襲来に備えよ
アリスから聞いた情報をエマだけでなく、彼女の作り上げた包囲網を展開するために出払った二人にも共有した。”スフィアの僕”のメンバーにはすでにアリスの事は伝えていたこともあって受け入れは早かった。だが問題はそこじゃない。Ⅴの行方を追うための重要な手掛かりは彼女から預かった。あとはそれをどう使うか、スヴィンたちの腕が試される。
「Ⅴが差別を行ったⅨの粛正のために来ているんだとすれば、確実にロシア方面から侵入するのは目に見えている。固めるとすればそっちだな。Ⅸに死んでもらうわけにはいかない。まだたくさん聞かなくちゃならないことがあるんだ」
「分かってるよ。そうだと思ってこっちはもう動いてる」
包囲網を東に寄せるためにそのアンカーを持って移動する二人。しばらくして配置が終わると、水を得た魚のようにわざわざそこに入ってくる強い魔力の反応をエマは受け取る。
「やっぱり来た。マスター行こう」
「ちょ、おいっ! これを解いてから行けよ!」
マイクラストの言葉も無視して彼らを置いていった二人は家を空ける。彼らの魔力が感じられない程に離れたのを確認すると、既に目を覚ましていたのか家接や雪広も体を起こした。身動きを取ることはできないが、紐で縛られているだけなので、やりようはいくらでもある。
「これで切れた。みんな動かしてみて」
家接の言う通り少し腕を動かすとそれはするすると腕から落ちていき、窮屈に縛っていた自分の腕を撫でる。さっきの話は全員小耳には挟んでいたのでスヴィンとエマが東に向かったのは分かっている。だがこれから何をするのかはまだ未定だ。
「なんか、裏切られたみたいな感覚ね。せっかくⅤが来ていることだって教えてあげたのに」
「でも理由があるのはこれで分かった。僕たちは僕たちでⅤを探そう」
「それについてだが、僕は反対だな」
マイクラストはⅤの捜索に対してすでに懐疑的だった。意識が戻りかけていたメイニーとかと違い、マイクラストだけはスヴィンたちの会話を最初から最後まで聞いていた。その話が本当だとするならⅤは自分たちの事を狙ってはこないはずだ。
「ケリンってやつが言ってた懸念は最初からなかった。ならそれをまずは伝えるべきだ」
「マイクラストは命を狙われてるかもしれない人がいても置いていくんだ」
「メイニー、僕はそんなこと言ったつもりは」
「それならここからは別行動だね」
言葉と言葉のぶつかり合い。彼女がここまでマイクラストとぶつかったのを見たのは初めてだ。
少人数で常に動いている”スフィアの僕”がⅤやⅨと接触するリスクを考えれば放っておけないという気持ちはとてもよく分かる。だけど彼らが自分たちと話し合うことを拒否したことがマイクラストは常に引っかかっていた。
誰も何も声を掛けないまま彼女が家を出てしまい、仕方なかく雪広が動いた。取り残された家接と二人になると隠していた本音が漏れる。
きっとそんなことだろうと分かっていた家接は静かに彼の話を聞いた。
「なんでメイニーがあそこまで執着するのかは僕自身が一番よく分かってる。ただ、スヴィンはⅨを差別する者と呼んだ。どうにもその言葉が引っかかる。それにこの状況で一番困るのはⅤとⅨが戦うことになることじゃない」
眠ってしまっている間にそんなことを言ってたのか。マイクラストも色々と悩んだ上でスイスから出ることを選んだのは分かる。そんなことを考えている間にも二人の魔力反応はどんどんと遠ざかっていく。やはり行くしかないか。
だが突然西側から大きな魔力の反応が現れる。確実に一流かそれ以上の実力を持った魔術師だ。
「東に点在してた魔力は陽動で、Ⅴが西から来たのか? このままロシアの方まで追い込むつもりか」
それは流石に距離的にありえないだろうが、確実にⅨとスヴィンを逃すつもりはないらしい。Ⅸが何か知らの方法で魔力探知に引っかからない術を身に着けていたとしてもローラー作戦で片っ端から調べられれば打つ手はない。
こうなればこのまま東に直進してⅤの放っただろう刺客を倒して逆にロシアに向かうのが良い。いくら精鋭のような魔力だからといって、Ⅴに比類するほどの実力ではないはずだ。それなら家接たちにもやりようというものはある。
「マイクラスト、この期に及んで帰るなんて言い出すつもりはないよね」
「当たり前だ。こうなったらつべこべ言ってられないからな。とにかくⅤとその仲間をどうにかするのが先だ。”スフィアの僕”とⅨの事はその後に考えればいい」
家接の言葉も待たずにマイクラストは布の被った大きな杖を背負って通りを走り出す。家接もそれに続いた。風の魔術を利用して追い風を起こすとそんな彼を追い越すようにしてマイクラストの隣を駆け抜けていく。その時に彼の腕を握るとそのまま大きく飛び跳ねる。
「おいっ、落ちる!」
「大丈夫。僕の魔術は風だから」
地面に着地する寸前にふわっと体が浮くように風に包み込まれる。人の目立つ時間帯でやるとあれだが、今はちょうど日が沈みかけていて見通しもあまり良くない。それに上に跳ねた時に二人が大体どこにいるのかも分かった。
「もう追いつく。メイニーに謝るのはまた後で。とりあえずⅤが来たかもしれない事を伝えよう」
建物の屋上を走っていた家接とマイクラストは走る二人の前に飛び降りる。休むことなく走り続けていたこともあり息を整えながら足を止めた雪広とメイニーは歓迎の無い視線を受け取った。
吹き荒ぶ風はマイクラストのしているマフラーを揺らした。
「さっきは言葉が足りなかった。メイニーが絶対に誰も死なせたくない気持ちは分かっているつもりだったんだ。”スフィアの僕”の人たちがⅤに襲われたところでⅨは出てくるだろ? だから死ぬことはない」
だがマイクラストは続けてメイニーたちの背後を指した。
「そう思って僕は引くことを選ぶのが最善だって考えていたが、Ⅴが西から現れたおかげで東のよく分からない魔力に挟まれた。どうやら俺たちもスヴィンたちと知り合ったからなのかは分からないがそいつの目的の対象になったのかもしれないな」
「私も強く言いすぎたのは反省してる。でもやっぱりどうしても魔術学園でのことが忘れられなくて……」
Ⅳの引き起こしたあの死は今もまだメイニーの心を蝕んでいる。そんな彼女が平然と生きていられるのを一番許せないのは他でもない彼女自身とマイクラストのはず。
二人にとってⅤもⅨも全てはⅣへの足掛かり。彼女を倒すためなら手段を厭わないとすらマイクラストは考えているくらい因縁のある相手。だからこそ二人は意見が合わなくても引くことは無かった。
「だからこうして戻ってきたんだ。さっさと倒してロシアまで”スフィアの僕”の人たちを送れば万事解決だろ、家接」
「結局、Ⅴについてあれから全く情報も集まってないし、他の幹部同様に不用意に近づくのはやめておこう。それなら東に現れた魔力の反応をスヴィンたちと協力して倒した方が相手の策を削ぐことにもなるはずだ」
「そうと決まったら行くわよ」
雪広が転移の魔術を起動して、さっきまで走っていたのが嘘かのように一瞬でスヴィンやエマたちがいる場所へと着いた。ちょうど彼女の魔術の届く範囲内だったこともあるが、走りすぎて雪広とメイニーは疲れていた。
「マスター、どうする?」
空間が歪んだかと思った次の瞬間にはさっき拘束しておいたはずの四人が出てくる。自由になっているその手足を見て即座に杖を握るも、誰一人として攻撃の姿勢を見せないのを見ると慌ててスヴィンを呼ぶ。
「なんだ、こっちは今忙しい……って、なんでいるんだここに」
「まずは話を聞いてくれないかな。さっきのだって僕たちの話を最後まで聞いたわけじゃないよね」
「それは悪かったと思ってる。だが僕とエマとの関係が魔術協会を始めとして多くの組織に反感を買っているように見えたのは事実だ。お前達だって僕たちを心の底から信用しているわけじゃないのは分かっていた。だからあんな手を打ったが、話し合えば良かったと言われればそれまでだ」
エマ……すなわちⅨとの関係。それはいくら隠そうとしても隠しきれない刻まれた記憶であり、スヴィンも語らないだけで聞かれればそれを隠すことは無いだろう。
答えを聞けば納得のいく事。最初からスヴィンは敵対関係を作るつもりなんて無いんだ。
「それなら話は早い。西でⅤらしき魔力反応が現れた。どうやってスイスの西側に移動したのかは分からないが、お前たちを逃がすつもりだけは無いみたいだな」
「というわけで、僕たちも同じように挟撃を受けそうになっている。敵味方なんて考える前に、この場を切り抜けるために手を組むっていうのじゃダメかな」
先祖返りの力を解いて了承の合図を待つ家接。差し出された手を握ればさっきの事だって気にしないと言ってくれている。スヴィンはその手を迷うことなく取った。
「さっきは話も聞かずに捕らえたのは悪かったと思っている」
「一度共闘したんだから、少しくらいは信用してくれてもいいんだからね」
すぐに手を離すと、動きを止めずに探し回るように散らばって動いている魔力の反応を確かめる。
「エマ、相手の数と配置は?」
「OK。 北東に3、南東に4で東と南南東にそれぞれ2だね」
「多いな」
アンカーの設置に向かった二人が上手いように誘導をしようとしてもその誘いには乗らず、着々と端から詰めていく。単独で戦闘を始めるわけにもいかないことを相手も分かっているようで、岩のように固まった意志を動かすことはできない。
「このままだと本当に囲まれそう。……西からの大きな魔力の反応を私でも感じ取れるようになったし。たぶんこれがⅤかな? 東に抜けるのが一番手っ取り早いかも」
「ですね。それが良いと思います」
相手はこちらのことを完全に追い詰めなければならないが、こっちはそういうわけでもない。
ただ逃げ切れさえできればこっちのもんみたいなところはある。だがⅨが逃げ切る時間をギリギリまで稼いでおきたいスヴィンはもう少しだけ時間を稼ぐことはできないか家接たちに無理なことは百も承知で相談した。
「今、ⅨとⅤを戦わせるわけにはいかないってことですか?」
「そうだ。まだⅨには個人的に聞いておかないといけないことがある。それを聞くまではⅤに倒されるのも連れされらることも許さない。もちろんタダでとは言わない。僕にできることならなんでもする。この条件で飲んでくれないか?」
「そうだな、ならその条件で協力しよう」
「ちょっとマイクラスト?」
「なんだメイニー。あっちから提案したんだぞ、それを無下にする方が失礼だろ?」
もちろんそんな条件を彼女が飲むはずもなく、もちろんスヴィンへの命令権がマイクラストに渡ることは無かった。それには少し不服そうな顔をするが、今ここで大事なのはそんなことよりも背中を預けて戦うことができるか否かという話だ。
少なくともその点でマイクラストとの祖語は無い。
「あぁ分かったよ。ならさっさと倒してロシアに行くぞ」
背中の杖を持つとさっそく東側から感じる魔力の正体が姿を現した。エマが急いで確認すると、さっきまで距離があったはずなのにいつの間にか自分たちを取り囲むようにして魔力反応が円を描いている。
「これ、一斉に来るよ」
エマが言葉にした瞬間、全方位から魔術かそうでないかに関わらない攻撃が同時に放たれる。すぐに事前に話し合っていたわけでは無いが全員が自分の背中を預けるようにして攻撃を対処していく。
「家接、飛ばすからね」
「大丈夫。いつでも準備はできてるよ」
咄嗟の攻撃は風の刃で防いでいたが家接はすぐに腰に差した刀を鞘から抜いていた。
地形に頼らない相手の攻撃は森の中から放たれるため、実際の位置が把握しづらい。正確な位置が分かっているのは恐らくエマだけでありその伝達手段を彼女は持ち合わせていない。
となると雪広が転移先に選ぶのは、はっきりと相手の位置が分かる場所だけ。スナイパーかなにかの銃口が光るのが月夜の中でも見える。銃が一瞬動いた瞬間を狙って彼女は家接を転移させた。
それに気づいた相手も引き金を引くが雪広に向けて放たれた銃弾は寸前で放たれた矢によって弾かれる。その矢を放った張本人の周りにはすでに矢がいくつも地面に突き刺さっていた。だがそれは単純に彼の命中精度が良くないからではない。
遠距離から攻撃するという自分自身の強みを最大限に生かすための彼のフィールド。近くには毒の花粉が舞い、距離を取れば魔術の刻印された矢が襲い掛かって来る。これこそが彼の得意な戦い方だ。
この場所からでは狙うことができないと移動を試みたが、そこには既に雪広が刺客を放っていた。立ち上がった背後に感じる気配を汲み取って狙撃銃を荒々しく振るうがそれを簡単に躱すとそのまま振りかぶった彼の体をそのまま木に押し付ける。
「動かないでください。抵抗しなかったら僕も何もしないので」
どうやら彼には耳が無かったようだ。狙撃銃を捨て去ると身をよじらせて拘束を抜け出し、袖の中に隠れていた拳銃を握りしめて構える。
「それはこっちのセリフだ。抵抗せずに武器を手から離せ」
家接はゆっくりと相手の方に向きを変えるとそのまま握っていた刀から手を離す。それが地面に落ちると相手が目で追うと背後から体勢が崩れるほどの突風が吹き荒れた。当然銃口は家接からずれる。
それを確認した家接は地面に落ちかけていた刀を再度握り、崩れた体勢の中で握りしめている拳銃だけをピンポイントで狙って真っ二つに斬り落とした。その際、刀の振るった軌跡にあった髪が斬られて落ちる。
「再度忠告します。次は髪だけじゃ済みませんよ」
家接は本気だ。それを感じ取った相手は覚悟を決めなければならないと、木々の中に消えるように敵前から逃げるということに恥も躊躇もなく走り出した。




