運命的なランデブー
アリエスの運転によって冬の夜を抜けていく。遂に運転から逃れることができた雪広は後ろの座席でのんびりとした時間を過ごしている。それを見ていると何か気に食わなかったのか、不機嫌そうな顔をしてこちらを覗きこんでくる。
「何? 私に言いたげな顔をしているけど」
「いや何も無いよ。今まで運転を任せきりにしてたからありがとうと思っただけだから」
「え、あっ、そういうこと…………。それなら日本に帰ったら運転の練習付き合ってあげるわよ」
「うん。お願いしようかな」
気づいたら雪広は目を瞑って顔を隠していた。日本で過ごしていて、こんな光も何もない道をライト一つで進むなんてことはほとんどない。慣れた運転をしている彼女だからこそ安心して眠りに付けるというものだ。気が付けば丑三つ時になる頃にはみんな眠ってしまっていて、彼女はダイヤルを少しだけいじると、子守歌のようなラジオを流した。
不安を抱えていたアリエスはそのラジオを聞いて気を誤魔化していた。正直なところ、彼らだけで”クォデネンツの守り場”の問題を解決できると楽観的には考えていない。彼らもあくまでⅠの死の真相を確かめるためであると明言していた。この辺りで自分たちも棚の上に置いていた問題を解決しないといけない時がやってきたのかもしれない。
「困ったな。こんな時こそいてくれれば良かったのに」
弱音のように漏れたその声は眠っている家接たちには届かない。その言葉を忘れたように彼女はまた夜の道を進んでいった。
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「そろそろ着くよ。みんな起きて」
気づくと朝になっていて、アリエスが全員の肩を優しく叩くので目が覚める。ドアは全開になっていて極寒の冷えが四方八方から襲い掛かってきてお世辞にも気持ちの良い朝とは言えなかったが眠気は一気に吹き飛んだ。これから向かう場所の事を考えればそれくらいの目覚めの方がいいだろう。
ご飯の食べられる店に入って温かなスープなどを飲みながら顔を上げるとそこにはアリエスの言っていた”クォデネンツの守り場”が目の前に見えていた。意外にもその組織は普通の下町のような場所の一角に位置しており外から見ただけではとてもじゃないがそこが話に聞いたような組織という風には見えない。そしてきっとその第一印象の通り、中に入っても物騒では無いのだろう。でなければここまで魔術協会にその位置すら嗅ぎ取られず、実態も中途半端にしか把握されていないなんてことにはならなかったはずだ。
朝食を食べ終え、遂に組織へと向かうことになるがすでに家接達は肌に刺さるような敵意を感じる魔力をまざまざと感じ取っていた。それもそのはず、ここはその魔術組織の隣に位置している店。仮に敵意が無いとしても嫌でもその魔力を感じ取ってしまう。
「凄い魔力ね。とてもじゃないけど平和的解決はできなそう」
「安心して欲しいんだけど今回は一応、私が魔術協会の記録科からの使者という肩書きを貰っているからね。いざとなればバックには魔術協会がいるってこと! 少なくとも、私たちを惨殺するなんでバッドエンドにはならないと思うよ」
そうだろうか、と思ったがここは信じるほかない。いざという時の保険を整えてからローズを先頭としてその扉を叩いた。ノックの音は建物の中まで響いている。だがそれを返事する者はおらず変に思ったローズは再び扉を叩く。やはり返事が無い。入ってもいいということだろうか。
「入っても良いんですね? 入りますよ?」
再三の確認をするもそれでも返事が無かったためローズはその扉を開ける。だがその隙間から見えたのは彼女を凶弾に倒すと錯覚させるような殺意に満ちた一撃。家接とアリエスはほとんど同時に剣と刀を抜いて弾丸を弾いた事で一命を取り留めたが、下手をすれば死んでいたかもしれない状況。それなのに中から聞こえてきたのは笑い声と共に叩かれた拍手だった。
「どういうつもりですか」
「いやぁ、見知らぬ魔力を感じたものだからさ。どの程度の実力か知っておきたくてね」
最初に目に入った若い男は、小銃をクルクルと回しながら机の上に座りながらこちらを見据えていた。最初に目に入ったのが彼だったというだけで、扉を開けてすぐの空間には男以外に中性的な見た目の人物に加えおばあさんのような老齢な女性、そして片目に眼帯をかけた女性が立っていた。
その異様な雰囲気に萎縮するローズだったがすぐに自らを明かす身分証を示すと武器を降ろした。だがそれは彼女が魔術協会の者だったからというわけではないみたいだ。特に若い男の視線は先ほどからアリシアに向いており、何かを言いたげにしている。
「私に何か用ですか?」
「いや? ただどうしてここに”極北星下”の代理の長がいるのだろうかと疑問に思っただけだよ」
まるで小馬鹿にしたような物言いだが、彼からすればそれが平常運転なのか全く改めようとする素振りもない。アリエスは憤るわけでもなく冷静に答えた。
「この方たちの案内を務めてここにいるだけです。この組織の座標は私たち傘下の組織にしか知れ渡っていないようでしたから。これを機に同盟を結んでいるという魔術協会には提示しておいた方が今後のためかと」
「あっそう。なら大体来た理由は分かったな。Ⅰの死体の件だろ? けっこう精巧に造ったつもりだったんだけどなぁ」
やっぱりあの死体はこの人達が偽装していたのか。だとすれば何のために?彼らがそれをすることでメリットなんて存在しないはず。魔術協会を敵に回すかもしれないというのにこんなことをした裏が絶対にあるはずだ。
さっきから、若い男だけが言葉を発していて他の誰もが一言も口を開いていない。それのせいかこれだけ大きな部屋だというのにカーペットなどに音が吸収されて不気味なほどに静かだ。
「でしたら、本物のⅠの遺体を引き渡してくれませんか? すでに上からは取引は完了していると伺っているので正当な権利としてそれは主張したいところですね」
「ちっ、取り立て屋かよ」
男が顎で中性的な人物を動かすと彼は奥に続く扉に向かって歩き出す。どこに向かうつもりなのか、ふと視線をその人の方へと向けていると突然壁に掛けてあった短剣を手に取ってローズに向かって振り向きながら鋭い軌道で投げてきたことで一触即発となる。
「これは宣戦布告と捉えてもいいのですか?」
「あぁ。お前達魔術協会に用はもうない。ついでにそれについてる金魚の糞もな」
「波紋は消えた、ゆらぎが示すは彼の敵。水面に沈み凪を成せ。水纏、空殻」
マイクラストは攻撃を仕掛けてきた瞬間に杖を地面について詠唱を行い魔術を起動させた。投げた短剣は再びアリエスと家接によって防がれるがそれだけではなかったようだ。雷を纏ったそれはマイクラストが引き起こした魔術と相性が悪すぎた。
「待って、マイクラスト!」
メイニーが言うも一歩遅かった。電撃が水に触れるとマイクラストを中心として家接や雪広達にまで電気が流れていき体が麻痺する。こんなラッキーは無いと四人は一斉に攻撃を仕掛けてくる。殺気を全く隠すことのないその攻撃は普段であれば簡単にいなすことっができるが今は体がしびれて上手く動かせない。最悪なのが戦闘力の無さそうなメイニーやローズを優先的に狙おうという姿勢だ。
「くそったれっ! 見える世界は傾いて、止まる世界に気づけない。砕けて散るのは血と命。氷纏、空殻」
体を痺れさせながらも維持で詠唱を続けたマイクラストによって建物の内部に満ちた氷を凍結させる。攻撃に転じていた四人もそれに巻き込まれたことによって互いに動けない状態になったが、部屋の中央で動けなくなった彼らを見て雪広が転移の魔術で背後に脱出するとメイニーの治癒魔術を受けた家接とアリエスが逆に反撃に出た。
「風纏いて錬炎、悉く燃やし尽くせ」
「寄る辺を知らず、果てを知らず。流るることこそ其の定め。堕ちろ、星屑の雨」
家接が刀を振るった瞬間にアリエスは家接の腰に腕を回して雪広たちのいる方へと引いていく。何をしているんだと思ったが次の瞬間、相手方のいた空間に建物を突き破って隕石が降り注いだ。若い男もそこまでされるとは思っていなかったのか驚愕の表情のまま隕石の巻き起こした土煙に消える。一連の攻撃が終わったのを知らせるように建物の屋根が崩れ落ちて静寂が広がった。
「ったく、服が汚れただろ!」
気にするところはそこなのか。全員にそれなりのダメージを与えたのかもしれないが、見ただけではその具合までは分からない。やはりロシアの組織はどこも少人数なのか、個々の魔術師としての技量が高い。人数が少ないからと油断していてはすぐに全滅させられるだろう。
「風靱」
風の斬撃がこの中でトップだと思われる若い男に向かって放たれる。だが彼は余裕を持って銃をこちらに向けると引き金を引いて数発で制圧してしまった。互いに攻撃が止まったことで再び話し合いで解決することのできるチャンスが生まれたが、それをどう生かすかは彼ら次第。無論、四人は攻撃を終わらせたわけではなかった。自らの組織を半壊にまで持ち込まれておいておいそれと返すわけにはいかないとでも言うように老婆が杖で地面に描いた魔法陣によって建物は修復されていくように見える。
だがこれはあくまで結界だ。彼らが慣れた空間での戦いをするためであり、建物に上書きする形で生成された結果ということはこれ以上被害を表沙汰にしないようにするためでもある。まだ魔術師としての矜持は残しているらしい。
「全く、家を荒らしおってからに。それ相応の覚悟はできてるんじゃろうな」
「先に攻撃してきたのはそっちですよ」
「じゃからあれだけ血気盛んになるのはほどほどにと言っておいたというのに」
「黙れ。どっちみちこうなってたんだ。遅いか早いかの話だよ」
男は最初にいた位置でまた座っている。その手には小さな銃が握られていて、まるでさっきの再演のようだ。銃を向けるタイミング、発射までの時間。すでに一度見た攻撃を捌けないはずがない。そう、思っていたのに。
「…………そう。お前があの組織を根絶やしにした犯人なのね」
アリエスが払ったその弾丸が拡散して出てきたもの。それは真っ白に白濁と溶けた蝋だった。あの二階の惨状は目の前の男によってもたらされたものだとこれではっきりとした。こいつは悪だ、許す必要は決してない。
「後ろは任せてください。何があっても絶対に倒れさせませんから」
メイニーの心強い一言で家接たちは遠慮することなく戦いに赴くことができる。気づけば雪広は姿を消していて相手側の死角に紛れ込んでいた。そこから狙うはやはり男。
「四方印、東西」
シャッターを斬った瞬間アリエスと家接が飛び出し、すぐさまマイクラストが男と雪広に近づかせないようにと水の壁を築いてそのまま氷漬けにする。3対2ではあるがこれなら十分に勝てると家接は思ったが、最初に言った通りここは少人数で組織として成り立てるほどの実力者ばかり。全員が手練れだということを家接は忘れかけていた。
「千景を照らせ。十の腕」
蠢く光の腕が家接たちに向かって伸びる。その相手はゆっくりと歩きながらなおも詠唱を続けた。こちらの攻撃は当たらないことを前提にしたかのような動きに詠唱を中断させるためにアリエスが迫るも眼帯をした少女がその相手となる。遅れて家接もそちらに向かって攻撃を行うが、光の腕がしつこく邪魔をしてくるため、振るう斬撃が届かない。
「千景を照らせ。百の脚」
「なんだ、これ。まずいな」
影から這い出た足が今度はところかまわず縦横無尽といった様子で床も天井も関係なくペタペタと音を立てて迫って来る。マイクラスト凍結範囲を限定してメイニーと自分自身の周りに迫ってくる脚は凍結で時間稼ぎはできているものの、家接とアリエスはそうもいかない。すでに相手をしている中でちょこまかとこちらを狙う攻撃は地味に集中力が分散されて隙が生まれやすくなっていく。
「アリエスさん! 来てください。僕の背後を任せてもいいですか?」
「はい。もちろんです!」
重くのしかかる一撃を振るうと眼帯の少女と距離を取ったアリエスは家接の背中がくっつくほどの距離まで来ると、無数に迫る脚と腕を斬っていく。倒されては影に消えまた相手の影から生まれてくる。明るく光るその攻撃は厄介この上ない。
「何か手はありませんか?」
「そうですね…………ここは狭すぎるので場所は変えたいところですけど、良いタイミングがありません。少しでも攪乱させる方法はありませんか? その間に私はこの結界を破壊します」
「それなら、とっておきのが」
家接が最初に使うことのできた魔術は最も攪乱に向いている。先祖返りの力を解放した家接はすぐに唱えた。
「満たして隠せ、フォッグ」
あっという間に結界内に濃密な霧が満たされていく。以前よりもさらに濃度が増したのか、自分の掌すら翳しても見えない。走り回り、剣を振るう音が聞こえるもそれは近くもなければ遠くでもないところから聞こえてくる。そしてあっという間にアリエスの準備は整った。
「その詠唱、気に入りました。私も真似をしましょう。満たして包め、ラナ」
霧に包まれていた結界はもふもふの何かが溢れていくとその中にいた全員を包み込んで圧迫し動けなくする。もふもふの中でもがいても何もつかめず、剣を振ろうにも腕すらもふもふに包まれているので何もできない。
「四方印、南」
山勘の雪広の魔術で全員が動けないところを見計らって結界から脱出する。というよりもその時にはすでに結界は壊されていたため出ること自体は容易だった。近くの建物の屋上に転移した6人は半壊した建物から溢れていくもこもこしたものの正体、真っ白な羊毛を見る。その中から先ほどの四人も出て来るがすぐにこちらに気づく。
「どうやらまだやる気みたいね」
「私は戦いはしたくないんですが…………仕方ないですね。私も加勢します」
戦闘に一切参加していなかったローズだったが、遂に限界と判断したのかその背中のリュックから取り出した魔本を開いたのだった。




