針のむしろ
某日、某所…………ではなく天目の本部にて。
不覚にも一人の少女によってその組織は壊滅状態に陥っていた。
「あ~あ、やっぱりここにもいないなぁ。でもいつすり替えられてたんだろ?手応えとかはあったはずだったのに」
いくつもの棚に丁寧に置かれた刀はドミノ倒しのように崩れ落ち、山のように積み重なっている。
奥の工房も同様に刀を打つための場所と素材、そしてホルマリン漬けになった魔眼がいくつもあり、そのうちのいくつかはⅣとの戦いによってガラスが割れたことで眼球が剥き出しになって空気に触れていた。
「そういえば、前にもこんなの誰かから奪った気がする。……少しくらい貰っていっても良いよね?」
ガラスを踏み割る靴の音だけが響き渡る。息をする者は一人しかおらず、ショーウィンドウを眺める少女のようにじっくりと見定めたⅣはいくつかの魔眼を手に取るとその事務所を出て行く。
そして完全に姿を消す前に振り返り、植物まみれになったその建物を見る。
「じゃ、まったね~」
彼女が再び歩き出すと蔓が唸るように動き始めて、何かを発火させたのかいきなり激しい音と共に大爆発が起こる。全てが焼き尽くされるまで火が零れないように周りが木々によって覆い隠される。中は釜戸のようになって火はごうごうと燃えさかった。
全てが灰になり、彼らの痕跡は塵になる。だがこんなこともⅣからすれば些細な手遊びに過ぎなかった。
心地よい風が後ろから吹いている。自分の魔力で生み出された風だからということもあるのかもしれないが、さっき自分の全力を初めて出してからなんとなくリミッターが一つ外れたような気がする。
自分にはロビンソンくんと同じ四大精霊の先祖返りの力を持っているのに、それを十分に使いこなせていないということにもしかしたら劣等感を覚えていたのかもしれない。
だからこそ、今回彼らと戦うことでその皮が一枚むけたのは自分にとってとても大きな成長な気がする。そして、自信は何よりの力にもなる。少なくても家接は今、目の前の相手に負けるとはこれっぽっちも思っていない。
「先祖返りの力っていうのはやっぱり何かしら代償を孕んでいるの?」
縫い針のようなものに刀の形が変化した佐々と呼ばれる少女は気の強い子と入れ替わりで家接の相手を務めることになったが、彼女は戦いを始めるでもなく先祖返りについて尋ねてきた。
「僕は感じたことはないですよ。前世の記憶を覚えているようなものなんで」
「なるほど……。じゃあ無理か。じゃあ教えてくれたお礼に私のこの刀の力を教えてあげるよ」
クルクルと回していた刀を逆手で握ると刀の形状変化と同時に現れた猫を撫でた。
「絹猫の能力は相手を『縫い付ける』能力。絹猫の糸は魔力や刀じゃ簡単には切ることができないけど、絹猫で縫われたものは私の知る限り何でも縫い付けられるんだ。魔眼は外付けの器官だから縫い付けられるんだけど、先祖返りの力がどういう立ち位置か分からないから聞いてみたんだ」
不思議な子だ。見た目のイメージ通りではあるが、のんびりとしたマイペース。
長期戦なら全然負けるような気がする。
「つまり、先祖返りの力を防げないと僕には勝てないってことかな」
「そんなことは言ってないよ。でも、さっきのあの大嵐みたいなのされたら流石に無理かもね」
話をしている間にいつの間にか彼女の隣にいたはずの猫が僕の背後に回り込んでいて、挟み込む形になっていた。のらりくらりとはしているけど、全然戦う気はあるんだな。
「じゃあ、少し話を聞いてくれない?僕達、戦う気は無いんだ」
「もしかして休戦協定でも結びたいの?」
「そうだね。そうすることができるならそれが一番だと思う」
「つまりさっきのは貴方の力の強大さを示して戦いを避ける方がお互いに無駄な犠牲を払わなくてすむと思わせるためってことね」
結果的にそう思ってくれていればいいなと思っていたが本当にそう思われていた。僕は戦う意思はないと示すために短剣から手を離そうとしたが、背後に寄った猫が短剣を奪おうとする素振りを見せたので再び短剣を握りその猫を切り裂いた。
「…………どういうつもりですか?」
絹糸で形作られた猫は真っ二つに切り裂かれるがすぐに元通りの形に戻る。ゆらゆらと動きながら彼女の隣に戻った猫はまるで生きているかのように毛繕いのような動作をした。
改めて見ても彼女の表情に変化は無く、はっきり言って何を考えているのかさっぱい分からない。
「残念だけど、貴方たちに戦わないっていう選択肢は無いよ。私たちの意思決定権はあくまで頭領が持っているの。だから手下である私たちがその要求に応じるかどうかについて決めることは最初からできない。たとえ霧崎であってもそれは難しいんじゃないかな」
なるほど。つまり元から彼らと交渉する余地は無かった。
向かうべきはここじゃなくて天目の本拠地がある場所だったんだ。
それに彼らからすれば上の判断は正しい。仮にそれに応じる権利が彼らにあったとしても貴重な魔眼持ちを前にして交渉に応じるかどうかは正直言って微妙ではあった。こうなることを前提にして動くべきだったのは間違いない。
「なら、このまま倒されてください。平和に交渉できないならそれが最善の選択です」
「待って待って。今、霧崎が頭領に聞いているみたい。だからそれまでの間私の相手をしてよ」
一応、交渉に応じる気はあるということなのか。でもその間に戦いを行うなんて、まるで試し斬りをされているみたいで内心の心地が良いものではないな。
「分かった。そこまでしてくれるなら相手をするよ」
「うん、ありがとう。それじゃあ行くね」
彼女は持っている刀を宙に浮いている猫に当てる。猫の形をした絹はその一本で形作られていて、伸ばした先に結びつくと彼女は走りだした。動くたびに糸が伸びて猫の形が崩れていくが、そんなことまるで見えていないかのようにこちらに向かってくる。
僕もそれに応戦しようと刀に炎を纏わせたところで、さっきまで鍔迫り合いをする勢いで近づいてきていた彼女の足が突然止まった。
「炎を使うんですね」
「はい。基本的には風と炎です」
「仕方ないです。…………虎々路!」
____________なに~~っ!
湯中さんの相手をしているはずの少女の声が聞こえてくる。戦いが始まる前はかなり近くにいたはずなのに気づけば遠目で見えるくらいの距離まで離れていた。一体どんな戦いをしていたらそんなに離れるんだと思ったけど、次の瞬間、地面の爆ぜる音と共にその声の主は僕の目の前に来て首を斬る勢いで刀を振るう。
慌てて体制を逸らしてよけると勢い余った彼女はそのまま地面に衝突して大きな土煙を起こした。
げほげほと咳き込みながら立ち上がったが、あまりにも素早いその動きに取り残された湯中さんが驚きながらこちらに走ってきている。
「で、何?」
土埃を払う虎々路と呼ばれた彼女は佐々に向かって機嫌悪そうな表情で要件を聞いている。
「この人、炎使う相手でさ。やっぱり変わって欲しいなって」
「ああ、そういうこと。それなら今倒しちゃえばいいじゃん。あいつが来るまでにさ」
バチのような二本の刀?をカッと当てると波紋のように振動が聞こえる。両足にそのバチを一度叩きつけると彼女は助走をつけて走り出す。こちらに向かってくるのを見て僕は短剣で風の斬撃をお見舞いした。
だが少女は止まらない。見れば、もう一人の佐々と呼ばれていた少女の絹でできた猫がそれを全てクッションのように受け止めて一本の糸に戻っている。
「サンキュー」
再び、何かの爆ぜる音がしたかと思えば彼女がすぐ目の前に来ていた。
両手に握られているバチはどこを狙うつもりなのかと思ったが正確に僕の持っている短剣を叩く。そして勢いそのままに通り過ぎると、こちらに向かってきていた湯中さんとの戦闘に戻った。
「どういうつもりですか」
「あれは、貴方の武器を壊してもらおうと思ってお願いしたの」
何言っているんだ。武器は壊れてなんか。
家接が視線を移した瞬間だった。手にしていた武器の刃に亀裂が入ったかと思うと、それが葉脈のように広がっていく。様子を確かめようと手を伸ばしたがその時にはすでに粉々に砕け散っていて刃の無い柄だけになっていた。
そういうことか。あの刀、振動を扱う武器なんだ。だから必要以上の振動に耐えきれなくなって刀が壊れてしまった。もしそうだとするなら彼女の移動もその振動を利用したものということなのかな。
だけど、それが僕の敗因になるわけじゃない。
「悪いですけど、別に短剣は無くても戦えますよ」
「そうかもね。魔術を使うのに何かしらの道具を使うのはイメージをしやすくするためだから。でもそれでこの戦いの有利不利が変わらないことにはならない」
佐々は容赦なく縫い針の様な武器でこちらに迫ってくる。救いがあるとするなら、刀の形状では無いから先端以外に触れていれば傷つくことはないということ。もしこれが刀の形状になっていたとすれば今頃僕の腕はおろか体もズタズタになっていたはずだ。
「そういえば私のこの刀の能力、まだ教えていませんでしたね」
「簡単に人に教えられるような能力なんですか」
「いえ、あなたはすぐにこの能力にかかることになるんですから。教えても問題無いと思いました」
「余裕ですね」
「はい。私は弱くないので」
猫が気づけば僕の背後にいいて、漂う糸が逃げ場を限定させる。
イメージが大事。彼女の言うとおり、僕が魔術を使うことができると思えば武器なんて器が無くても魔術は自在に使うことができるはずだ。
「クライン、ヒンメルエルデ」
先ほどよりも小規模な風の流れ。だがそれも風の精の先祖返りの力を以てすれば強大な力となる。
絹の猫は風に流されて形が保てなくなり、歪んだ姿のまま空に揺られていた。
「…………仕方がありません。それなら貴方はしばらくそこで大人しくしていて下さい」
彼女は懐から刀が変形した物ほどではないがそれなりに大きさのある縫い針を取り出すと最初から持っていた一本を僕に向かって投げつけてくる。その際に彼女は詠唱を唱えていた。
「閉じろ、鳥籠」
素手でできるだけ相手をしないようにと距離を取ったのが仇になった。すぐに彼女に近づこうとするが、走りながら彼女は糸を結びつけた二本の縫い針を投げつける。
だがそれは家接に対して投げられた物では無い。彼を取り囲むように縫い針が地面に刺さると、残りの糸が縦横無尽に動いていく。規則性が無いように動いていたそれはだんだんと鳥籠の形を作り上げていくと、出来上がったと同時に結界としての機能を発動させた。
「さて、先にあの方を始末させていただきますよ」
彼女が湯中さんの戦闘に参加しようとした時だった。
突然耳に手を当てたかと思うと慌てて振りかえる。金谷さんとマイクラストが足止めしていたはずの霧崎たちが顔を覗かせており、彼はそこから出てきたかと思うと淡々と告げた。
「帰るぞ。頭領の返事が消えた」
そう言うと四人は以前ほどの言い合いも無く走って消えてしまう。結界も解かれていて本当に戦う気はもう無いらしい。
「頭領の返事が無いってどういうことでしょうね」
遠くで戦っていた湯中さんがこちらに寄ってくるとそんな事を呟いた。リーダー格の人間に何かがあった。だとするなら今が絶好の機会という見方もできるけど。
「二人とも来てください!」
背後で慌てた金谷さんの声がした。すぐにその場所に向かうと、一人の少女が刀を抜いたまま倒れている。確かさっき彼らの会話の中で僕の魔術でどこかにいってしまったと言っていた人が一人いたような。
「とりあえず怪我も酷いみたいですし連れて行きましょう」
「そうですね。僕、こっちの方を持ちます」
こうして、二度目の邂逅でも明確な結果を得られないまま終わってしまった。




