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アンハッピー・アライブ  作者: 八千夜
10章 Ⅳに誘って

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208/212

大志を抱いた少年と

 ”スフィアの僕”とⅨとの関係は切っても切り離せないもので、その発端はスヴィン・ライナーという少年とアリス・バウマンという少女によって紡がれたものだった。齢20のスヴィンにとって彼女との記憶はその後の人生を左右するには容易なくらいに強烈な記憶を残し、そしてまるでそれが自然だったように彼女は忽然としてその姿を消した。


 それでもスヴィンは目を瞑れば昨日の事のように彼女との日々をアルバムを捲って語ることができる。いわば”スフィアの僕”は彼の思い出を絶やさないようにと作れらた組織と言っても過言ではない。だからスヴィンは家接の質問にすぐに答えることができなかった。彼らの中に少なからず疑念が残されている中でのその意味のある沈黙は振り払われるはずだった気持ちを再び思い起こさせるには十分だった。


「もしかしてⅨと関わりがあるなんて、言うつもりじゃないでしょうね」


「そんなわけっ…………」


 エマがすぐに反論しようとしたが彼女もまた、スヴィンとアリスとの関係はよく知っている。その後に彼女がⅨになったということも当然知っていて、言葉が出てこない。二人して返す言葉もないとなるとそれはもはや白状しているのと同じに家接たちには映る。


「どうやら、関係があるみたいだな。となるとⅤがこっちに来たのも理由がありそうだ」


 最後まで信じていた家接も、弁明の声の無い彼らを庇えるほどの自信を持つことができなくなっていた。理由があるのは彼らの反応からして明らかだが、それとこれとはまた別の話。家接の立場は当然ながら雪広やマイクラストの意見へと傾くのは自然な話だ。


 エマが噤んだ口をまた開こうとしたが、今度はスヴィンが手で静止する。それはスヴィン自身が全てを語るということの証明であり、決して逃れることはしないという彼の覚悟をも表していた。だがそれは話せば長くなる話。スヴィンは彼女との記憶を思い出しながらかいつまんで四人に話す。


「まず、僕たちはⅨともⅤとも同盟のような関係はおろか、連絡だって一度として取ったことは無い。だけど僕がⅨと深い関係にあったというのはその通りだ。Ⅸは確かに、僕の幼馴染だ」


 その告白は余計に彼への疑わしさを増すような発言。その後に続いた弁明も家接たちは正直に信じてしまっていいのかすら分からないままスヴィンの言葉を聞き続ける。やがて彼自身が言っても無駄だと分かったように口を噤むと、嫌な空気のまま沈黙だけがやたらと長く引き伸ばされていく。


 だけど黙っていても話は進まない。一度四人だけで話し合いを行い、彼らを信じるか否かという話し合いを行った。当然だがスヴィンたちと手を組むというのに反対だという意見の方が多かった。微かに信じていた気持ちを持っていた家接ですら裏切られたという感覚が反対の意見へと後押ししていた中でふとメイニーがこんなことを話した。


「私は、スヴィンさんたちを信じても良いと思っています」


「メイニーお前っ」


「最後まで私の話を聞いてっ。…………もちろん三人が彼らのことを信用できないのは分かります。けど、誰だって好きでNo.0と関わっているわけじゃないと思うんです。ここで仲間のことを出すのはずるいと思っていますけど雪広さんだってNo.0の幹部の子供なのに、ただ幼馴染なだけで信用できないっていうのは間違っていると思うので」


 隣に雪広がいる前でそれを言うのがどれだけ勇気がいることだったのかは、たとえ気心知れた関係だったとしても測り知ることはできない。そしてそれは全員を納得させるだけの理由だった。今一度冷静になって考えてみよう。そんな考えがみんなの中で巡り、最終的には彼らの事を信じてみることにした。再び家の中に入るととてもじゃないが自分たちが寝食を行っている場所とは思えないほどに沈み込んだ様子の二人が椅子に座って、冷めきった珈琲を前にして家接たちが戻ってくるのを待っていた。


「心は決まったみたいだね」


 顔を上げたエマは、以前戦った時のような純然な笑顔を思わせないほど暗い。だがすぐに何かのスイッチが切り替わったかのようにして彼女の顔が明るくなっていく。声を掛けようとする家接のその口はエマの急襲によって塞がれる。全員が息を飲む暇もなく二の句を継がせないようにと彼女はハンカチを次々に口へと運んだ。


 目で追うことすら難しいと思えるのは速さだけではない。


 彼女は口を塞いだその時に一緒に睡眠薬を入れていた。その手際の良さで四人を眠らせると、再び静かになった部屋の中でエマは何事も無かったかのように朝食の続きを始めた。


 それを見ていたスヴィンはエマによって端に横にさせられた彼らを見ながら残りの朝食を食べ終わる。スヴィン自身も止めようとして言葉が出なかったのは、やっとⅨに迫れるかもしれないという今この時に来た彼らが、自分たちの邪魔をするかもしれないと頭によぎったから。


「ごめんスヴィン。あんまり怒らないでよ」


「いや、エマは悪くない。躍起になって探している今は誰にも邪魔をさせるわけにはいかないからな。悪いけど四人にはここで大人しくしてもらおう」


 レミスとサラが日がな一日のように雑談を交わしながらノックもなく入ってくる。部屋の片隅に寄せられた眠りにつく家接たちが真っ先に目に入り二人に何か言おうとしたが、まるで何事も無かったかのような振る舞いに言葉も出ず、せいぜいがいつものように振る舞うことだった。


「そうだ、昨日言ってたⅨの動向は掴めたんですか?」


「それなら少しだけ。人づてに聞いたことも含めれば上々って感じだね」


 一瞬スヴィンの視線が倒れている四人へと向いたが、最初から見ていなかったみたいにスヴィンはエマがあらかじめ印刷して机に置いていた紙を一枚ずつ取る。黙読する中で疑問に浮かぶことはいくらかあるものの、それ以上に目を惹くものが下の余白に書き足されていた。


「これはなんですか。Ⅴについてというのは聞いたことが無いですけど」


「当然だが、No.0の幹部は何もⅨだけじゃない。よく分からないけど、ロシアにいたはずのⅤがこっちに向かってきているみたいなんだ」


 眠っている彼らから又聞きした話をそのまま流用するスヴィン。最近は取り憑かれたように血眼になってⅨの情報を探し求める日々を送っていた彼にとって想定外の刺客というのはあまり快いものではない。


 それがNo.0の幹部ならなおの事。まさに魔術界を変革させると言っただけはあり、常にNo.0はトラブルメイカーとしてその名を馳せていた。


 その中で唯一魔術界に関わらず世界に影響を与えていないと”思われている”のがⅨであり、その管轄とされる北欧もまた最近まではあまり動きがないために平和とまではいかないが激動とも言えないくらいの時間の中で生まれた組織の長であるスヴィンにとってこれほど箸にも棒にも掛からない状況なのは初めてのことだった。


「困ったね、どうするマスター?」


 いつもの調子に戻ったエマはスヴィンの事をマスター呼びする。


 こんな風にして方針を決めるのはいつものことだ。だが今回は外から紛れ込んできた怪物がいる。そもそもなんでスイスなんかに来ているのか、それを聞いておけば良かったな。


「今回の方針は簡単だ。Ⅴがどこからか知らないが来たと分かればいくらアリスは必ず動く。そこを狙って接触を試みればいい」


「なるほどね。それじゃあとりあえず包囲網だけ展開しておく?」


「あれで一度も引っかかったことがないから意味は無いと思うけど、Ⅴもうそうなるとは限らないしやっておいてもいいかな」


「それじゃあ俺たちはすぐに準備してきます」


 話をしているうちに、深い眠りについていたはずの家接たちから視線を感じてそっと振り向く。確かに視線を感じたはずなのに誰として目は開いていない。


「エマ、視線を感じなかったか?」


「え? …………まぁ、感じたって言われて思い出したらそんな気もする気がするけど。もしかしてもう目が覚めたの?」


「確信は無いけど起きてる気がする。この中の誰なのかは分からないのが困るところだけど」


「結構吸い込ませた気がするんだけどなぁ。まあいいや。こういう時は全員脱がせていけばいいんだよ。じゃあ最初はこの大人しそうな子からにしようかな」


 エマが身ぐるみを剥がそうと近づいていく。静かに衣擦れの音が耳元で響いた。誰のものなのか分からないそれは、目を開ければはっきりと見ることができるのに。


 容赦なく次々に服を手に取る音が聞こえてくる。どうにも我慢できなくなった、ただ一人目を覚ましたマイクラストは諦めたように呟いた。


「もう良いだろ、起きてるのは僕だ」


「あ、やっぱり? 服を脱がせるって言ってからずっとどこか心配そうにしてるの感じてたから」


「…………性格が悪いと顔に出るぞ」


「大丈夫、顔に出ててこれだから」


 満面の笑みを見せられてマイクラストはそれを拒否するように顔を逸らすことしかできなかった。


 マイクラストが目を覚ましたことはスヴィンたちにとって都合の良いことだった。一人椅子に磔にされて口だけが利くことのできる状況になる。まさか目が覚めただけでこんなことになるとは思っていなかったので、最悪のモーニングコールではある。


「それで、何が聞きたいんだ?」


「Ⅴについての情報をっ」


「勘違いしてるかもしれないが、俺たちは一度もⅤに会ったことはない。だから言わせてもらうが情報なんて一つも知らないんだよ」


 エマが言い切る前にマイクラストは責め立てるように答える。こんなことをしてしまった手前、協力関係など築けるはずもない。完全に彼らがⅤについての情報を持っているという前提で動いていたのが間違いだったか。


「仕方ない。四人はこのままにして探しに行こう。ロシアから来たっていうことだけは幸い分かっている。だけどまずはエマの術式だけは起動しておくか」


「だね。ついでに見張りもできるし一石二鳥じゃん」


 しばらくして二人の携帯がほとんど同時に鳴る。それは術式の準備ができたことの連絡であり、このスイスの大きな街を覆うほどの魔力感知の包囲網を起動したことの知らせに他ならない。だんだんとエマの魔力が肌で感じられるほどに溢れてくるが、これは地面にいつの間にか浮かび上がった魔法陣を正しく起動させるためのもの。


 彼女はこの魔法陣の中にいる限り、大小関係なく範囲内の魔力の流れをエマは地図を介することで視覚的に捕らえることができるようになる。


「でもそれには弱点があるってこと、知ってるのかなぁ?」


「ん、どういう意味?」


「私みたいな存在は気づいても気づけないっていう弱点だよ~」


 スヴィンの目が見開かれる。驚きで開いた口は塞がらず、さりとて体を動かそうにも脳が命令をすぐさま出すことができない。


 自然な会話をしたエマですらその存在が自分の”記憶”にないものだと気づかないままで、だけどどうしてか懐かしいと心が弾むような嬉しさが満ちていく。


 おかしなことにそれは会話をしていたエマだけでなくマイクラストも同様の感覚を得ていた。一人取り残されたスヴィンはその効用を得ることができないのではなく、与えられていない。


「どうしてここにいるんだ」


「え? なんでそんなことを聞くの?」


「だって、お前は、お前は。お前が……………………いるのはおかしいことなのか?」


「そうだよ。ここは私の家なんだから、私がいておかしなことってある? 無いよね、スヴィン」


「あ、あぁ……。そうだな」


偽りだったとしても、それはスヴィンの望んだ結末。与えられて受け入れられないはずがない。自身の心が正しいと訴えるその答えに抗えるほど人は強くなかった。だからこそ、そんなことが起こるかもしれないと見越していたスヴィンはとある魔術を仕込んでいた。


「…………久しぶりアリス」


「どうしてわかるの?」


「いったい僕がどれだけアリスを探してどれだけ対策を練ってきたと思ってるんだ。…………それに、僕に魔術のなんたるかを教えたのは他の誰でもないアリス、お前だ」


 そうだ、そうだった。忘れるところだった。


 ここにアリスが居ていいはずがない。この空間にいる彼女に違和感を持てと、自身の否定と書き換えられた心のせめぎ合い。傍から見れば何をしているのかすら分からないだろうその様相もスヴィンからすれば戦いだ。


「それで、5年もどっかに姿を消してたのに急に現れてなんのつもりだ?」


「やっぱり怒ってるよね。それについては謝るよ、ごめん。けど今はⅤがここに向かってるからそういうわけにもいかなくなったから」


「そこまでⅤは危険なのか?」


「確かに危険だけど、Ⅴのいう危険っていうのはそういうことじゃない。Ⅴが目的としているのは簡単に言えば差別する者への粛正。私の行動はⅤの目に触れてしまったの。だから私と一番関係の深いスヴィンは絶対に狙われる。だから私は今日スヴィンに警告をしにきたの。お願いだから絶対に死なないでね」


 裏切りとはどういうことなのか、それを彼女に問いただそうとしてもすでに彼女の姿はここにはない。扉が閉まった瞬間に、アリスに抱いていたあの奇妙な感覚は消えていき、それまでまるでどこかに意識を飛ばされていたような状態だったエマは自分が何をしていたのかすら分からないままさっきの会話の続きを始めた。


「ねぇ、スヴィン聞いてるの?」


「もちろん聞いてる。だから改めて方針を出すぞ、Ⅴの狙いが分かったからな」

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