樹海と神殿
「まるでファンタジーだな」
樹海の中を進んでいる中でマイクラストは思わず呟く。高低差がかなりある中でふと開けたところから覗く自然の景色は彼がそう呟くのも頷けるほどに広大で世界そのものが自然に飲み込まれたのかと錯覚するほどだ。
「中々開けたところに出ないですね」
「とりあえずこのまま上まで向かって開けたところがなかったら、念のための拠点を作っておいても良いかもしれないかな。とりあえず日暮れまでには決めきりましょう!」
そのまま足場の悪い樹海を進むこと1時間弱。ここがどのあたりなのかを知る手段は時折その木々の隙間から覗く景色だけ。少しづつではあるが上へと向かっていることだけはかろうじて分かった。すでに足はパンパンになっていて、ローズはあれだけ華奢な体なのにタフだということがよく分かる。
「あっ、開けたところが見えてきましたよ!」
崖の先端のようなところに出ると広がっていた樹海を一望することができた。どうやら雪の積もっていない何かしらの魔術の影響を受けた範囲は思っていたよりも広いみたいで、少なくとも見通せる先に少しだけ雪が積もった場所が見えるくらいには自然が広がっている範囲があった。
「これ、もしなんかの影響があって雪が降ってないなら中心の場所を見つけないといけないですね」
「雪広が転移してる一瞬で見るとか…………なんでもないです」
「私はドローンじゃないから。それより家接ならどうにかなるでしょ。ほら、風を操って空飛んだりできないの?」
「僕をなんだと思ってるんだ…………とりあえずやってみるけどあんまり期待しないでよ」
やっと休憩できると思ったらまた何かしないといけないなんて。いつも雪広が文句を言っている理由が少しだけ分かったような気がした。なんとか魔法陣を描き終えて術式を展開してみると、リフトのように上へと向かう風を生み出すことには成功した。それは良かったが上へあがった後の対処法は残念ながら無い。
「というわけだ。今度こそ雪広、頼んだよ」
「結局私がすることになるわけ? …………まぁこの高さから万一落ちたら確実に死ぬか。やってあげるんだからもし途中で動物とか襲ってきたらどうにかしてよ」
それくらいならやるよと言うとやっぱり不満そうな顔をして彼女は風の中に飛び込んだ。だんだんと体が浮き上がって足が地面に着かなくなると彼女の眉間によっていた皺は無くなって、むしろアトラクションに乗ったかのような楽し気な笑顔を浮かべる。
「これ、かなり広い。中心は……あそこらへんかな」
そう言ってだいたいの場所を把握した雪広は風から弾かれて落ちる寸前に印を結んで四方印で四人の背後に転移する。一応、魔術が使えないかもしれない可能性を考えて助け出せるようにと準備をしていたけど、杞憂だったみたいだ。
「正直、魔術師の反応が全くないのがすごく気になるけど場所は大体把握した。もしかしたらこの雪を溶かしている原因がそもそもこの範囲内の空気中の魔力を認識できないようにしているのかもしれないけど」
ある意味で自分の霧と同じようなものか。だとするならどこから魔術師が現れるかも分からない。そういう聖遺物を狙っているのが自分達だけじゃないということは意識しておいた方が良いとローズからも気を緩めないようにと言われる。
考えてみれば当たり前か。神話に出てくるような聖遺物があったとして、それがあるかもしれない場所があるのに探そうとする人が一人もいないわけがない。徳川埋蔵金が全くのでたらめだと言い切らずに探す人がいるのと同じだ。
「でもこれ、どうやってあそこまで行くの?」
雪広がだいたい中心地だと思った場所は崖の下も下も下。かと言って今来た道をまた戻って探そうと思って辿りつけるようなところではない。それに戻ってしまえばまたあの雪の中で山道を歩くことになる。そうなればその聖遺物があるかもしれない地点を調査するのに辿りつくだけで数日以上かかる。
「さすがにロープが届くわけもないか」
持っていたロープを取り出して崖から垂らしてみるがこんな長さじゃ10本あっても足りない。さてどうしたものかと色々と試すが結局頼れるのは雪広の魔術だ。
「なんでまた私が…………」
「なら僕の魔術でやってみるか。メイニー」
「どうしたの?」
呼ばれたメイニーは崖を見ていた顔を上げて首を傾げた。マイクラストが手招くと立ち上がって考えを聞くと理解したようで杖を取り出すと崖の先に杖を突くとそこから水が溢れ出る。丸を書いた円の上に置いて術式を起動させたためそこには何の指示もない。ただただ水が噴水のように溢れるがそれが向かう先は崖の下。滝のようになったそれをマイクラストが凍結させていく。
「見える世界は傾いて、止まる世界に気づけない。砕けて散るのは血と命。氷纏、空殻」
水源から水が凍り始めると下へ下へと伸びるその水を追いかけるようにして氷が氷柱みたいに伸びていく。そして最終的にそれは地面と崖を繋ぐ一本道を作り上げた。
下に繋がる道ができたのは良いものの、どうやって降りるんだ? という疑問が全員の頭に浮かんだ。もちろん滝が完全に凍り付いてしまったことで庇になっていた部分が絶壁になったのでさっきよりは幾分もましだが、普通に落ちていくだけなので何の助けにもなっていない。
「…………本当はすべりだいみたいにするつもりだったんだがな」
「たぶんそれができたとしても崩れるのがオチだったのでしょうがないです! それより、せっかく下に行けそうな場所ができたんですから利用しない手はないですよ」
意外と毒舌だなと思うも、完全に彼の案を否定したわけじゃない。この氷を上手く使う方法が無いかと考えてみると意外と思い浮かばないものだ。家接がひとまず捻りだした案はあまり安全なものとは言えなかったが実現できるかと言われればその可能性は高い方だった。
「僕の魔術で風の刃を作り上げるからそれをこう、ブーメランみたいに打ち出して氷に突き刺して足場にするのはどうかな」
「そんな死と隣合わせの足場を降りていくくらいなら私が全員を下まで送るわよ」
「それなら、家接さんがみんなのぶんの風の刀を作り上げて氷に突き刺しながら落ちていくのはどうですか?」
メイニーの案はありかもしれない。多少の危険はあるかもしれないが、これで下の方まで行くことができるなら最悪落ちたとしてもそこから地面に転移するのは雪広の負担も少しは軽減できる。問題はこの高さから降りることを躊躇しない勇敢な心があるかどうかということだ。
「まぁ、普通に考えたら私と家接が最初よね。絶対失敗しないでよ」
「もちろん分かってるよ」
風で作り出した刀を五、六本近くの木に刺して自分と雪広にも一本ずつ手に渡るようにする。これを実体化させ続けるというのは意外と胆力がいるが、家接がしなくてはならないことはまだある。万が一手から刀がすり抜けて空中に体が投げ出されないようにできあがっている氷に向かって常に強風を吹かせる必要があった。
準備の整った二人はしっかりと風の刀を強く握ると崖に向かって飛びだした。そのまま一直線に落下していく二人は風に押されて自然と氷にその刀を突き立てていく。風の魔術によって切れ味が増しているそれはいとも簡単に氷に突き刺すことができるがそれが仇となって全く体重を支えることができずスピードを保ったまま下に下に落ちていく。
「まって、これ本当に止まれるの?!」
「ごめん分からない!」
「ちょっと家接っ!」
そんなことを悠長に言っている暇は無い。地面は着々と迫っているのだから。
とりあえずさっき雪広に使った魔術をもう一度使えないかと空いている片方の手を地面に向かってかざしながら魔力を手に集中させる。さっきのとはクオリティが比べ物にならないほど劣っているがひとまず地面から上へと向かう風を生み出すことには成功した。少し弱弱しい気もするがこのまま飛び込むしかない。自分の方の風の刃だけ、さらに魔力を流し込んで切れ味を増すようにするとちょうど雪広とは一人分くらい空いた距離になった。
腰に携えている本物の刀の方を取り出すと家接は氷に突き刺していた刀を離すと思い切り角度をつけて下に投げる。風で押されたこともあって踏み場を作ることができた家接は折れるかもしれないことなんてないという信頼を持ってその刀を思い切り蹴りつける。その衝撃で氷を砕きながら地面に向かって落ちていくがおかげで家接の体は上へと飛ぶことができた。
「雪広!」
彼女を呼ぶとちょうど家接が飛んだ場所と重なる魔術を解いて雪広を抱えるとそのまま自分が下になって風が吹く場所へ体を投げ込んだ。完全に落ちてくる家接たちを受け止めることはできなかった風だったが下にあった樹海の茂みがクッションになったことでなんとか無事でいられることができた。
「…………良かった。雪広、怪我は無い?」
「まぁなんとか。っていうか全然受け止めきれてないじゃないあの風」
「僕も色々魔術に意識割いてたし仕方ないよ」
でもひとまず良かった。彼女の無事が確認できたところで上から手を振っているメイニーたちに返事をするように手を振る。同じ要領で自分たちの経験も活かしたことで全員無事に下に来ることができた。
「結果良ければ全てよし、っていうことで良いよね雪広」
「そうね。それより先に進んだほうが良さそうだし。もう日が沈むんじゃない?」
スマホを見るとそろそろ日が傾き始める頃合いだ。そして相変わらず電波は圏外のまま。これは終わるまでカラ爺には連絡はできそうにないな。ひとまず雪広の記憶を頼りに樹海の中を進む時間がまた始まる。先頭がローズじゃなくなっただけで進みはだいぶ遅くなる。
実際、これくらいの方がいいなんていうのはローズがいる前では言えないが休憩も多いのでさっきよりも疲労感はあまりない。時折枝を折って目印にしながら進んでいるが今のところ迷っていることもなさそうだ。
「そろそろ中心に着くころだと思うんだけど」
「なら、もう一回さっきのやればいいんじゃないか?」
平気でそんなことを言い出すマイクラストに一言物申そうとしたがその前に彼女は開けたところを見つけてしまった。何か言いたげなのを我慢しながらそこに向かうがそこはちょうど半径10メートルほど植物も何も生えていないだけでその上は周りの木々から生えた枝葉が伸びて木でできたかまくらみたいな状態になっている。
「不思議な感覚がする。これってやっぱり魔力なのかな」
「分からないですね。地下に何かがあるからここだけ植物が生えてないのかもしれないですよ」
「この樹海の中から探すのか? また時間がかかりそうだな」
日が暮れることを心配しているマイクラスト。確かにそろそろ、と思って時計を確認して顔を上げるだがさっき見た時と木の隙間から見える太陽の位置は変わっていないような気がする。試しに家接は上空を覆っている枝葉を選定して日が通る様にすると日時計のように剣を突き立てた。
「やっぱり」
「どうしたの?」
「いや、さっきから太陽の位置が変わってない」
「結界内という可能性はこれでほとんど確信になりましたね! でもそれだとどこかで休憩がいると思いますけど」
このまま時間感覚が狂ったまま作業を続ければどこかで体の方がガタをいわせる。ここは潔く仮眠でも何でも取った方が良いというのがローズの意見だった。それに反対をするものはいなかった。メイニーとマイクラストで家接が剪定してしまった日が通る部分に庇を作ると警戒を交代で回しながら全員が仮眠をとる。
「家接、交代の時間よ」
肩を優しく叩かれて目が覚める。あまり眠っていないはずだがよく眠ったような気分だ。目覚めも良くすぐに交代できた。やっぱり太陽はずっと同じ場所からこちらを覗いている。
「後はローズさんが休んだら下へ続く道を探しに行く予定みたい」
「なるほどね。ちなみに雪広はよく寝れた?」
「なんで? でもなんかいつもより寝てないはずなのに妙に体の調子が良い気がする」
「雪広もか。僕もそんな感じ。なんか体が軽くなったみたいな気分だ」
ローズも一時間もしない内に目が覚めていたがまるで7時間ぐっすり寝た時のような起きようだったので引っかかったが別に悪いことでは無いのでさして気にすることなく下へ続く道の捜索を始めることにした。樹海の中を調べていくのは少しだけ大変ではあるが地面を掘り起こせるような方法も無いんだから仕方がない。だがいくら探してもその入り口なんてなく、時間だけが過ぎていく。
「近くに魔力の反応はあるんですけどね…………」
ローズは困ったように呟く。近いの遠いなんて感覚はどこかもどかしく、これだけ探しても見つからないのもまた神話の遺物という神秘性を含んだものということであれば自然と納得できてしまう。
「おい、これなんだ?」
下に続く道を探し始めてからどのくらいたっただろうか。マイクラストが何かを見つけてみんなを呼ぶ。彼がいたのは生い茂る木々の間だったが、足元をよく見ると草や土に埋もれてよく見えないが石のようなものが敷かれていることに気が付く。
「分からないけど、何かありそう」
やっとのことで手掛かりを一つ見つけたが、まだまだ道のりは遠そうだ。埋まっているその石を見ながら全員がそう思った。




