死の真相
一人の少女が敗北を認めたことが皮切りになったようにして、三人も徐々に戦いの勢いを失っていき最後には若い男が雪広に完全に抑え込まれてしまったことで戦いは終わりを告げた。崩壊した建物の真ん中に纏めて拘束された四人は戦意はとっくに無くなっており、これから尋問が行われるとはつゆ知らずと言った様子に見える。
「あんだけ大見得を切っておいてこのざまとは笑えるな」
「確かに。そう言われると返す言葉も無いなぁ」
どうやらマイクラストの煽りは全く効いていないようで、むしろ捕まっても平然とした態度を貫くことができるのは何か意図があるのだろうか。その真意を今から問いただすことになるわけだが、ここはあまりにも目立ちすぎる。拘束されているのは承知の上で老婆に先ほどの結界を貼る様にお願いをすると、若い男の方を見るが彼が静かに目を瞑るだけ。それを肯定を捉えた老婆は杖を握ると地面に魔法陣を描いていく。もちろんその間、変なことをするか六人に見られているためにおかしなことはできない。できあがった魔法陣を展開するとゆっくりと瓦礫の山になっていた建物が上書きされていって先ほどまであったもとの建物の様相を作り上げていた。
「これでゆっくりと話ができそうですね」
「そんなに聞きたいことがあるのか?」
「当然です。魔術協会に建てついたこと、魔術協会が許しても私が許さないですからっ!」
ローズさんってそんなキャラだったっけ。さっきまでそんなことを言っていなかったので急に魔術協会への忠誠心を見せつけられて困惑するが、次の瞬間には彼女はケロッとした顔をしてまるでさっきの発言が無かったかのようにして若い男の持ち物検査を突然始めた。するとズボンのポケットから家接や雪広が見慣れたものを目にする。なぜならそれは象徴と証明であり、それ以外では決して見ることのない代物だから。
「どうしてその懐中時計を持っているの?」
「なんで見なくてもいいものを見るかなぁ」
見られたくないものとはどういうことか。さらに問いただすも彼はそれ以上口を開かない。残念ながらここには本物の尋問官はいないためこれ以上の追及をしても意味はないと質問をやめる。ローズがその懐中時計を確認するが確かに他の懐中時計同様に術式は刻まれているらしい。だが懐中時計はⅧがあの時に持ち去ったはず。だとすればそれは一体誰のものなのか。
「もしかして、Ⅴの部下だったりしますか?」
それに対して若い男は答えない。ここはロシアの管轄。”永久凍土の仮宿”のアナスタシアさんが言っていたようにⅤは今も精力的に活動していると聞く。その部下がロシアの各地にその網を広げていてもおかしくない。だが”クォデネンツの守り場”というロシア最大と言われている組織にNo.0の幹部の部下がいるとは。改めて考えると、なぜか疑問に感じていないことが一つある。
どうしてここがロシア最大の組織である”クォデネンツの守り場”だと思ったのかということだ。そもそも四人でこの広大な土地の支配権を得られるほどの影響力を持てるとは到底考えられない。しかも実力としてはこの六人と拮抗する程度。とてもじゃないがにわかには信じることができないというのが内心抱いている家接の気持ちだ。そう思っては確かめずにはいられない。家接は若い男に尋ねる。
「そもそもあなたたちは”クォデネンツの守り場”の人達なんですか」
「なんだ、鈍い奴ばっかりじゃないんだな。もちろん”クォデネンツの守り場”に属してはいるが、今はそれ以上にⅤ直属の部下として活動している。だからお前らの言ってたⅠについてだが、こんなところに来たのは見当違いだな。生憎だが俺たちは何も知らない。が、Ⅷからの伝言は預かっている。左胸ポケットの裏にある封筒を持っていけ」
ローズが言われるがままに彼の体をまさぐると、そこには確かに封筒があった。ここで開けてじっくり確認してもいいが今は目の前の彼らの問題解決が先だ。Ⅴの部下だと分かったことで彼らを野放しにすることは一層無理な話になる。ローズは魔術協会に連絡を行い、アリエスは本当の”クォデネンツの守り場”である組織の長に連絡を試みた。だが、その長が連絡に出ることは無い。まるでそれを知っているかのように笑う男に向かってアリエスは剣を突き付けて語った。
「何か知っているようですね。洗いざらい教えてもらいましょうか」
「…………残念だが、答えられないな。俺たちは全員ミトラの書でそう契約させられてるんだ。無理矢理口を開かせても吐く前に死ぬね」
すでに口止めをされているということか。No.0についての情報が目の前にあるというのに、そこには錠前が掛けられていて外すことができないなんて。もどかしい気持ちが抑えれらないが、ミトラの書は絶対。その原本がない限りどうすることもできない。
「そうするとあなた達からは何も話せないと。では、ここにいた”クォデネンツの守り場”の人たちはどこに行ったんですか? こんな規模の組織では無かったはずですよ」
「もちろんそれについても答えられないな」
「これはダメですね。情報価値は彼らにはありません」
剣をしまってアリエスは諦めたように吐いた。ローズの方も連絡が済んだようで数日もすれば魔術協会から人が派遣されて来るそうだ。
こうなると、残された手掛かりは一つ。男が渡してきた封筒だけになる。それを開いた中には一枚の便箋のみ。そしてそこに書かれている文章量も二行程度しかない。本当にⅧが自分たちに向けて残したものなのだろうかと疑問に思っていたが、書かれている内容を見ればそれがⅧからのものだとすぐに分かった。
「ということで久しぶりね。残念だけどⅠの遺体とやらはここにはないわ。だって、彼はまだ生きているんだから。だから彼に会える場所を特別に教えてあげる。来年の年の瀬にイギリスの時計塔に来なさい。そこで彼の全てが決するはずだから」
こんなところで彼女からの予言がもらえるとは思ってもみなかったが、これではっきりしたことが一つある。まだⅠは存命であり、その日に何かが起こるということ。だがそれは恐らくⅣとの決着についてだろう。
「来年の年の瀬…………。でも生きてるなら良かった」
雪広はそれが知れただけでも良かったのだろう。安堵の息を漏らして便箋を封筒に戻す。遠回りにはなったのかもしれないけど結果的に得られたものは大きかった。だがアリエスはまだ引っかかることがあるらしく拘束された四人を見ている。
「どうしました? 気になることでもあるんですか」
「…………少しだけね。この人たちが表向きは”クォデネンツの守り場”を名乗っていて、魔術協会とも連絡を取り合うことができていたということはつまり”クォデネンツの守り場”はⅤとの繋がりを公認したということになる。それはNo.0に反対している魔術協会から情報を抜き出したりできるってことにならないかしら」
「あり得ますね。それでNo.0の情報が最近彼らが派手に動き出すまでほとんどなかった理由にも納得できます」
ローズはおもむろに家接たちの方を見る。どうやらまだ彼女は調査をご所望のようだ。雪広たちの方を見るとどちらでもいいといった様子だ。なぜならⅧの予言によってⅠとの再会の日付は定まった。これ以上”クォデネンツの守り場”を求めてロシアを走り回る必要は無いからだ。
「普通に考えたら日本に帰った方が良いんだと思う」
「けど、ローズさんにはここまでガイドをお願いした借りがあるわけだしもう少しだけなら調査を続行してもいいんじゃない?」
どうやら全員の意見は既に一致していたみたいだ。こうして”クォデネンツの守り場”探しの旅は継続することになったわけだが、そうなると問題が一つ浮上する。むやみやたらにこのロシアという広大な土地を探し回るのはあまりにも時間を無駄にしている。ここは一つ、それを解決するために重い扉を開けるべきだ。
「そう思いませんか、導主?」
「そう言われてもね…………。僕もそうしたいのはやまやまなんだけど、頂主が頷かないことにはどうにもならないからさ」
「でしたら私が直接掛け合っても良いですか?」
「それはちょっと困るかな。…………いや、一度掛け合ってもいいかもしれない。”クォデネンツの守り場”については黒い噂が絶えなくてね、協会の方でも何度か対処の要請がされているんだが脅威ではないと無視されていた。他国の情勢というこもあるが、No.0が関わっているとするなら今の頂主なら話を聞いてくれるかもしれない。僕も同席しよう」
「本当ですか! では早速戻ります」
何やら電話口でこちらが介する前に何かが決まったらしい。ローズは早速帰る準備を整え始める。どうやらアリエスにここの事後処理をお願いするようだ。
「別に構いませんよ。なんせ”極北星下”は年中予定が空いていることで有名ですから」
自虐気味答える彼女だったが、実際のところは研究ばかりを行っているという意味だろう。本当なら魔術協会の人たちが来るまでここで彼らを見張っておきたいところだが時間はそこまであるわけじゃない。それに彼女の実力であれば安心できるということもあって早々にこの場を離れることになった。
「ではまたどこかの機会があれば会いましょう」
アリエスさんとはこれでしばらくのお別れだ。また会うことがあるとするなら、それは一体どこだろうか。そんなことを考えながらイギリスへと向かう飛行機に乗り込む。今回は予め着いてからダウンしないために雪広は酔い止めを買って飲んでいた。
その飛行機の中、右を見ると酔わないようにとアイマスクを被って眠りについている雪広がいて、左を見ると何やらパソコンの画面を凝視して固まっているローズの姿があった。理由はよく分からないがかなり焦っているように見える。家接はこっそりと画面に映っている内容を見てみたがどうやら車? についてのことらしい。そういえばあの車、確か魔術協会から借り受けたものだったような気がする。
どうやら責任は彼女が負うことになったみたいだ。頭を抱えながら文章を考えている彼女を見ていると不憫で仕方がないので僕もここはゆっくり休むことにしよう。家接はアイマスクをつけて目を閉じるとあっという間に夢の世界に誘われていった。
いったい夢の世界で何を見ていたのかは定かではないが目覚めはまるで雲に揺られるハンモックから飛び降りた時のような身軽な心地が体中を満たしていた。端的に言えば気持ちのよく起きれたということだ。
それなりに長いフライトだったから、乗っている間に言い訳が固まったようでローズのあの絶望的な顔はきれいさっぱり無くなっていた。魔術協会にも以前のように徒歩ではなくタクシーで向かう。その道中で聞きなれていない導主と頂主についての説明を受けた。どうやら頂主というのが魔術協会全体の長という扱いであり導主というのがそれぞれの科、ローズさんであれば記録科という分類された科の代表としての役割を持っているようだ。
「でも安心してください。頂主はそこまで怖い人……じゃないですから!」
なんか今、間があったな。魔狩師協会……というより僕の周りにはそこまで怖い人という印象を抱く人があまりいないのでイメージがつかないが、トップの人が持つ謎の威圧感のようなものなら想像に難くない。頂主の部屋は時計塔のごくありふれた一室にあった。中では連絡を受けてなのかこちらを出迎えてくれる。
「遠路はるばる日本からようこそ。ロシアにも行っていたようですし温かい紅茶でもまずは飲んでください」
入って早々に出されたのは湯気が立ち昇り鼻孔を通り抜ける香りが広がる。ローズさんが言っていたような人ではない紳士的な男性が出てきたこともあって最初こそ特に何も思っていなかったが、話がアイオーンのことになると彼は態度を一変させた。
「まさか、アイオーンのライブラリを閲覧したいという要望でここに来たのですか?」
「はいっ。導主から聞きましたよ。アメリカの祭典ではNo.0の壊滅に向けて動き出すことにするって」
あれだけ弱弱しく見せておいて随分と肝が据わっているなと導主であるレイモンド・クリスタには感心したが会議の内容を他言するのは良いことではないなと最終的に彼の評価は下がる。
「残念だが、アイオーンのライブラリ閲覧は許可できない」
「なんでですか?」
「理由は簡単だ。現在、アイオーンのオンライン版というものの開発を進めている。これは魔術師協会とそれと同盟を結んでいる組織間でアイオーンのライブラリの中から共有しても情勢への変化が見られない情報のみを抽出して配信するという試みだが、これによって現在アイオーンの中の蔵書の見直しが行われている。そして今、これは記録科でも導主と至者の数人構成で行っている。これは情報漏洩対策も兼ねているのだ。少なくとも”クォデネンツの守り場”を探すためというのであればも少し妥当性のある話を持ってくることだ」
男はそう簡単には許さないという態度で五人の顔を伺う。まぁ当然と言えば当然だ。あそこはその歴史は千年単位に及ぶと言われている図書館。いわば時計塔の魔術の研鑽がそこにあると言っても過言ではない。それこそ記録科の導主兼アイオーンの管理人である導主が来ないことにはどうにもならないだろう。
ローズは導主を置いて先に来てしまったことを少し後悔していたが、その後悔は叩かれた扉の方を見てすぐに吹き飛んだ。
「はぁっ、はぁ……。ローズさん。あれだけ一人で行くなと言ったじゃないですか」
「導主!」
「なんだ、レイモンド・クリスタには話を通していのか」
自分の名前が呼ばれて彼は気を引き締める。
「はい。どうぞ、もう少しお話をしましょう頂主」
どうやら、まだ巻き返しの可能性はあるみたいだ。




