偽悪の代償
「ちょっと待ってくれよ。僕達、何もしてないだろ?」
「今さら弱音を吐くんですか? でもそれなら残念でしたね。手遅れですよ」
アリエスの魔術によって現れた羊毛が消えつつある中で、空に響く彼の声は命乞いをしているようには聞こえない。一軒挟んだ建物から見上げるようにこちらを見る四人からは殺気が全く隠れていなかった。それにさっきからこの建物の周りにあの中性的な人の放った脚がこちらを取り囲むようにしている。
「我が眼に映りし奔流、其の瞳に現る幻像。記憶は形となり嘯くは意識のみ。吾の深層に沈みし心根に従い、雷鳴轟く凶槍を示せ」
しばらくするとローズの魔導書は宙へと浮かんで頁が風に吹かれたようにパラパラと開かれていく。そしてとある場所で止まったかと思うとその魔導書がゆっくりと光を発しながら形を変えていき槍へと至った。彼女の手に握られている槍は、コイルのように電気が漏れ出ていて、ローズが持っているとまるでそれを持たされているようにも見えてくる。大槍は投擲の構えをするとその先にバチバチと危険な音を発しこれでもかと殺意を高めていた。
「これは全面戦争というやつかな?」
「今更手遅れですけどね」
それをひょいと持ったローズが槍を四人に向かって投擲すると、それは手から離れた瞬間に明らかに槍の挙動が変わった。まるでそれは剛腕の投擲手のように、機械から発射された砲弾のように直線に沿って解き放たれていく。
「避けろ!」
言うより早く、体も槍も動いていた。衝突の瞬間に雷鳴のような音と振動が一帯を襲う。避けた四人は体を地面から離したことで隙ができ家接たちはそれぞれに狙いをつけて攻撃を開始した。最初に姿を消したのは若い男だった。雪広が逃げる方向を先読みして四方印で空間の歪みを生み出したことでまんまとそこに入っていった彼はその場から雪広と共に姿を消した。
「当然、指揮しているやつを真っ先に追いやるじゃろうな」
「それなら残念ね。正解はこうよ」
雪広の声が老婆の背後から聞こえてくる。咄嗟に振り返ったがそこに雪広の姿は無く、理解が及ばないでいると上からは落ちて来る若い男の姿。それに気を取られている間にマイクラストの魔術によって一人だけ高い水圧の壁に阻まれて外とは断絶された状態に陥った。
「さて、こっちも相手をしてもらおうかな」
「…………はなからそのつもりだ」
眼帯の少女の攻撃は先ほどから鋭く一歩でも間違えれば喉元を狙われてしまうような一撃を繰り出し続けている。アリエスの剣捌きには余裕こそ感じるものの家接と張り合っていればきっと技量だけでなら上回っているだろう。火花が散るかと思うほどに何度も剣が交えられ、彼女の剣にだけ集中するわけにもいかないアリエスは足元を迫る脚の動きにも気を張りながら動いていると、突然その脚があっという間に全てなくなった。
それはつまり誰かがそれを排除したか、術者が魔術を維持できないような状態に追い込まれているということになる。そして、今回の場合は両者だった。ローズは擲った槍が手元に戻ったことを確認すると再びその槍で狙いを定める。
彼女の攻撃によって四人のいた建物は遂に息の根を止め、跡地には瓦礫だけが積み上がっている。老婆の作り上げた上塗りされた結界は跡形もなくなり夜の街でどちらも好き勝手に戦っている状態だ。
「…………やってしまいましたっ! 後で導主になんて説明をしたらいいのか」
今回はNo.0と接触しない限り戦闘行為を魔術協会として行うことは禁止するとの旨を導主からメールで受け取っていた。すでにそのメールに対して返事もしており、控えめに言って彼女に言い訳の余地はない。だがそれも戦いの記録があればの話。ローズはこの戦いを隠蔽することにした。すでに覚悟の決まった少女はとにかく彼らを排除するためにと動き出す。
「その脚、出すのやめてくれたりはしないんですか?」
「…………」
そこに返事は無く、ただ被っているフードをさらに深く引っ張りこちらを睨みつけていた。性別すら分からない相手の開いた手を見ながら足元の影から伸びる脚や腕がこちらを狙う。迎撃をしても無限かと思わせるほどに影から再生するそれは術者本人を止めなければならないことの裏返しである。
「知りませんからね」
迫る影の脚を踏み台にして風に乗った家接はかなり距離の離れていたその相手に一気に近づく。だが背後から迫る10の腕が術者を守ろうと家接に襲い掛かった。家接の刀はいとも簡単に腕に押さえつけられると、そのまま押し倒されて手足を縛り付けていく。思った以上にその力は強く先祖返りの力を解放した状態でも10本の腕とあっては簡単に振り払うことができない。
気づけば地面に倒された家接の視界からは無数の脚と光る腕が見えていて、手にしていたはずの刀は相手のもとに渡っている。これはあまり良くない状況かもしれない。ゆっくりと近づいてくるその足音に家接は魔力を集中させていく。タイミングは相手が刀を振り上げる瞬間、その時に自分を中心にして風を起こせば体勢が崩れる。そこを狙って刀を奪い取る。
脳内でのシミュレーションは完璧、後はそれを実行に移すことができるかどうかだ。ちょうど家接の頭の上に相手が来た。刀を振り上げるその瞬間に旋風を巻き起こした。
「ヒンメルエルデ・ベハーシャン」
家接を中心として引き起こされた風の渦は手足を握っていた脚や腕を引きはがすように風で引っ張っていく。即座に起き上がると奪われた刀を取り返すよう手を伸ばしたが、完全に体勢が崩れたわけではなく足で踏んばっていた相手に逆に腕を斬られる。
「ダメかっ」
風の渦巻く外側に逃げるも追ってくる相手。逃げた先にいるのはアリエスと眼帯の少女。突然隙間に入ってきた家接を見て互いの攻撃は一瞬止まるも、眼帯の少女はすぐさま家接に攻撃を開始する。それがアリエスの剣と重なりなんとか討ち死には避けられた家接だったが、まずは刀を取り返したい。
「アリエスさん、少し手伝ってくれませんか?」
「あ、私もいますからねっ!」
槍を手に持ったローズもこちらに来る。言いながら槍を投げて来るのはどうなんだ? 雷槍を避けるとその軌道上は焦げたような跡がつき対立する者同士の境界線となった。この中で一番殺気高くいる眼帯の少女はやはり人が集まった程度では攻撃の手を止めない。
「あの人が一番危険では?」
「同感です。私が抑えるのでその間にもう一人はどうにかしておいてください」
「承知しましたっ! 行きますよ家接さん」
ローズが手を握るとそこにはまた雷槍が戻ってきている。魔術を使用している間は何度でも再利用可能なのか、だとすればかなり強力だが…………。相手の放った脚がケタケタと所かまわずにまるでとある虫のように動くのに対して腕の方はやはり術者からはあまり離れようとしない。
「ローズさん、あの腕をどうにかできたりしますか? 刀だけは取り返したくて」
「任せてくださいっ! 私、前に立つのは苦手ですけど時間を稼ぐのだけは得意なので」
彼女がその雷槍を地面に刺すとそこから電子回路のようにして地面を伝った雷が狙い撃つようにして一帯の脚を全滅させるとその雷は収束して今度は腕を足止めするために伝っていく。その一筋として家接も相手に迫るがそう簡単に懐には入らせないと初めて扱ったとは思えないほどの刀捌きに驚く。
「千景を照らせ。一の心剣」
彼女はずっと羽織っていたはずのコートを脱ぎ捨てると、隠れていた体が露わになっていく。手袋をしフードを深く被って肌色など何も見えないような彼女の格好から一変、そこに見えるのは慎ましくも確かにある胸元を開けた服だった。彼女はそこに手を当てるとゆっくりと引き抜く動作を行っていき、艶やかな真紅の色をした刀が現れる。
相手が女性だったのにも驚いたが、それよりも驚くべきはその刀。まるで血の精霊の先祖返りであったコロネイアの力のようだ。両刀使いになった彼女に恐れるものなどあるはずもなく、いとも簡単に家接の足を止めた。これでは家接でも近づくことは容易ではない。
「それなら、こっちも真似するしかないね。風纏い、風靱」
吹く風が家接の方へと傾いていくと、風が段々と刀の形を模すと風の流れが目で見えるほど凝縮された刀が完成する。これで対抗手段を得た家接は安易に相手に飛び込むことができるようになった。とはいえ、彼女の取り出した武器にどんな性能が施されているのかは警戒する必要がある。
「錬炎、悉く燃やし尽くせ」
風の中に入った一筋の灯は一瞬にして循環し、刀を赤く燃やしていく。腕が再生し、それを雷が貫き動きを止めるのを確認した家接は遂に彼女の懐へと入り込むために走り出した。両手に刀を構えた相手は家接から奪った方の刀をブーメランのようにして投げつけると、自ら出した真紅の刀を鞘に戻す動作を見せる。この距離で抜刀するつもりなのか?
まだ距離にして10数メートルはあるはず。あの長さの刀で届く間合いじゃないはずなのに。だがその斬撃はいとも簡単に家接にまで届く。まるでその刀の長さが変化したように心臓を的確に狙った一撃をなんとか受けきることができたがそのまま剣圧に押され体が地面を転がった。アリエスがその弾かれた隙を補うようにして剣を振るう。
「今のはどういう原理かな」
「…………教えない」
だろうね。教えるわけがないのは分かっている。ローズさんの魔力もいつまでも持つわけじゃないし、早くこの人を倒さないと。家接は投げられた自分の刀をなんとか手に取ると、今度は家接が二刀流となって彼女に襲い掛かる。
抜刀の構えをさせなければさっきの一撃がくることはない。一定の距離を保ちながら連撃を繰り返していく。魔力で生み出されている刀だからこそ、そこには限度というものがあるはずだ。なにせ彼女はすでにその刀だけでなく脚と腕どちらもフルで展開しているのだから。あちらも短期決戦で済ませたいことには変わりない。少しづつ後ろに歩いていく背後にはアリエスが眼帯の少女の相手をしている。だが、今が転機と見たアリエスは一振りで彼女と周りに展開されている脚を全て斬ると家接に正面を向けて背後のがら空きになった少女に迫った。
「「もらいました」」
確信に満ちた声が二つ同時に響いた。なぜなら、それこそが彼女の狙いだったから。家接に刀で押された勢いのまま右に払うと体勢を崩した家接がそのまま前のめりになって倒れていく。そのまま振り向く姿勢で鞘に仕舞うモーションを作り上げると背後に向いた瞬間にちょうど抜刀の構えを取れる。こちらに向かってきているアリエスはすでに攻撃する状態に移っていた。
対するアリエスもわざわざ背中を開けているのだから狙われない自信があるということはその背中から伝わっていた。だからこそすでに予備プランを仕込んでいる。剣の刀身の中央に刻まれている刻印に自らの血を指でなぞると短い詠唱を行う。
「我が裏命は我が手足。現れよ、転陽臨みし影法師」
現れた影は姿形を同じくして二手に分かれると少女に斬りかかる。これで終わらせるとローズも精一杯槍から雷を放ち脚と腕を押さえつけていた。となれば彼女は同時に二人を斬らなくてはならない。
「寄る辺を知らず、果てを知らず」
距離と魔力はまだある。あとはタイミングを見計らわないといけない。家接の攻撃を受け流して振り返ったその一瞬。その視線はめまぐるしく動いて二体の人型を捉えたことで一瞬混乱するも悩んでいられるほど彼女に余裕は残されていない。すぐに自らの魔術によって生み出されたその刀を抜く。
「流るることこそ其の定め。堕ちろ、星屑の雨」
アリエスの詠唱が終わる瞬間もほぼ同時だった。さっき建物を破壊したいくつもの拳程度の石が構えを解放しようとしている彼女の上に降り注ぎ、アリエスは剣を振るう。これで実質三地点からの攻撃となり、そうなればさすがに避ける方法はない。というよりきっと上から降り注ぐ石にはまだ気づいていないはずだ。
抜刀の瞬間にいち早く気づいたアリエスは影と共にその攻撃を受けるが、それがちょうど石の降り注ぐ範囲から彼らを出した。それによって上からの攻撃に対応することのできなかった少女は家接と共にその瓦礫の下敷きとなる。巻き込まれるとは思いもしていなかった家接だったが、攻撃に転じていた少女とは違い自衛をする猶予があったため攻撃に移せる距離にはいたものの自分の身の安全を優先して被害を最小限に留めるために動いた。
「なんかまだ会って間もないのに人遣いが荒い気がする…………」
アリエスさんはてっきり見た目通りの温厚な人だと思っていたが、その認識は少し改めた方が良いのかもしれない。山積みになった石を斬り刻んで外に出ると脚や腕はどうやらこの魔術と一緒に埋められてしまったみたいで、術者もこの中ということで新たに現れることはない。
「酷いですねアリエスさん」
「ごめんなさい、でもタイミング的にこうするしかなくて。それにあっちは怒り心頭みたいだから」
余裕のない様子で迫って来る少女を相手にアリエスは再び戦いに繰り出されていく。二人は大量の石によって埋め尽くされたその山から相手が出てくるのを待つが、中々その姿を見せない。
「これで倒せましたかね?」
「どうでしょう。半々だと思いますけどね。でも出てきた瞬間を次は捕らえられるはずですから任せてください!」
ローズのすでにその雷槍を片手に握っており、やっぱり何度見ても殺意が高いなと思う。影は彼女の足元へと戻り、後は彼女が出て来るのを待つだけだが一向にその姿を見せない。まさかこのまま石に当てられて死んでしまったのだろうか。そう思うくらいにはびくりとも石が動く様子がない。
「私の、負けです」
代わりに聞こえてきたのは弱弱しく敗北を認める女性の声。見ると三人が集まっていたのとは反対の方向に上半身だけが這い出た状態の彼女の姿があった。




