イデアルイドル
「今日はみんな、来てくれてありがと~っ!」
「これからも私たちを応援してね~!」
ステージはだんだんと下がっていき、歓声もお客さんのすさまじい熱気も遮られて残ったのは浴びるほど受けた熱い思いと、全てを出し切ったエンスト寸前の華奢な体だった。
「お疲れ様です。お二人とも完璧でしたよ」
「ありがと。こんなに頑張ったのは久しぶりだね」
「ミレナの言うとおりだよ。こんなに人を集めたライブは大変だけど、やって良かった」
控え室に入る前に汗だくになったその体を冷やさないようにタオルで汗を拭き取る。火照った体は今もなお、ステージの上にいるみたいで二人が顔を見合うと自然と笑みが出た。
だけど、ファンの人だけでなく自分を笑わせることのできるような魅力を持った彼女達ですら表にはできないような裏の顔がある。控え室に置いていた二人の携帯が同時に鳴って、マネージャーだった女性が音の方を見た。
「二人とも同時に携帯がなるなんて、珍しいこともありますね」
「確かに。そういうことってあんまり起きない気がする」
「息もぴったりだと、通知まで同じになるのかもね」
冗談を交えながらも三人とも通知の内容についてまでは探りを入れることも、あえて匂わせるようなこともしない。マネージャーは暗黙の了解として彼女らのプライベートには一切口を出さない。
今までのマネージャーもそれだけは徹底しており、逆にそれ以外に全くの制約が無いからこそ仕事上の関係であるにも関わらず親密に接することができる。
「それじゃあ、明日の予定はグループに送っておきますね」
「うん、お願いマリア。あ、入口まで着いてこなくても大丈夫だよ。今日は色々ありがとう。ちゃんと休むんだからね」
「私からもお願い。私たちのために頑張ってくれるのは良いけど、体を崩しちゃったらそれどころじゃなくなるんだから。倒れる前に絶対休むんだよ」
「あはは……。そこまで言われたら休むしかないですね。今日はゆっくりすることにしますよ」
「うんっ!そうしよそうしよ。それじゃ、今日はお疲れ様!」
二人は控え室を出ると上着に染みついた汗を感じながらも急いだ様子で車へと向かう。
駐車場に止められていたいかにも荒い運転をしそうな黒い車に乗るとエンジンをかけてエアコンを掛ける。車内よりも高くなっているような気のする体温が直接当たるエアコンの風が冷やしてくれていた。
「これ、気持ちいけど絶対風邪引くやつだよね」
「ちゃんと汗拭かないからだよ。ほら、こっちに背中向けて」
「正面じゃなくていいの?」
「何言ってんの。ほら早く」
「は~い」
しっかりと汗を拭いて体もちょうどよく涼しくなってきたところで運転席に座っていたソフィアはブレーキを下げるとハンドルを握る。
「それじゃ、ちょっとだけ急ごっか」
「だね。レッツゴー!」
車はアクセルで発進したかと思うと速度を下げることなく駐車場を出る。
夕日も沈み切って走った車はあっという間にネオンライトに照らされる路地の裏へと足を運んでいた。
そこまで来てやっと速度を下げた車は、ボタン一つでオープンカーへと早変わりする。
「着いたぁ。早く行こっ」
「そんな急かさないでよ。もう行くから」
鍵を抜いて二人は黒服が立っている怪しげな建物に入っていく。
二人はその黒服に一瞥すると彼は何も言わずに通してくれる。いわゆる顔パスというやつだ。
そうして中に入ると個室があり、そこに荷物を置くと早速二人は着替えを始める。軽くシャワーを浴びるとすぐに外に出るために着替えて部屋を出る。
エレベーターに乗った二人を待っていたのは屋上にある若い女性の声が良く聞こえる夜の場。
ナイトプールによく来る二人にとってそれは慣れた光景で、そして同時に何かを始めるためにはうってつけの場所でもあった。
浮き輪に乗って寝転がった二人はさして見えもしない空に星を求めて眺める。
「ねぇ、一緒に一杯どうかな」
「あなただぁれ?」
しばらくしてプールから出たところで一人の男に声をかけられた。
本当は反応をするつもりもなかったけど、そのグラスを見て興味が湧く。
「ちょっとした、二人のファンだよ」
着色料に塗れた色のカクテルは薬品のような味がする。
だけどそれよりも、口にした瞬間の爽快感があったのが驚きだった。
「やっぱり何か入れてるんだ。ソフィア、飲んじゃダメだからね」
「分かってる」
彼女はグラスを回して中身を見ているだけ。向かい合って座っている男は余裕そうな顔を崩さないまま同じ入れ物から注いだものを一気に飲み干す。
「二人って√2/3だよね?まさかこんなところにいるとは思わなくてさ。とても似た声の二人がいたから、びっくりしてつい声を掛けちゃったんだ」
身バレしないためにわざわざ電子の海で歌って踊っていたのに、こんなところで見つかっちゃうなんて。もう少し危機管理能力を持っておくべきだった。
ソフィアは心の中でそう思いつつ、相対してミレナは男に対して明確に敵意を向けていた。
「でもこんな子供騙しはするんだ」
「そう。もう一つ驚いたのは二人に魔術の素養があることだね。たぶん目算だけど僕なんかよりずっとずっと強い。裏を返せば、そんな力を隠してでもやっているアイドルの活動は二人にとってとても大切なことなんだと思う」
「黙って。さっきからすごく癪に障る。やっぱりあっちに行ってよ。私たち今から話があるんだから」
男はそれを聞いても全く引く気がないらしく、むしろ居座って話を聞こうとしようとさえしている。
「なんですか?よければお手伝いしますよ」
「得体も知れない人を私たちの活動に迎え入れることはできません。ミレナの言った通り、お引き取り下さい」
「そうだぞ。そもそも私はお前の名前だって聞いてないんだ」
男はそうでした、と頭に手を当てて改めて名乗った。
「我々はあなた方のことをとてもよく知っている。No.0の幹部数字のⅢを冠していますね?…………おっと、そこまで警戒しないでください。我々のこともちゃんとお話ししますから」
「ろくでもない組織だったら許さないから」
「分かっています。我々はA級4N犯。罪を犯し、罪を清算する者です」
「ごめん、どういう意味?」
「あはは……。これでは格好良く名乗った甲斐が無いですね」
「ミレナはこういうやつなんだ。許して欲しい」
「構わないですよ。これから長い付き合いになるのですから少しづつ慣れていくべきですしね」
「信用するかどうかは私たち次第だけど、ずっとこそこそやってたのにバレたってことは相当丁寧に私たちのこと調べてるんだ」
「ええ。それも含めて我々の目的をお話しましょう。A級4N犯の目的はただ一つ。このアメリカに潜んでいるNo.0の元幹部であるⅡ、Ⅴ、Ⅵを始末することです」
「確かにそれは……」
「私たちと良い関係になれそう」
「でも待って」
ソフィアは協力関係に承諾しようとした彼女を一旦止める。
彼女は一つ聞いておかないといけないことがあった。
「もし、関係を築きたいなら一つ応えて欲しい」
「応えられる範囲の内容でしたらなんでも答えましょう」
「最初に、ミレナに何かを飲ませたのはなんだったのかな」
「それなら簡単です。お二人がⅢだと分かった今ではとても烏滸がましい行いになってしまいましたが、試してみようと思いまして。カクテルを作るときに素材として液状化した魔石を使っているんです。なので見た目の何十倍も魔力が込められているんですよ。もし普通の魔術師なんかがこれを摂取してしまえば体が許容量に耐え切れなくなって死んでしまいます。なので、烏滸がましいということです」
それを聞いてソフィアは納得した。そして同時にミレナに先に飲ませて良かったと思った。
「では、改めましてお二人ともよろしくお願いしますね」
Ⅲの新たな仲間は、次なる戦いでのプレイヤーにさせられるのをまだ知らない。




