう言って先に攻撃を仕掛けたマイクラストに続いて家接と雪広、そしてメイニーが立て続けに攻撃を仕掛け、彼女に反撃の隙を与えない。背中を見せた彼らが振り向くことはもうない。スヴィンたちはその言葉を受け取り、東へと向かいスイスを脱出する。
一方でその場に残りⅣとの戦闘を続行すると決めたマイクラストたちは死した魔術師たちの屍によって活性化された植物を操る彼女との戦いを繰り広げていた。
「やっぱり、今のうちにあなただけは回収しておくことにしたの。元Ⅱみたいに隠されても困るもん」
「雪広」
家接は視線を寄せられるⅣのことなど無視して雪広を呼ぶ。戦いになってしまった以上仕方ないが、真っ向から戦うつもりはさらさらない。できるだけⅤを引き付けたらそのままおさらばするのが一番いい。
「分かってるよ。確かに魔力の反応が奥からする。Ⅳなんかよりもおっきいやつね」
「マイクラスト、分かってる?」
「あぁ。さっきは少しカッとなった。すまん。だが本体じゃないのに用はない。さっさと倒す」
いつものように閉鎖的な空間を作って戦うことをマイクラストはしない。一つ一つ丁寧に彼女が屍になった人達から吸い取った精気で成長させた植物を凍らせ破壊していく。
空に伸びるようにⅣの背後で成長しているあの植物。魔術学園で見たものと同じ。やっぱり人の生命力を使うと格段に成長速度が上がる。
「命芽吹いて、散る際輝く。我が袖降るるは落葉に満ちる。木枯らし吹いてさざめいて。きりきり舞い」
さらに彼女は木に近づけないように赤黄色の葉を風に乗せてこちらに攻撃を行う。一度見た攻撃だからこそ家接がすぐに対応できたが、彼女の魔術を打ち消すためにこっちも相当高位の魔術を使うせいで逆に身動きが取れなくなる。
「これじゃあ相手の思うつぼだな。どうしよう」
「それなら今、逃げたらいいんじゃない? 全員大技撃っちゃって」
木々を巻き込んだ攻撃は彼女の互い位置どころか自分の居場所すらよく分からない程にかき混ぜられる。その隙を見た雪広の魔術で無事戦いからは脱出することに成功し、東へと向かっていたスヴィンたちに追いつく。
「……けっこう走ったんだけどな」
「今回は、追いつくためにしか魔力を消費してないから。これくらいの距離なら4人は転移できる」
自信満々に言うが、実際のところ彼女の魔術はうなぎ登りのように成長している。そもそも一度に転移させることのできる人数は増え、さらにその距離も日に日に長くなっている。そういう意味で言えば、成長度合いは家接と並ぶかもしれない。
「ⅣとⅤをぶつけられたかは分からないけど、このまま東に向かって進めば大丈夫なはず」
「そうね。私の事もどうやら助けてくれたみたいだし、それはちゃんとお礼を言っておかないと」
今度はなんだ。警戒の色を強めた視線が集中線のように彼女の方へと向かう。立っている女性は、初めて見たはずなのにどこか懐かしいような感じがして、警戒していたはずだったのに気づけば気持ちがゆるゆると誰かに解かれているような変な感覚が襲ってくる。
「あ、そうだ。ごめんね。つい、いつもの癖で。私のことがどこか懐かしくなって見ていると心があったまる感じがするでしょ? それは私の魔術なの。だから安心して。スヴィンからは詳しく聞いてないみたいだし、改めて自己紹介しよっか。私はアリス・バウマン。またの名をⅨ。気軽に”アリスお姉さん”って呼んでね?」
まるで心に訴えかけられるような彼女の言葉一つ一つが意思に関わらず受容されていく。それを違和感と受け取ることができない時点でおかしな話だが、どうにも自分でどうにかできるような話でもないらしい。
「えっと、確かこうしたらいいんだっけ? うん。これで直ったんじゃない?」
まるでスイッチが切れたような音が聞こえた気がする。同時に、彼女に対して抱いていた違和感のない違和感が無くなっていく。
「まさか一日に二度会えるなんてな。今まで全く姿なんて見せてこなかったくせに」
駄々をこねるようなスヴィンの態度を見てエマは過去の思い出を、Ⅸがまだアリスという名前しか持っていなかった頃を思い出す。アリスはそれをただただ嬉しそうに見ていた。
「それで、アリスさん。No.0の幹部が僕たちの前にわざわざ現れたのには理由があるんですよね?」
「もちろんっ! 私だって暇じゃないからね。でもどうやって穏便に済ませようかなって考えてたらこんなに時間が経っちゃった」
アリスは視線をスヴィンに一度向けると再び家接へと戻す。
「でもね、祭典にスヴィンたちも参加するって聞いちゃったからさ。そんなところで再開するなんて嫌じゃんか。だから少しだけ待つことにしたの」
「それはスヴィン会えなかった理由では?」
「あ、そうだった! 私がここに来た理由だったね。家接くんはさぁ、No.0に狙われているって自覚はある?」
「……無いって言えば嘘になりますね。僕が行く先々で出会うので」
マイクラストやメイニーも、それに雪広だってNo.0と何かしら関わりがある。狙われている自覚もあるが、それ以上に自分たちはNo.0を追い求めているという自覚も同時にあった。
「つまりそういうこと。私も例にもれず君を狙っている。理由は聞かないでね? あっ、それで敵って決めつけないでね。私はそういうために君を狙ってるわけじゃないから」
「そう言われても、信用はできないですよ。あなたがNo.0である限り」
「なら、逆にお前を捕まえた方がいいんじゃないか?」
「名案ね。四方印、東西」
雪広は彼女の言葉の続きも聞くことなく空間の隔たりの中に捕らえる。それでも彼女は自分の話を聞いてもらおうと必死に訴え続ける。
「ちょ、私の話をちゃんと最後まで聞いて?! 私がⅤから狙われているってことは知ってると思うけどその理由を辿っていくと家接くん、君がその元凶なの」
「アリス、どういうことだ? さっきは僕が狙われるかもしれないって言ってたじゃないか。家接の事なんて一言も言われてないぞ」
「それは……スヴィンが狙われないようにしようと思って。ちょうど捕まってたから家接くんだけは連れていこうとしてたんだけどまさかあの状況から逃げ切る手段を持っていたなんて驚いたな」
スヴィンはアリスの言葉に納得する。なぜなら自分もあの状況で家接たちが拘束から逃れるとは思っておらず、そして追いつかれるとも思っていなかったからだ。
「じゃあ、そろそろ良いかな。もうⅤもⅣもすぐそこまで来ちゃってるし。ごめんね、でもこれで終わりじゃないから。これは始まり。新たな変革のための礎だってこと、忘れないでね」
彼女が指を鳴らすと、スイッチが入ったようにしてさっきの違和感のない違和感を覚え始める。
さらに彼女は重ね掛けするようにして自分自身を囲っていた空間の隔たりに指で何かを描き始めた。その指捌きには迷いがなく、魔法陣ではない何かが生まれた。
「ちょっとⅨ? それは私の獲物なんだから独り占めなんてしないでよ」
「思ったより早く来たねⅣ。後ろにⅤがいたと思うけど?」
「私がいるって知ってロシアに帰っちゃった。どうせいつでも殺しに行けるからだってさ」
「安心した~。それなら私は人形遊びをすればいいだけってことだもん。ね、さっさと倒そう」
書き終えた魔術によって既にこの場にいる全員は彼女の仲間に”為った”。
「もう、しょうがないなぁ。命芽吹いて、散る際輝く。我が袖降るるは落葉に満ちる。木枯らし吹いてさざめいて。きりきり舞い。身体が持つかは分からないけど、出せるだけ本気、出しちゃおうかな?」
純白のステッキを握る魔法少女のなり損ないは、家接に視線を釘付けにしたまま接近を試みる。赤黄色の葉と木々の間を動き回る彼女を精確に狙うことは難しく、攻撃が彼女に届いた頃には辺りは水と氷、炎に斬撃のような風の跡が残っていた。
「ちょっと! なんで痛いことするの?」
「お前が純粋な悪だからだ。それ以上にお前を殺そうとする理由なんかいらないだろ」
人形を壊したからといって、本体が死ぬわけじゃない。明確な敵意がⅣの体を徐々に蝕んで、壊していく。人のように見えるその容姿の下にある人形の部分が見え始め、植物で隠すように補った継ぎ接ぎの体はもはや人であることに意味を見出していない。
「確かにっ! そんなこと言われちゃったら、私何も言い返せないや」
それがⅣの最後の言葉であり、気づいた時には雪広が家接を彼女の背後に転移させていた。振るわれた斬撃は炎を纏って、植物で覆われたⅣの体を火だるまにすると全てを灰にするまで燃え続けた。
さらに徹底的に何も残すつもりはないと言うかのようにマイクラストは灰になったそれを氷漬けにすると、持っている杖で叩き割った。
「天目との一件でⅣの人形が言ったことが正しいなら、残りは一体……」
「まぁ、そう簡単に人形なんて作れるわけもないしそれに、もし簡単にできるんだとすれば一人でこんなところには来ないでしょ」
「Ⅳなら挨拶に来ただけで返り討ちに遭うとは思ってなかったんじゃないかな」
そんな言葉を交わしていると森が突然、自然の猛威を受け取ったように何かを知らせるようなサインを出した。木々が騒めき、眠りについていたはずの動物たちが何かから逃げるようにしてカサカサと音を立てながら動く。
戦いはとうに終わったというのに心が休まらない。一体全体どういうわけなのか。その答えを知っているのは言葉を語れない自然の住人のみ。
再び訪れた静けさはやけに気味が悪く、平和ムードになっていた彼らの心を引き締めていく。
葉が一枚、揺れ動いた。
それは赤黄色であり、Ⅳが用いた魔術の残骸。燃え残っていた枯れ葉のようなもの。記憶しているのはその生体情報のみ。灰も葉も、土も草木も無差別に繋ぎ合わせて完成するのはその姿だけを反映した言葉すら発せない人形。
本気を出すと言ったその言葉通り、力が残っている限り彼女は戦いを終わらせるつもりはない。Ⅳは人数不利などものともしない。先ほど敗北したときと同じように植物での攻撃を絶え間なく行う。
木々の隙間から放たれる蔦が徐々にその数を増やしていき、マイクラストとメイニーが多量に用いた水と氷の魔術で湿気を帯びたそれは家接の攻撃では燃焼にまで至らせることができない。
「……、…………」
Ⅳの人形はその死の際まで徹底的に彼らの邪魔をし続けた。




