ここ掘れワンワン
この下に何かがありそう。その考え自体に代わりはないが作業は思ったよりも地味だ。とにかく硬い地面に覆われているためメイニーの魔術でまずは地面にを水浸しにする。それから拾ってきた枝でがりがりと削っていく。到底魔術師の集まりのする作業じゃないと思いながら黙々と進めていく。
「地味だな」
「こういう作業は楽しくないですか? 私は好きですけど」
淡々と石板の周囲を型を取って全容が見えてくる。思っていたよりも大きな石みたいで、その上には木が生えているところもあった。これを全部排除して石を剥がすというのはあまり現実的じゃない。横穴を掘るなんて方法もあるかもしれないけど、なんにしても時間がかかる。できるだけ急いだほうが良い今はもっと効率的な手段を探すべきかもしれない。
そんなことを考えていると、雪広が深刻そうな表情をして森の奥を見ていたので家接は思わず声を掛けた。だが深刻そうな表情が晴れることはない。抱え込むようにして頭を悩ませている彼女を見て何かがあったのだというのはすぐに分かった。
「どうしたの雪広。そんな顔して」
「誰かが私のアンカーを壊した。たぶん、もうこの結界の中に入ってる」
やっぱりこの結界内にいなかったのか。だとしても魔力の反応は…………ある。なんで今まで気が付かなかったんだ。結界に阻害されてたからか? そんなことを考えている猶予はとうになくなった。ここを呑気に掘ってなんていられない。
「どうやら来たみたいですね」
誰かということは分からないが確実に言えることは雪広の術式を壊して入ってきているんだから善悪で分類するなら悪の方が来たと考えればいい。ローズの提案で雪広とマイクラストは外の警戒、家接とメイニーで石板を掘り起こすのを進めることにした。自信が無いままに水浸しになった地面を風が渦巻くスコップを形作って掘り起こしていく。強化された身体能力も相まって掘るスピードは凄いが体中が泥まみれになるのを防ぐために常に体に風を纏わせるなんてことをしたせいで掘っている場所が全く見えない。
「これ、本当にあってるのか?」
確信を持てないままにひたすら掘り進めていくが一向に何かが見つかる気配が無い。自分の体が完全に石板に隠れたくらいになって初めて掘り起こしているスコップの感覚が軽くなった。スコップを手から離すとメイニーが流し続けている水が流れ落ちる音がその先から聞こえてくる。
家接が石板の横から顔を出すと、ローズがそれに気が付いて家接の堀った穴の中に入ってくる。自分の服が汚れることなんて躊躇せずに中へ中へと進んでいこうとする様子はまさに探検家そのものだ。家接が最初は見間違いだと思っていたがローズがライトを照らさずとも中の様子を確認できる。中にはさらに道が広がっているみたいで一人でローズは先に進んでいってしまう。
「ちょっ、ローズさん?!」
家接の呼びかけに気づかないまま彼女は一人で奥へと姿を消してしまった。仕方ない、家接はメイニーを呼んで追いかけるように中に入ろうとするが彼女はそんな家接を止めようとする。
「大丈夫。二人ならローズさんを戻って来させるまではここには近づけさせないはずだから」
「…………そうですね、今は行ってしまったローズさんを連れて戻って来る方が大事かもしれません」
意を決したみたいでメイニーも家接と一緒に石板の下へと入って切り開かれた道を歩き始めた。水浸しになった地面は歩くたびに雨の日のような音を発し、進む足を諌めてくる。ローズさんはそんな忠告を無視して進んでいくのだからさすがだなと思う。
家接が掘ったのと同じようにして穴が広がっているだけだった洞窟も気づけばどこか舗装されたようにきれいになっていて、さらに進むと四方が石で囲われた立派な通路になる。コツコツという靴の音が奥まで反響しているような気がするが少なくともローズさんの足音はここからじゃ聞こえてこない。それにしても長い道だ。シンプルな造りだった石畳も模様や装飾が付け足されていて終わりが近づいている気がするが道の終わりはまだ見えない。
警戒をしながらも急いで進む二人に言葉を交わすほどの余裕はなく、刻々と変わっていく道の変化に目をやっている暇もない。一直線の道にもやっと終わりが見えた頃になってローズの声が聞こえてくる。
「急ごう」
何を言っているのかはよく分からないが彼女が叫んでいた。石畳に響く二つの足音はだんだんとその音が頻繁になって道の終わりまで走り切る。道が終わるとまっさきに見えてきたのは何かを偶像崇拝していうるようにして安置された像が置かれていた。それを見上げるようにして立っているローズは信じられないものを見たかのような表情で前後左右からその様子を写真に収めていた。その姿はまさに記録科の名に恥じないものだろうが、チームワークという意味では褒められたものではない。
「ローズさん、何してるんですか!」
「あ、すみません先に行ってしまってっ! まさかこんなところがあるとは思っていなかったのでつい興奮して色々と先に記録を取っていました。よければ見ますか?」
すでに彼女は何百枚という写真を撮っていたが、その像の前に置かれている聖遺物らしきものには手を触れていなかった。さすがのローズでもそれを一人で勝手に触るリスクは理解していたのが救いか。部屋には独特の雰囲気が漂っていて、置かれている聖遺物のようなものが原因なのは明らかだ。
「この聖遺物、私見たことあります」
「僕には見てもさっぱり。有名なものですか?」
ローズは慎重にそれを観察するが簡単に手に取ろうとはしない。まずはやはりそれが何かというのを確認することが大事だと言ってしばらくその聖遺物を見ていたがやはり最初に見た時からの予想は正しかったらしい。彼女は今度こそ、それを慎重にハンカチでそれを持ち上げた。
「この後ろの女神像のようなものがヒントです。そしてこの首飾り…………恐らく名前なら聞いたことあるはずですよ、フレイヤの首飾りという名前で」
確かにそれは聞いたことがある。フレイヤという名前も、女神だということくらいは歴史に疎い家接でも知っているくらいには有名な神の一柱。それを前にして恐れ多いという思いや偉大さというものを感じることは無かったが、そこから放たれている独特の魔力というものが神性を帯びているというのはなんとなく分かる気がする。
「これでひとまずここにある聖遺物は確保しましたね。あとは、侵入者から逃げるか排除するかしてこれを魔術協会まで持ち帰るだけです」
家接の目には奥にも道が見えているが、今はそこを捜索する暇は無い。一刻も早くここから離れて別の場所を捜索しているケリンさんに連絡をしてこっちに来てもらわなくてはならない。やっぱり携帯が圏外になっているのは痛いところだ。
「待ってください、揺れてませんか?」
真っ先に入口へと向かおうとするローズを見て何かに気づいた様子でメイニーが彼女を止めた。静かに止まった二人は自分の体が小刻みに揺れているのを肌で感じる。彼女の言う通り揺れていることは分かったがその原因が分からない。日本のようにプレートの境界の上に陸地があるような場所ではないので頻繁に地震が起こるような場所ではないため大きな地震という線は限りなく低い。
「もしかしてこの首飾りを持ち出したからですかね?」
一種の防衛機能をこの洞窟に仕込んでいたとするなら、この洞窟がいつまでも安全に地中に埋まっていたというのも理解できる。それはこの神聖な場所を守るという目的だけでなく、訪れる人々の安全を守るためでもあるということなのだから。だがそうだとするなら、この場合置いていくのが正解かと問われれば、そうとも限らない。
「…………しまった、雪広たちとの連絡手段が無いんだったのを完全に忘れてた。外から来たのがただの盗賊とかならいいんだけど」
あくまでそれは願望であり、そうじゃない可能性の方が高いことは重々承知している。わざわざ彼女のアンカーを壊していくのがただの魔術師なわけがないんだから。焦っている気持ちは体を急かそうとするが、ここはただの洞窟じゃない。すでにその認識は神を祀った神殿へと移り変わっている。
そうなった時点で三人は下手なことができないという精神的制約が施されてしまった。今でさえローズはフレイヤの首飾りを背中のリュックにしまっていることにとても緊張しているはずだ。自然とその脚は未踏の地である奥へと向かってしまう。
「僕が一番前を行きます。もし僕に何かあれば全力で戻ってください。もちろん、僕もこんなところでやられるつもりはないので全力は尽くしますけど」
それでも何があるのかなんて僕らには分かりようもない。外へと繋がっていることを願って進むしかなかった。外では何が起こっているかなんて三人は知らないままに…………。
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「何か反応は?」
「無い。あんまりしたことないんだ、雪広がやった方が良いんじゃないのか?」
「もしこっちまで来た時の逃げる先を探してるからムリ。この辺りから見える安全そうな場所ってあんまり無いのよね」
辺りを見回してみるが樹海に覆われていて奥に見えるはずの峰が全く顔を見せることがない。かといって不用意に空中に転移でもしたら外から来た来訪者に目を付けられるかもしれない。さっきのアンカーを破壊した人がこっちに向かっているのは間違いない。こっちの位置がばれるのは避けたいのと逃げるための場所を確保したいという気持ちが雪広の頭の中でせめぎ合う。
それに、さっきから様子の見えない三人のことも気になる。魔力でだいたいの位置が分かるからたぶんやろうと思えば無理矢理転移させられるけど、目的のものを手に入れたのかどうかが気になって簡単にそうすることもできない。やっぱり電話ができないってかなり手痛いなと改めて感じる。
完全にマイクラストが周囲に水の結界を貼り終えたところで雪広とマイクラストはとある変化に気が付いた。あれだけ温暖で樹海の中と言っても安定した様子だったこの結界に変化が訪れ始めていた。ゆっくりとそれはまるでこの地を侵食していくようにして二人だけでなくこの森そのものを襲っていく。
「なんか、肌寒くなってきたわね」
「確かに妙だ。……やっぱり地下に行った三人に何かあったんじゃないか?」
そうかもしれない、と雪広が返事をしようとしたところで状況は一変した。まるで世界がその存在を慌てて知らせるかのように氷のように冷え切った風が北東から吹いてくる。風向きなんて関係ない、自分の道こそが正義だとでも言いたげな機嫌の風は二人が後ずさりをするほどに強く吹き荒れた。
やがてそれが収まったかと顔を上げた二人の前には、さっきまで遠くに感じていた魔力がこちらにものすごい勢いで、それこそ風のような速さで迫っているのを感じ取った。それは魔力の探知に疎いものだったとしてもはっきりと分かるほどに。
「マズいぞ。この勢いだと簡単に結界を越えられる!」
「それなら二つ目の結界でも貼って! 私は三人を一か八かで転移させてみるからっ」
時間は無い。そうして焦る感覚が腕を鈍らせていく。自信がないと言っていた雪広の策は功を奏せず、転移した空間から出てきたのは数枚の石畳と削り取られただろう岩だった。ここ一番という時に失敗するなんて。マイクラストの張っていた結界を容易に超えた存在は一直線にこちらに向かってくる。
「準備はできてる?」
「…………当たり前だ。家接とメイニーがいなくてもやれるところを見せてやるよ」
雪広はシャッターを斬る準備を既にしていて、マイクラストも自分たちを取り囲むようにしていくつもの魔法陣を既に描いている。仮にどこから攻められたとしても対応できるはずだ。
いとも簡単にマイクラストの水の結界を突破した何者かはその足を止めない。まるで警戒心が無いかのようにマイクラストの魔術の射程に入ってくる。それを確認したマイクラストは魔術を起動して相手を自分のフィールドに引きずり込んだ。
「来たぞ。まだ顔は見えないが、もう見えるはずだ」
「ん、了解」
しばらくして人の影が木々の隙間から見えてくる。雪広は相手が何かを仕掛ける前にシャッターを斬って先制し、同時にマイクラストはいつものように水圧の檻を作り上げた。だが中から聞こえてきたのは、どこか聞いたことのある声だった。
「おいっ、おいっ! 俺だ俺! アメリカで会ったことあるだろ、ケリンだよ」
慎重に水の帳を降ろすとひどくやつれたケリンの姿があった。彼は草木の生えていない二人のいる場所まで来るとかなり疲れた様子で地面に腰を下ろす。その手には伝言か何かなのか、封筒が握りつぶされていて、話すことすら億劫になったケリンはそれをマイクラストに渡した。
ぐしゃぐしゃになったそれを開けて中を確認する。どうやらそれは彼の部下から受け取ったもののようで走り書きではあるがそれでも丁寧に書こうとする努力が垣間見える。
「なるほど。つまり僕たちがここに来たのは杞憂だったってわけだな」
「…………そうでもないな」
「どういうこと?」
気だるげに座り込んでいたケリンが立ち上がると深刻な顔で二人に告げる。
「ここに来なかったということは、他の場所に現れたってことだ」
そう。魔術科の人たちの捜索の範囲を逸脱した場所にⅤは突如現れた。まるで最初からこちらが動くことを知っていたかのようにして。だがしかし、それでも彼の歪んだ正義は執行を続ける。
「お前ら、今すぐにスイスに向かってくれ。最悪の場合あのスヴィンとかいうやつの作った組織がⅤに消されるぞ」
歯車の動き出した彼の征伐はもう誰にも止められない。




